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第一楽章 自称天才の美少女軍師

案内された部屋の天井に描かれたフレスコ画を見上げたまま口が半開きになっている。

窓には深紅のカーテンが、外光とともに揺れている。薄いクリーム色に塗られた壁には花の絵や、見事な刺繍が飾られていた。様々な色が塗られた石の床には上等な絨毯が敷かれており、足音を吸い込んでしまうほどに柔らかい。家具は全体的に小ぶりで、重厚さよりも機能と品位を意識した造りだ。部屋の奥には木彫りの模様が美しい飴色の長机があり、花が活けられた色ガラス瓶に書類や銀の茶器が載っており、この部屋の主人が女性であることを感じさせる。

裕福なパトロンの居なかった自分にはこんな部屋、縁が無い。


あの悪夢のような裁判の後、オグは荷物のように幌馬車に詰め込まれ、石壁の立派な城に運び込まれた。そこで使用人たちに芋のように洗われ、小ざっぱりとした服を着せられた。オグのお喋りに、案内する使用人たちはゴーレムのように口を利かず、ただ彼をこの部屋に残して扉を閉めた。空間に一人取り残されたオグは、疲労が吹き飛ぶくらいに物珍し気に室内を見回す。


その中でもひときわ目を引くのは、壁際に据えられた一脚の椅子だった。

背もたれが高く、滑らかな曲線を描く木製のフレームに、ビロードが張られている。肘掛けには彫刻が施されており、その座面は見るからに柔らかく、座る者の体を包み込みこむかのようだ。

室内に椅子は他にもあったが、明らかに格が違う。


「……座るくらい、いいよな?」


オグは恐る恐る椅子に腰を下ろした。


「おおっ」


太腿が深く沈むほど柔らかい座面。背もたれが思いのほかぴったりとした曲線を描き、なんとも心地が良い。ピカピカに磨かれたひじ掛けに触れながら、体が自然とくつろいでしまう。調子に乗って脚を組み小さく口笛を吹く。

そのとき、部屋の扉が静かに開いた。


「いい椅子でしょう」


柔らかな衣擦れの音とともに、アプリコットの艶やかな髪の女がしずしずと入ってき。

今日は房飾りのついたドレスを着ているが、刑場で見たあの美少女だ。まっすぐに伸びた背筋、しとやかな佇まいは、どんな衣服を着ていても見る者の目を奪う。

彼女は部屋の奥、椅子に陣取る吟遊詩人を眺め、すうっと目を細める。


「ところで、そちらはわたくしの席でしてよ。どいてくださる?」


冷たい視線に一度腰を浮かせたものの、膝裏に伝わるビロードの感触、まるでここにいてくれと言わんばかりの柔らかな吸着感に再び腰を下ろす。


「あっ、尻が座板に吸い付く! ダメだ、離れられない!」


普段から座り慣れている彼女と違って、荷馬車で席もなかった自分は、もう少し堪能しても罰は当たらないだろう。


「まあ、お気の毒。レヘル、腰から上を斬って差し上げて」

「すいません奇跡的に尻が離れたので速やかにどきますので勘弁してください」


一息に謝罪を吐き出し、バネのように立ち退く。


――あっぶね


顔面から血の気が引いている。イストバンネに付き従う大柄の兵は、命じられるがまま剣の柄に手をかけていた。命じる方も命じられる方も目がマジである。


街でもあまりいい扱いを受けない吟遊詩人。邪魔だと難癖をつけられ通行人に殴られたり、柄の悪い客に絡まれたり、女将に宿をたたき出されたこともあるが、彼女の退()かし方が一番野蛮だ。

できるだけ剣の間合いから逃れるよう壁際まで後退するオグと入れ替わりに、イストバンネは何事もなかったかのように優雅に椅子にかけた。


「さて、お久しぶりね。刑場でお会いして以来かしら」


おっとりしているようなお嬢様に見えるが、刑場(そこ)(そこ)は絶対淑女の散歩コースに含まれない。


「その節はどうもありがとうございました」

「お礼はいいですわ。他人行儀ですもの。せっかくだから仲良く致しましょう」


目の前の少女が微笑みかける。あまりに可愛かったので、「是非」以外の返事はないように思われた。


「まずは自己紹介ですわね。

前にも名乗りましたように、わたくしはイストバンネ。職業は国家元首、趣味は兵たちのスポーツを観戦すること。敵の首を蹴ってゴールへシュートするスポーツなんですけど、ご存じ?」

