Episode17:変わらぬ聖女と変わった彼等
暫くは炎に呑まれ、燃え盛っていた茨だったが、ソルが魔術で水をぶっ掛け続けていたこともあり、やがて炎は消火されていった。
「っ、あっはははははは!!!」
「流石は聖女様!!この程度の魔法には余裕で対処が出来るようだ!!!」
またもや狂ったように笑うソレを、茨は睨みつける。例え、ファルスがヴェルギナーリスの思いを裏切ったとしても。どうしようもなく、愛に狂った人だとしても。
(……それでも、彼女には笑っていてほしい)
ファルスを見捨てることをヴィルは喜ばない。短い付き合いではあるが、その事を茨は知っていた。故に、許せなかった。
一瞬でもファルスを見捨てよう等と考えてしまった自分自身も。平気で人の命を奪おうとした、目の前の黒いモヤの形をしたソレも。
(……絶対に、許さない)
それは、空白だった茨に芽生えた激情。恐ろしい顔で睨みつけられたにも関わらず、ソレは笑みを絶やさずに「怖い怖い」と茨をからかう始末。
「殺されちゃ敵わねぇし、そろそろ退散させてもらおうか!!!」
「じゃあな、可愛らしい聖女サマ♡」
「っ、待て!!」
ルークがソレの足止めをしようと広範囲を凍らせるが、ソレは小さな爆発を起こして逃れる。
茨に視線を向けると、次に会うときは、お前のその顔を絶望で染めてやる、と宣言し、いつの間にか出来ていた魔法陣に乗りシュン、と音を立てて消えてしまった。
静まり返った空間で、学園長の声が響いた。投影先からの少し音質の悪い声ではなく、いつものように凛とした声が。
「イバラ、ルーク!!無事か?!」
「…そんなデケェ声出さなくても聞こえてる」
ソルは「俺への心配は無いんですか、学園長」と言い、学園長と肩を組もうとしていたが、学園長に顔面を掴まれてメリメリと音を立てている。
「私の聞き間違いか?貴様如きを心配しろ、と聞こえた気がしたが」
「いひゃい、いひゃいれす」
「はぁ…イバラ、君も無事か?」
学園長はソルから掴んでいた手を離して、茨へ声を掛ける。
急に話を振られた茨は「へぁ?!」と変な声を出したあと、「ぁ、っと……私は大丈夫ですが…」と答え、視線をファルスに向ける。
「ファルスさんが目を覚まさなくて…」
何度か頬を叩いているんですけど…と言いながら、ファルスの頬をベッチン、ベッチンと凄い音を立てて叩く。
ファルスの頬は真っ赤になり始めていて、その様子を見ていたルークとソルは茨の怒りが収まっていないことを感じ取り、うわぁ…と引いていた。
「大丈夫だ、ファルスさんは私がサールスに届けて見てもらおう」
「分かりました」
茨はようやくファルスの頬を叩いていた手を止めて、ファルスを学園長に預ける。学園長はファルスを横に抱き上げると「君達も付いてこい」と声を掛け、廊下に出る。
学園長が廊下を出たあと、それに続くようにルークやソル、茨も空き部屋から廊下に出ると学園長の後ろを歩き出す。
「……ところで、ラキエスさん」
「……なんだ」
「……あの親切なお兄さん、学園長だったんですか?」
学園長に付いて歩くこと、数分。茨はルークにふとした疑問を投げかけた。その疑問にルークと話を聞いていたソルは、あからさまに驚いたような顔をする。
顎が取れそうなほどに口を大きく開いた二人を見て、茨はおかしそうに笑う。のほほんとした様子の茨に、二人は笑い事じゃねーよ!!と小声で怒鳴った。
「親切なお兄さんって何だよ?!」
「お前、今まで知らなかったのかよ?!入学式で会ってるはずだろ!!」
「え、覚えてません」
「「こんッの、鳥頭!!」」
「うわぁ、普通に悪口」
自身の後ろでわちゃわちゃと騒ぐ三人の声を聞き、学園長はふっと口元を緩める。窓ガラス越しに怒られている茨を見つめる瞳には、何処か愛おしさが溢れていた。
「……本当に、貴女は変わらない」
小さく呟いたその声は、誰にも届くことなく溶けて消えていった。
─────保健室にて、禍々しい笑みを浮かべた保険医のティオ・サールスは、笑みを絶やさぬまま茨に問い掛けた。
「それで、どうしてそんな危ないことをしたんだい?」
「……えぇっと……その……」
「ん?」
口元は笑っているのに、全く笑っていない瞳を見て、茨は冷や汗を流しながら心のなかでこっっっわ!!!と叫んだ。
尚、怒った時のティオがどれほど怖いかを知っている、ルークとソルと学園長は口を挟まないように、黙って怒られている茨を見つめている。
「聖女の力を使って、ファルスさんを治す必要があったのは理解しているよ。けれど、君が彼女を抱きしめて、炎を自身にまで移す必要は無かったと思うんだけど…、どうかな?」
「ハイ……そのとおりです…」
「うん、じゃあどうして、そんな危ない真似をしたか僕にも聞かせてくれる?」
「エッ…」
話が逸れたかと思えば、茨が肯定した瞬間に話が最初に戻ってしまい、茨は情けない声を出しながら「あまり…考えていなくて…」と答えた。
その答えにティオは「……は?」と小さく声を零し、頭を抱えたかと思えば、はぁ…、とため息を吐く。
(……失望、されたかな…)
その様子に失望されたかと思い込んでビクビクと怯える茨に、ティオは「もう二度と、こんな真似しないでくれ」と言い、茨を優しく抱きしめた。
「……サールス、先生…?」
「…本当に、心配したんだよ」
(……心配?どうして?)
