Episode8:例え、価値がない存在だとしても
茨は目の前に広がっている光景に、驚き大きく目を見開くと、ほんの少しの好奇心から草原を歩き始める。
「…何処まで、あるんだろう」
歩き始めて長い時間が経った頃、歩き続けていた茨はようやく足を止めて、後ろを振り返った。そこに広がるのは、何のかわりもない草原と星空。
どれほど歩いても、この空間から出ることは出来ず、こんな事をしている暇はないのに、と茨が手を握りしめた、その時、広い草原に機械じみた声が響いた。
"────何故、貴女はその力を求めるの?"
「っ、誰?!」
"私が誰かなんて、今は関係ないわ。どうして、貴女は『聖女の力』を求めるの?…あの幼い子供を助けたいから?"
"でも、貴女とあの子供は何の繋がりもない、ただの他人よね?そんな子供の為に、貴女は自分の将来まで棒に振るの?"
「…どういう事?」
"簡単な話よ。貴女に『聖女の力』が発現してしまえば、貴女は短い一生をこの世界に捧げることになる。もしかしたら、実験台にされて身体をぐちゃぐちゃに弄くられるかも"
"それに『聖女の力』と言うのは確かに、とても強力な魔法よ。だからその力を使う度に、貴女は何らかの代償────副作用が出るかもしれない。…その力を持つことによって何が起きるか、それは貴女自身にも分からない"
「…でも、このままじゃ…!」
(きっと、取り返しのつかないことになる…それは、それだけは避けないといけない…)
空から聞こえてくる謎の声は、はぁ、とため息をつくと呆れたような声で続けた。
"此処まで言っても、まだ分からないの?…あの子供は諦めなさいと言っているのよ。あの子供は貴女が全てを捧げて救おうとするほど、価値のある存在じゃない"
その言葉に、頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が走る。『助けるほどの価値が、あの子供にはない』…この人は、そう言っている。
(……そうかもしれない。助けるほどの価値なんて、あの子供にはないかもしれない。けれど──────)
茨が思い出すのは、茨の心に深く刺さった彼の言葉。
─────叶わないからと諦めてしまえば、願いを叶える機会なんて、一度も来ない。
_____ただの、俺の意地だ。
『諦めない』と言うのは、とても難しいこと。どれほど頑張っても報われなければ、人はいずれ頑張ることすらも辞めてしまう。…彼は私にしかあの子供を救えないと言った。
どれだけ原因が見つからなくても、呪いを方法が分からなくても、彼は諦めなかった。彼の意地が、あの子供を生かし続けた。
「…それは、違うよ」
(価値がないかもしれない。助けられないかもしれない。…でも、それでも)
茨はそう言って、美しい星空を見つめる。今までとは違う、力強く凛とした声。彼女の瞳に、もう迷いはなかった。
"何も違わないわ。貴女に比べたら、この世界の人間なんて石ころに過ぎない。わざわざ、貴女が自分の人生を潰してまでそんな人間を助ける必要なんて何処にも無いのよ"
「それでも、私はあの子を助けたい」
「確かに、何の関わりもない子供だけど…でも、此処で『価値がないから』とあの子を、彼の願いを見捨ててしまえば私は、『あの人』と同じになってしまう」
『価値がない私に、居場所なんてない』
いつも『あの人』はそう言っていた。私も、価値のない存在に居場所が無かったり、救われなかったりするのは仕方がないと思っていた。…だって、価値のない存在を助けてくれるほど世界は優しくないから。
でも、彼を見ていて少し違うのかもと気が付いた。彼にとってあの子供は、ただの友達の弟。見捨てることだって出来た筈。…彼にとっては、何の価値もない子供だったかもしれない。それでも、結果的に彼はあの子供を生かし続けた。
(何故そうしたのかは、私にはまだ分からないけれど。例え、救うほどの価値が無くたって構わない。だって、私があの子供を…彼の願いを叶えたいと思った理由は────)
「─────彼らを見捨ててしまえば、私は助けを願っていた、あの頃の自分自身でさえ…私は見捨ててしまう気がする」
「それは、嫌だ」と茨は答える。何処か苦しそうに、懇願するように────けれど、はっきりとそう答えた茨に謎の声は少し沈黙する。そして、沈黙の末にその声は茨に問う。
"例え力を手に入れたその先にあるのが、変えることの出来ない未来だとしても…それでも、貴女は力を求めるの?"
「…当たり前だよ。それで、彼等を救えるのなら」
(……その選択で、私と言う存在に価値が与えてもらえるのなら)
その答えに謎の声は沈黙する。そして、声が沈黙したと同時に空から一人の女性が降りてきた。アイスブルーの髪に、淡い紅色の瞳を持つ女性は茨の左手を取り、手の甲に刻まれた痣を撫でる。
「……貴女は、変わらないのですね」
「?」
女性はそう呟くと、茨の肩を思い切り押す。突然のことに対応出来ず、茨の身体は傾き、地面に倒れるはずだった茨の身体はいつの間にか出来ていた落とし穴に吸い込まれて、消えていった。
茨の居なくなった星空の下で、彼女は呟いた。それは、今から『聖女』である彼女が辿る運命。
「────いずれ、貴女はこの世界の真実を知るでしょう。そして変えようのない未来に絶望して、何度も同じ道を繰り返す」
それは、変えることの出来ない、世界に定められた運命。覆すことの出来ない結末。
「────何度変わらぬ世界に絶望しようと…それでも貴女は、何度も夢を見るのですね。であれば、私も祈りましょう」
女性は両の目から涙を零しながら呟いた。
─────どうか、この物語の結末が、貴女にとって『幸福』に満ち溢れた物であることを。