「あはは、世間知らずなもんで」


へらりと誤魔化し笑いをしたが、唇の端が引きつった。そんな趣味の女と、とてもじゃないが仲良くなりたくない。

後ろで控えていた大柄な軍人が一歩前に進み出る。


「レヘルと申します。職業は軍人、趣味は花を育てることです」


お前も名乗るんかい、とオグは突っ込んだ。怖いので心の中でだが。

趣味があまりにも可愛らしく、その外見、さらに主君とのギャップで風邪を引きそうだ。

沈黙が訪れた。自分の答えを待っているのだと気づき、覚悟を決めて息を吸い込む。


「はじめまして。俺は一本弦(グスレ)と共に各地の物語の種を歌にする仕事をしています。巷では吟遊詩人(グスラール)のオグと呼ばれています」


大げさに礼をすると、イストバンネはぱちんと白く華奢な手をぱちぱちと叩いた。


「気障な自己紹介ね。職業と趣味が一致してるなんて、素敵ですこと」

「言うほど良くはないけどね。

楽しかったことが飯のタネになって心から楽しめないし、全部自己責任になるから誰かのせいにもできない。収入は安定しなくて水すら飲めなかったこともあるし……」

「犯罪者や債務奴隷になることもあるし?」


淑女は悪戯っぽくウィンクを飛ばす。


「その挙句、高貴なお嬢様に拾われることもあるし」


ユーモアは通じるらしい、とほっとしながらオグも軽口を返す。


「しかし、あなたように可憐な女性が国家元首なんて信じられないな」

「まあ! わたくしは正直に名乗りましたわ。いいこと、冗談で国家元首を名乗ってはいけませんのよ。お首をちょっきん、しなくてはいけませんもの」


可愛らしく言っているが、要は斬首である。


「でも国王陛下って、確か、恰幅の良いい金髪の」


記憶を頼りに独り言ちると、イストバンネは笑みを深めた。


「つくづく、わたくしの気分を逆撫でするのがお上手ですわね。死んだ叔父のことを持ち出すなんて」


その眼が笑ってなかったので、オグは直角に頭を下げた。


「すいませんでした。叔父さん、残念だったね。お悔みを言わせてもらうよ」

「別に残念ではございませんわ。わたくしが弑逆(しいぎゃく)いたしましたので」


普段はお喋りなオグだが、黙った。何を言っても墓穴を掘るような気がしたからだ。

可憐な容姿につい警戒心を解いてしまうが、この女はヤバい。これ以上気分を害してはならないと生存本能が警告している。


「あら、ようやく減らず口を叩かなくなりましたわね。おりこうさん」


野良犬でも躾けているように、にこりと笑う。


「あなたは市民ではなく、わたくしの奴隷になったんですのよ。命じられたことには黙って従うんですの。反論は要りませんわ」


オグは「はい」と答えた。それ以外に何が言えるだろう。


「えっと、哀れなる奴隷めに質問は許されています?」

「仕方ない方。よろしくってよ」

「あんた……あなた様……姫様……は、自分に、何をさせたいんでしょうか」

「特別にイストバンネ様で良くってよ」


ナチュラルに様呼びを強要してくる淑女は、少し小首を傾げた。


「あなた、わたくしのことをどこまで知っていて?」

「お望みとあらば、イストバンネ様の御名を一節の叙事詩にしよう。しかし俺の頭の中にはまだ一文字も浮かんでないようだ」


イストバンネはけぶるような睫毛をぱちくりさせる。


「つまり?」

「つまり、よく知らない」


誤魔化そうと思ったが、追及されて断念する。何しろ、彼女が国家元首だと知らなかったくらいである。

イストバンネは一つ頷き。


「では叙事詩の一行目に、イストバンネは天才軍師と書いてね」

「軍師!?」


ぎょっと目を剥いてしまった。彼女は死ぬほど偉そうだが、おっとりしたしゃべり方には品があり、荒ぽさや、血なまぐささとは無縁である。