私に心配されるほどの価値なんて無いのに、と思った茨は「何故ですか?」とティオに純粋な疑問を投げかけた。
「私に、心配されるほどの価値なんて存在しないのに」
その質問に、ティオは少しの間驚いたように固まると、何処か苦しそうな顔をして答えた。
「…、君は、この国にとって…とても、大切な聖女様だからね」
「あぁ…確かに、1000年ぶりに降り立った聖女が死んじゃったら、大変そうですよね」
「………そう。君が死んでしまったら、とても大変な事になる。…だから、どうか自分を大切にしなさい」
少し様子のおかしいティオに茨はどうしたんだろう、と疑問を覚えながら「分かりました。気を付けます」と頷いた。
暫くして、ルークとソルと一緒に保健室を出ていく茨を苦しそうに見つめるティオ。学園長はそんなティオに声を掛けることなく、紅茶の用意をする。
ティオの瞳に宿るその感情が、どういうものかを、彼は痛いほど知っているから。
お湯を沸かしながら、学園長は瞳を閉じて先程、茨がティオにしていた質問を思い出していた。
『私に、心配されるほどの価値なんて存在しないのに』
時間を計るために置いていた砂時計の砂が落ちる音がして、お湯が沸く。学園長は閉じていた目を開いてティーカップにお湯を注いだ。
お湯を注ぎ、紅茶の葉が入ったパックを二つのティーカップにそれぞれ入れると、深くため息を吐く。
(……確かに、あの言葉は重すぎる。…ティオにとっても、私にとっても……)
彼女が普通の人とは違う考え方を持っていることには、あの礼拝堂で彼女を抱き上げた時から何となく、感じてはいた。
(彼女は…普通の人間とは違う生き方をしてきた。…それは、何となく察していた)
けれど、実際に彼女自身の口から告げられたその言葉は、彼に酷く重くのしかかった。またもや彼はため息を吐くと、どうしたものか…と呟いた。
翌日、学園ではイーサー先生がヴィル・ヴェルギナーリスに聖女を虐めた罪を着せた挙句、聖女を殺そうとしたという噂が流れていた。
「大丈夫でしたか、ヴィル様」
「えぇ…私は大丈夫ですわ。心配してくださり、ありがとうございます」
ヴィルは教室で色々な人に囲まれながら、何処か浮かない様子で雲一つない青空を見つめる。そうしてぼーっと見つめていると、廊下が騒がしくなる。
(……何か、あったのかしら…)
────ヴェルギナーリスさん
(…何も、無いと良いのだけれど…)
未だに登校していない聖女を心配しながら、騒がしくなり始めた廊下に目を向ける。ガラッ、と教室の扉が開く音がして人が入ってくる。
「っな…!」
入ってきた人物を見て、ヴェルギナーリスは驚愕の表情で彼を見つめる。教室に入ってきたのは、エスペランサ王国が誇る宮廷魔術師。名を、エルピス・イナーニス。そして、何故か怯えた表情でエルピスに手を引かれる聖女。
エルピスは聖女を自分の席に座るように促すと、噂通りの胡散臭い笑みを浮かべて挨拶をする。
「初めましての方は、初めまして。私の名はエルピス・イナーニス。今日からこのクラスの担任となりました」
「…どうぞ、よろしくお願い致しますね」
そう言い、ニコリと笑ったエルピスにヴェルギナーリスを含めたクラスメイトの叫び声が学園中に響き渡った。




