Episode16:人のフリをした怪物は
(…今、なんて…)
学園長が言い放った言葉に、誰もが声を失い、驚きで目を見開いた。それもその筈、学園長は今、此処にいるイーサーは、イーサーではないと言ったのだから。
「…どういう事ですか、学園長!」
「…おや、ティターンくんも聖女様も気が付いて居なかったのですか?」
そう聞かれ、驚きながらも頷く二人を見て学園長はクスリと笑うと「分かりました。では、少し説明しましょう」と言った。
「其処に居るイーサー先生の体内から、イーサー先生の物とは異なる魔術残滓が存在するからです」
「魔術残滓とは、時にその人物が誰かを証明する方法でもあります。イーサー先生の魔術残滓は、濃い赤。…けれど、其処にいるイーサー先生から感じ取れる魔術残滓は、薄い赤」
「更に言えば、イーサー先生の魔術残滓が異ったのは聖女様がこの世界に降り立った次の日。たった一日で魔術残滓が異なることは、まずあり得ない」
「ここで、何者かがイーサー先生に成り代わっていることを確信しました。そして、聖女様が学園に入学した途端に起きた、今回の件。本来少数の人間しか知らないはずの、禁忌魔法薬が使われていた」
「以上を持ち、一番疑わしいのは貴方と言うことです、イーサー先生に成り代わった誰かさん」
「…まぁそもそもの話、私は保険医のティオ・サールス以外の教師に禁忌魔法薬の事を教えたことはありません」といい笑顔でそう付け加えた学園長を見て、ルークは「相変わらず趣味が悪いヤツ…」と呟いた。
「あの、学園長。サールス先生がイーサー先生に禁忌魔法薬を教えた、と言う可能性は…?」
そう聞くティターンに、学園長は吐き捨てるように答えた。
「あり得ないでしょう。あの腹黒ロリコン野郎、何だかんだ言って聖女様の事を気にしてますし……そもそも、アレにはヴィル・ヴェルギナーリスを聖女殺しの犯人に仕立てる理由がない」
(…サールス先生、ボロクソに言われてる…と言うか、私のこと気にかけてくれてたんだ……ちょっと嬉しいな)
「まぁどちらにせよ、イーサー先生がファルスさんを唆したのは間違っていませんよ」
「本物のイーサー先生も、ヴェルギナーリスさんの事は少々良く思っていなかったようですから、ファルスさんの思いを知って其処につけ込んだんでしょうね」
そこまで言うと、学園長はイーサーに成りすましている何者かに「何か弁明はありますか?」と問いかけた。
イーサーに成りすましている何者かは、俯いたかと思えば、不気味な笑みを浮かべて狂ったように笑いだした。
「……ふっ、あはははははっ!!」
その様子にルークは茨の傍に駆け寄ると、茨の前に立ち戦闘態勢を取る。戦闘態勢を取って睨みつけてくるルークを見て、ソレは面白そうに目を細めた。
「へぇ…流石は聖女様だ。そんな化け物を傍においているとは……」
「…どういうことですか?」
(……化け物って、ラキエスさんのこと…?)
その問いに、ソレは意外だと言わんばかりの顔をした後、またニタニタとした気味の悪い笑い方に戻った。
「ふーん、お前ってば聖女様にはなぁーんにも教えてないのか?…なら、オレが教えてやろう。ソイツは─────」
「まずは私の問いに答えろ」
ソレが茨に近付いて何かを言おうとした、その時、学園長がソレの声を遮った。私の問いに答えろ、と言われたソレは面倒くさそうに目を逸らすと弁明なんて何もない、と呟いて宣言した。
「ヴィル・ヴェルギナーリスを聖女殺しの犯人に仕立て上げたのはこのオレだ」
「……その理由は?」
「聖女を殺すため」
ソレがニタリと笑って言ったその瞬間、ソレに向けてルークが氷の塊を投げつけるが、ソレは氷の塊を炎で簡単に溶かしてしまった。
「おぉ、怖い。そんなに怒るなよ……それとも、まだ悔やんでいるのか?あの日、『聖女』を守れなかったことを」
「……黙れ」
「だから、その『聖女』に執着するのか?だから、守ろうとするのか?『あの聖女』と瓜二つな、その女を」
「黙れっつってんだろ!!!」
ルークはそう叫ぶと、鋭く尖った氷の剣をソレに投げつける。またもやソレは炎で簡単に溶かす。そして、未だに気絶しているファルスに近寄ると──────
「あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!!!」
(…………は…)
─────ファルスに向けて、火を放った。
「っ!!」
熱さで悶え苦しむファルスに、ソルが魔術で水をぶっ掛ける。けれど、その炎が消えることはなくどんどんと勢いを増していき、やがてファルスの身体を呑み込んでいく。
(……なに、これ……)
茨は、目の前で起きた衝撃的な光景にただ、立ち尽くす事しか出来なかった。怖くて足が竦んで動かなかった、その時。
「イバラ!!!治癒魔術だ!!!」
学園長の声が聞こえ、ハッとする茨に続けて「聖女の力を使え!!!」と叫んだ。茨はその言葉に戸惑いながらも頷くと、身体が燃え続けているファルスに近寄る。
「ひっ…」
(熱そう。火傷どころじゃ済まないかも。痛い思いなんて、したくない…)
─────聖女様、紹介します。
『私の使用人の、ファルス。ファルス、この方は聖女様。失礼のないようにね』
『そう!ファルスは、私が幼い頃から傍にいてくれる大切な友達ですの!』
『……ファルスが居てくれたから、私は一人ぼっちじゃなかったんです』
今にも逃げたい思いでいっぱいだった茨の脳裏に浮かんだのは、ヴィルの嬉しそうな笑顔。それを思い出した瞬間、茨は覚悟を決め炎に包まれるファルスを抱きしめた。
(……この人は、許されないことをした。ヴェルギナーリスさんの思いを裏切った。でもあの子はきっと…)
(……この人が死んでしまったら、涙を流すんだろうな…)
ファルスの炎がどんどん茨に移っていき、やがて茨はファルスと同じように炎に呑まれた。けれど、何故かファルスの傷は治り、炎に包まれていると言うのに、茨の身体には傷一つ存在しなかった。