「本当にもの知らずなのね。わたくしが指揮した戦いは連戦連勝。おかげさまで聖女なんて呼ばれていますのよ」


やれやれと気の抜けた笑みを口端に浮かべる。


「大変申し訳なかった。あなたのように花びらの雫の如き儚げな女性のご職業とは俄かには信じられず。しかし一吟遊詩人としてそのような事実を聞き逃していたとは、慙愧に堪えない。よろしければ卑しいこの身に、あなた様の栄光の物語をお聞かせ願いたい」


飾られた言葉に、少しは機嫌を直したらしい。不機嫌な女性には美辞麗句と相場が決まっている。


「そんな面白い話ではなくってよ。とにかく情報を集めますの。敵の数、指揮官の様子、武器の種類、兵糧の量、周りの地形……勿論味方や第三国のそれも。ありとあらゆる情報を元に、夢枕に何度も策を練ります。何度も何度も。そうして勝てる策を採用するのですわ」

「それは天才ではないのでは」


うっかり口を滑らせてしまった。だが、彼女の勝利は途方もない情報収集と分析の積み重ねで。オグの思う天才軍師とは、誰も思いつかない奇策で敵の裏をかき、奇跡的な勝利を掴むような傑物だ。イストバンネの戦術は地道で、物語にするような派手さはない。


「いいえ、わたくしは天才ですの。だって、凡人の策のために死んでくれと、どうして言うことができましょう。勝利が用意されていると確信できなければ、自分の命が決して無駄にならないと約束されていなければ、心安らかに死ぬことなどできません。

わたくしは天才です。そうでなくては、命を懸けてくれた者に申し訳が立たないでしょう?」


淡々とした言葉に血と鉄の匂いを感じた。オグはようやく彼女が軍属であると信じられた。この女は託された死の重みを知っている。


「語ると長くなりますが、わたくしはわたくしの部下とともに政敵の首魁を次々に上げ、幼い弟を王位につけました。今は王姉として辣腕を振るっておりますの。

最近の出来事だから、領で囚われていたあなたはご存じなかったかもしれませんわね」


イストバンネが不意に言葉を切り、細い腕を伸ばした。

大柄な兵がそれを合図に、壁に垂れ下がっていたひもを引く。大きな一枚の花の刺繍が裾からするすると持ち上がる。

現れた壁に描かれていたのは地図だった。この国と周辺国の地形が書かれた地図で、幾つもピンが差してあり、数字などが書かれた付箋が貼ってある。


「引きこもりの吟遊詩人さん、そんなわたくしの最大の敵が、あなたにわかるかしら?」

あら、残念ですの?」

「ええ。こんな美女に期待されてると思って、少し嬉しかったので」

「では皇帝どうやって嵌めるつもりか教えてくださる?」

「それは何とも言えませんね」

「まあ。そんなんじゃ矢張り期待してあげられないわ」

「天才軍師様は、まず情報を集めるんでしたよね? まさか俺に、行ったこともない国の、会ったこともない人を倒せ、なんて言いませんよね?」

相手のことを知らなければ詐欺なんか働けない、と返すとイストバンネはころころと笑った。

「うふふ。これは一本取られましたわ」

そして、地図に目を向ける。

「ではどこならいいの? あなたのようなご職業の方は各地を放浪していると聞くわ」

「放浪はしていますが、俺にとって国はあってないようなものですから」

下手なことは答えられないと煙に巻こうとするが、当然ながら、イストバンネは許さない。

「白の国へは行ったことある?」

「……何度か」

オグは観念して応じる。

白の国は帝国に表向きは君従を示し、暫くの間命運を保っていたが、銀山の領有を巡り帝国と対立してしまい、戦争で敗北。その後、領主たちが独立して治めていたかつての国の領土は少しずつ切り崩され、ついには最後まで抵抗していた都が数年前に降伏した。

