Episode5:誰かの為に生きる君
「───じゃあ、さっきの話考えておいてね」
そう言って、ティオとルークは保健室を後にした。茨は手を振って見送った後、扉が閉まった瞬間ベットにボフン、と音を立てて倒れ込んだ。思い出すのは、先程ティオから提案されたこと。
『これからのことについて、話をしようか。イバラが元の世界に帰れない今、イバラには二つの選択肢を提案できる。成功するかは分からない。けれど、成功したら少なくとも生活に困ることは無くなる。命を狙われる事になって、護衛とかも付くだろうけど…基本的に普通の暮らしが出来る筈だよ』
『…もう一つは?』
『もう一つは、王族への嫁入りだね』
『…………、はぁぁ?!』
しれっと言われたとんでもない内容に、茨は本日何度目かの絶叫をする。
(王族への嫁入り?何でそんな話になってんの?!)
『まぁ、そうなるだろうな。この1000年間一度も現れなかった聖女が、いきなり現れたんだ。当然、王宮も混乱している。お前の命を狙う奴も、お前を利用しようとする奴も現れるだろうな。聖女と言う存在は、お前が思ってるよりも、利用価値があんだよ』
『…つまり、私が敵に回ったら厄介だからそうなる前に、味方にしておこうってこと?』
『そういう事だ。実際、嫁入りの条件は悪い条件ではないしな。…そうだろ、ティオ』
そう問い掛けてきたルークにティオは、「そうだね」と返事をする。
『実際、君に来てる条件は悪いものではないんだ。王族に嫁入りする、と言うことは王族の一員になると言うこと。外に出れることはあまり無くなるけど、強力な護衛が付くし、一生働かなくても食うに困らないほどの財産がある。いい事ずくめだ』
その言葉に茨は少し考え込む。確かに、条件はとても良い。博打のような最初の提案に比べたら、王族への嫁入りは将来が安定しててとても良い……が、悪いこともあるだろう。
例えば、政治に利用されるとか。そもそも、その条件が本当に適応されるかも分からない。表では良好な関係だが、裏では────みたいな話だってあり得る。
(まぁ要するに、利用しようと思えばいつだって利用できるようになると言う事。そして、どんな事に利用されるか分からない限りあまり王族への嫁入りは受けたくない……いや、でも……)
こう言う時は、いつも『あの人』が教えてくれたっけ……正しい道と、正しくない道を。でも、この世界に『あの人』は居ない。じゃあ、サールスさんが思う正しい道にいけば良いのでは…?
そう考えた茨は、ティオに「どちらの道が正しいのか」と尋ねた。ティオは少し驚いた顔をした後、いつも通り優しく微笑んで「それは、僕にも分からないよ」と答えた。
『どちらが正しい選択か。それは、選択したあとじゃないと、誰にも分からないんだ。僕に与えられるのは、答えではなくて選択肢だけ。…どうしたいかを決められるのは、君だけだよ。イバラ』
『でも、もしもその道が、間違いだったら…』
『なら、正しい道になるよう努力をすれば良い。間違った道だからと言って、全てが終わるわけじゃないんだ。失敗したとしても、取り返すことは出来る。イバラ、君は…誰のために生きているんだい?』
『それ、は…』
茨は今まで、『あの人』の為だけに生きていた。茨にとっての世界は『あの人』だけ。だから『あの人』が黒といえば黒になるし、白と言えば白になる。そうやって『あの人』の望むとおりに生きていた。
『誰か』の望むとおりに生きていた茨は、『自分』の為に生きられない。茨は、『自分』の為に生きる方法を知らない。いや、正確にはどうすればいいかなんて、頭では分かっているんだろう。
『君はこれから、自分で自分の事を決めなければいけない。失敗に対する恐怖があるから君は自分では無く人に選択を委ねる』
『…』
『それは、君の悪い癖だよ。イバラ』
そう言ってティオは優しく茨の頬を掴むと、緩く引っ張って微笑んだ。そして「失敗したって良いんだよ。何かあれば、僕とルークが絶対に助けるから」と言い、茨の頬から手を離す。ルークは「俺を巻き込むな」と言い、ティオの背中をバシッと叩いていた。
『どちらにせよ、今すぐ決めろと言っているわけでは無いんだ。ゆっくりと考えてから決めると良い。僕達は少し用事があって、今から部屋を空けるから、君は少し身体を休めなさい』
(……ヘッドロックかけてる…怖…)
ルークにヘッドロックを掛けながらそう言い、片手で死にかけのルークの首根っこを掴んで、ルークをズリズリと引きずりながら保健室を後にした。
そうしてティオとルークが保健室を出ていって早15分。茨は横になりながら「自分がどうしたいのか」を考えていた。何故なら茨が選ぼうとしている選択は、『あの人』であれば絶対に辞めろと言う方の選択だからだ。どうしよう、とグルグルと考え続けていたその時─────ガッシャン!!!と窓ガラスが割れる音が響いた。茨はその物音に驚いて飛び起きると、其処に居たのは─────
「…」
「…」
深い緑から毛先に行くにつれ明るい緑に染まっている髪。それを後ろで雑に纏め、深い桃色の瞳をこちらに向けて固まっている、男性。彼は割れた窓枠の上に立ち、目を見開きこちらを見つめていた。
暫くそうしてお互い見つめ合っていると、我に返ったのか男は窓枠から硝子まみれの床に降りると、私に問い掛けた。
「……お前、誰だ?」




