Episode18:エスペランサ王国の宮廷魔術師
その日も、食堂は人で賑わっていた。ヴィルと茨はその日も、いつもと同じように食堂で食事を取っていると、ヴィルが混乱した様子で問い掛けた。
「……で、どういう事ですの?!」
「どういうこと…と、聞かれましても…」
私にもよく分からなくて、と答えた茨にヴィルは聖女様って、よく変な人を引っ掛けますわよね。ルークさんとか、と返した。
その瞬間、ガタンッと音がして茨の隣の席に食事が置かれる。大きな音を立てて食事を机に置いたその人は、今話題に出していたルーク・ラキエスだった。
「…お前に言われたくねぇよ、性悪女」
「まぁ、ひどーい。私はあくまで事実を言ったまで、ですわ」
性悪女、と言われたヴィルはテーブルに食器を音を立てずに置くと、額に青筋を浮かべてルークに言い返した。
「…最近、噂になっていますのよ?『あの』ルーク・ラキエスが、聖女様の下僕になったって」
「『どの』ルーク・ラキエスが誰の何になったって?そんな気色が悪いモンになった覚えはねぇよ」
「あら?でも最近、聖女様とご一緒に居るところは私の友人達も目撃していますわよ?…随分と、穏やかな顔をして世話を焼いていたみたいで」
「アレは学園長からの命令だ」
「一度イバラは殺されかけてるから、傍に居て見張ってろって煩くて、仕方なくだな…」
そう言って食器を手に取り、食事を始めようとしたルークにヴィルは続けて言った。
「あらあら、穏やかな顔をして世話を焼いていた事は否定しないんですの?」
その言葉に今度はルークの額にピキリ、と青筋が浮かぶ。そして、ルークは「さっきからやかましいんだよ、テメェは!!」と叫んで椅子から立ち上がった。
(……もしかして、この二人…相当仲が悪いんじゃ……)
今にも殴り合いの喧嘩をしそうな二人の雰囲気に茨が少しハラハラしていると、大丈夫だよ、と言う声がした。
「あの二人、実は仲が良いから」
そう言ってソルはヴィルに「今日も可愛いな、俺のヴィル」と声を掛ける。けれど、ヴィルはその声をガン無視して、ルークと喧嘩を続けていた。
いつも通りの塩対応にソルは、何を考えているか分からない笑みを浮かべる。そんなソルに茨は「アレで仲が良いんですか?」と問い掛けた。その質問に、ソルは「少なくともお互いを嫌ってはないだろ」と答える。
「あの二人は正直だからな。本当に嫌いなら、そもそも話題に出すことすらしない。何なら、存在自体を記憶から抹消している」
「記憶から抹消…」
「それをしないで、人前で喧嘩するって事は割と嫌ってはいないと思う。寧ろ、好意的に思っていると思うが……」
俺には塩対応なのにな、と呟いたソルに茨は少し同情してしまい「でも、塩対応をするってことは、ティターン先輩も嫌われてはいないという事じゃないですか…!」と茨なりに励ます。
その言葉に、ソルは目を大きく見開いた後に目を細めて微笑んだ。
「…やっぱり、聖女様は優しいよな」
「え?」
「昨日だって、見ず知らずの人間を助けたり。もしかしたら聖女の力が発動せずに、死んでしまう可能性だってあったのに」
今までとは違う何処か棘のある口調に、茨が戸惑っていると「ソル、辞めなさい」と言ってこちらを睨みつけるヴィルの姿があった。
「分かったよ、俺のヴィル」
ヴィルの一声で、刺々しかったソルはいつも通りの変わらない声と変わらない笑みを浮かべる。その様子を見ていたルークは、ヴィルを鼻で笑い「お前達の関係性のほうが、よっぽど主人と下僕みたいじゃねぇか」と呟いた。
「何ですって?良いわ、喧嘩を売ってるのなら買ってあげる。今すぐ決闘よ!!」
「望むところだ!!」
そう言って、ヴィルとルークが魔術を使おうとした瞬間、二人の間に入り止めた人物がいた。
「二人とも、此処が何処かお忘れかな?」
「い"っ…!」
「あてっ…」