イストバンネは蝋のような指で示す。

「白の国は我が国と地続き。国として機能すれば、干渉地帯となりますわ。せめて帝国の支配力を削げば、我が国の命運は延びる。現政権を打倒し、帝国派でない政権が復活するなら言うことないけれど、政局が混乱して政治的な空白地帯、緩衝地域にでもなってくれれば嬉しいわ。せめて、我が国の侵略のために蓄えている軍事費を削ぐことができたら御の字よ。

今の執政官は現皇帝の同腹の弟で、軍務も政治経験も少ないから、皇帝が経験を積ませようとしたのでしょうね。鴨にするなら狙い目ですわ」

獲物まで教えていただけたものの、王国の手先となり、外国に干渉しろととんでもない無茶を言っている。どこの工作員だ。一介の吟遊詩人には荷が重すぎる。

「とは言え、一人だと心細いですわね。レヘル」

「は」

国王に忠実な騎士が、見るからに重そうな革張りの長椅子を片手でひょいと持ち上げた。

途端に、何かが転がり出てきた。そのままころころ転がっていき、壁際ですくっと立ち上がる。それはお仕着せを着た、濃い灰色の髪の少女だった。

「彼女はシラ。暗くて狭いところが大好きですの」

「彼女、ダンゴムシかなにか?」

というかこいつ、いつから部屋にいたんだ。オグはすぐさま柱の陰に隠れた少女を胡乱気に眺める。

「シラ、ご挨拶なさい」

相手が年下であるせいか、オグには胴体を切り離すと宣言してきた王姉殿下の物言いが言い聞かせるように優しい。

「シラです。王国の工作員をしております。趣味はダーツです」

観念したように少女が姿を現す。年は十四くらいだろうか。色白にアンバーの目がぱっちりした、見目のよい少女だった。髪に埃がついていなければ、だが。

「彼女、姿を消す固有魔法も使えますのよ。凄いでしょう?

この細腕ではお首をちょんぎることはできませんけど、毒の扱いにも長け、心臓に向かって投げたら百発百中ですのよ。国に害をなす場合は、特別に彼女が腕前を披露してくれますわ。普段は他国の王宮に潜んで情報収集してくれますけれど、これからシラにはあなたを見守っていただくよう、命じますわ。シラ、よろしくって?」

シラと呼ばれた少女は不服そうだったが、雇い主の命令には逆らえないらしい。オグをアンバーの瞳で睨みつける。

「雑踏から、物陰から、ベットの下から、あなたを監視します。任務を途中で放り出したり、帝国へ通じようとしたりした場合は、おはようからお休みまで、あなたの命を付け狙います。姿が見えないからと言って、ゆめゆめ油断なさらないでください」

これからよろしく、と握手する気に、まるでなれない。どうせ女の子にストーキングされるなら、他のものを狙ってほしかった。

しかも監視者としてなかなか厄介だ。姿が見えないからといって、近くにいないとは限らない。物陰から、または魔法を使って、オグを監視しているかもしれない。いつ監視されているか確かめる術がないから、結果的に四六時中警戒する羽目になる。

「うっかり口を滑らせそうになっても大丈夫。永久に口を塞いでくれますの」

安心ね、イストバンネは顎の下で指を組み、可愛らしく小首を傾げる。

はいはい、監視役ということね、とオグは唇をへの字に曲げた。

そもそも初対面の、どこの者かもわからない人間を国の命運を左右しかねない立場に置くというのが非常識だ。信用できないのは当たり前であるが、こっちが承知してないというのに勝手にそんな立場に追いやり、なのに監視され、面白くないのは確かだ。

そんな心中を見透かすように、王姉殿下は慈悲深いお言葉をおかけくださった。

「あなたの役目が気に入らないと言うのならいつでも仰って。あの領主の借金奴隷に戻して差し上げるわ。確か彼、特殊な性癖の嗜みもあったんでしたっけ」

「誠心誠意、勤めを果たさせていただきます」

オグはありがたく拝命することにした。というかあのおっさん、舌封印で済ませたのはそれが目的だったのか、と改めて背筋が凍る思いだ。

「ところで、どの程度援助していただけるんでしょうか。俺、財産と呼べる物を殆ど持ってないんすけど、国を害す程の大きな計画、まさか自腹じゃありませんよね?」

金の話を持ち出したのは、工作に経済援助が必要だと思ったからではない。いざとなったら資金を持ち逃げしようという企みが念頭にあったからだ。自分の大口が原因だが、国を落とすという計画が自分の舌で成し遂げられるとは思えない。失敗した場合、知りすぎたオグがどうなるかは明白だ。どこに隠れているかわからないシラを撒くのは至難の技だろうが、処分される前に逃げ出したほうが良いだろう。

「それはあなたの働き次第ですわ。シラに片道の旅費と数か月分の滞在費を持たせます。もし彼の国で建設的な策を講じることができれば、国家財政規模の援助を惜しみません。逆に何の成果も見られない場合、宿代は自分で稼いでね。あなたの身を買ったお金、少なくない額だったわよ」

詐欺師に財布を預けない用心はあるらしい。監視役からは、ついでに借金奴隷という身分からも逃れられないらしい。オグは舌打ちを堪えた。

「逆にわたくしから聞きたいですわ。あなたは何ができるの?」

「何が、とは?」

「わたくしにお金を出させたいなら、あなたにそれだけの価値があると示した方がよいのではなくて? 国を落とすことができると言うからには、さぞかし特別な力があるのでしょうね。もしかして、魔法を使えますの?」

オグは胸を反らし、自信たっぷりに答えた。

「ええ。使えますよ。実は俺、高貴な血が流れてるんです」

言いながら指で金の髪をすく。黄金に輝く髪は高貴さの象徴である。権力者はだいたい金髪で美人の嫁をもらうので、その子孫もそうであることが多い。

「確かに渡り人にしては珍しい容姿ですわね」

渡り人とは、定住せず、移動しながら暮らす民の総称である。

季節や場所によって職業を変え、鍛冶などの技術を持つ者もいれば、行商人、傭兵などになる者もいる。オグのような音楽家も多く、様々な国の音楽を融合した、哀愁と情熱を帯びた独特の音色を奏でる。その多くはよく日に焼けた肌と黒っぽい目や髪をしているが、戦争で家を喪ったり、経済的な事情でやむを得ず渡り人となったりしている場合もあるので、一概には言えない。

「まあ素敵。どんな魔法をお使いになるの?」

「えっと」

街角では酒場ではそんな馬鹿な、と嘲笑される。魔法を使うのは貴族や聖職者など、一握りの人間だけだからだ。ところが、信じたらしいイストバンネは期待に満ちた表情で突っ込んできた。

「俺は言葉の魔術師です。言葉を巧みに操り、聴衆の心を動かすことができます」

「まあ! この任務にピッタリね。でもそれならどうして、あなたは捕まって刑を受けそうになったのかしら。その力が本物なら、衛兵を操って逃げることもできたはずよね」

興味深か気に見せているが、声にはようやく疑いが滲んでいる。

「俺の魔法は、他人を洗脳できるような便利なものではありません。そんなことができるんなら、俺は場末の吟遊詩人ではなく王様になっているとは思いませんか?」

「わたくしの弟の代わりに? 笑えない冗談ね」

「ご気分を害したら申し訳ありません。どうも師匠からもらった一本弦グスレ楽器がないと、上手く魔法が使えないようですね」

謝る振りをしながら、今は楽器がないからあの領主にも、勿論あなたにも術をかけているわけではないよ、と言い訳しておく。洗脳ができると思われたら問答無用でそこに控えている兵の剣の錆になることもあり得る。

「言葉とは、相手に自分の思いを伝えるための手段の一つです。使い方次第で、相手を元気づけることも、傷つけることもできます。言葉の魔術師はふいごと同じです。人の心に風を送りますが、それで火が燃えるかどうかはその人自身によります」

調子にのって関係ないこともペラペラしゃべってしまった。

「思ったよりささやかな力ですわね。それって証明が難しそうね」

実際に使ったとしてもそれが魔法なのか見分けることができない。王姉は残念そうに眉尻を下げる。

「そうですね。でも、俺の言葉を聞いてくださったから、あなたはあなたの自由意思で、俺を拾う気になったんでしょ?」

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