そう言って、その人物はルークに拳骨を落とし、ヴィルの額にデコピンを放つ。思い切り拳骨を落とされたルークは、頭を抱えながらその人物の名を叫んだ。
「何しに来た、エルピス・イナーニス!」
「やぁ、ルーク。久しぶりだね」
エスペランサ王国が誇る宮廷魔術師は、そうルークに挨拶をして、にこやかに笑った。そして、意地悪そうな笑みを浮かべたかと思えばルークの頬を突き、からかい始める。
「少し見ない間に、こぉーんなに小さくなっちゃって……とうとう老化が始まった?」
「んな訳ねぇだろ!!つーか、先に老化が始まるとしたらお前のほうだろ」
「えー、私ってまだまだ赤子だからなぁ…それはあり得ないよ」
「テメェが赤子なら俺は何だよ!」
そんな会話を繰り広げる二人を見つめながら、茨は出されたご飯を食べ続ける。その様子を見たソルは「聖女様って案外図太いよな…」と呟いた。
「けれど、本当に何をしに来たのですか?イナーニス先生」
デコピンをされた額の傷みが引いたのか、ヴィルは自身の席に座ると、エルピスのほうを見つめ、そう尋ねた。その問いにエルピスは、キョトンとした顔をした後に答えた。
「私?私はね、イバラに会いに来たのさ」
「イバラ……って、聖女様に?!」
「あぁ。それ以外に、私が此処に人前に出ることは殆どあり得ないよ」
そう言い、茨に近付くと優しく茨の頭を撫でる。そんなエルピスの様子に、茨は教室に入ってきた時と同じく、何処か怯えたような表情で固まる。
そんな茨を見たソルは、「聖女様、怯えてません?」とエルピスに問い掛ける。エルピスは茨の顔を覗き込むと「怯えてるの?」と問う。エルピスのその声に、茨はビクッと震えると首を横に振って声を発した。
「怯えて、ません…」
「怯えてないって」
「いや、どう見ても怯えてんだろ」
なんだコレと思いながらルークはエルピスに「イバラに何したんだよ、お前」と呟いた。その呟きにエルピスは「特に何もしてないよ?朝にバッタリ会って、魔術を披露してたらこうなっちゃった」と答える。
その答えにルークは、「絶対にそれが原因だろ」とエルピスに返す。すると茨は不思議そうな顔で呟いた。
「魔術…?」
(……あのヤベェのが?)
「うん、知らない?イバラの世界で言うなら…魔法、かな。それぞれに合った属性で戦ったりするんだ」
「何となく分かりますが…原理はどうなってるんですか?魔力の源がある、とか…?」
怯えながらそう問い掛けた茨を見て、エルピスは「あははっ」と面白そうに笑うと、「魔力の源だなんて、御伽噺でしか聞いたことがないよ」と答えた。
「私達の世界での魔術はね、世界からの祝福なんだ」
「…世界からの祝福…?」
「そう。それぞれの願いに世界が応えて、それぞれに合った祝福を贈ってくれる。魔術を持つという事は、この世界じゃ簡単な事なんだよ」
へぇ…と声を零した茨に、エルピスは「けれど、少し厄介なところがあってね」と話を続けた。
「私達の魔術は、思いの強さが反映されるんだ。誰かを強く思えば思うほど、魔術も強まる。その結果、誰かを救えることもあれば…誰かを失ってしまうこともある」
(…誰かを救うことも出来るし、誰かの命を奪うことも出来る…全てが使い手次第の力。…それが、魔術…)
「だからこそ、私達のような魔術を扱う者には魔術制御の道具が支給されるんだよね。誤って、人を傷付けないように」
その言葉に、エルピスの真剣な眼差しに茨は思わず息を呑む。茨は分かっていた。この世界は自分の居た世界とは異なることを。…けれど、心の何処かで何も変わらないと思っていた自分も居たことに茨は気付かされた。
(…似ている、けれどやっぱり此処は…此処には…)
────この世界には、茨の居場所は何処にもない。何故なら、彼女はこの世界に降り立った『聖女』だから。
(……私はもう、戻れないんだ)
それは、ほんの少しだけの後悔。




