Episode19:本当のお友達に
茨の心に芽生えた、ほんの少しだけの後悔。それに気が付いているのか、いないのか。エルピスは俯いてしまった茨に声を掛ける。
「……どうしたの?」
「…いえ、ただ…」
「やっぱりこの世界は、私の居た世界とは違うんだな、と……」
その声に、黙々と食事をしていたヴィルとルークの手が止まり、茨に視線を向ける。
気が付けば椅子に座ってヴィルを見ていたソルも、茨の方へと視線を向けた。こんな話が飛んでくるとは思わなかったのか、エルピスも数回目をパチパチと瞬かせると、口元から笑みを消した。
「…どういうこと?」
エルピスの優しいその声に、茨は次々と考えないようにしていた事をぽつりぽつりと話し出す。
「この世界は、私の居た世界とは大して差はないと思っていたんです」
「…でも、そうじゃなかった。魔術と言う、私には理解出来ない力があって……聖女と言う、私には理解出来ない存在が居る」
「……何と言えば良いのか、分からないんですけど…私はもう、元の世界に戻れないことを実感した、と言いますか…」
この世界に来てから茨は、元の世界に戻る方法は無いと聞かされた。申し訳なさそうにそう言ったティオを見て、茨は仕方がないと納得した。…けれど、心の何処かでは諦めきれていなかったのだろう。
今になって、元の世界にはもう戻れないことを茨は実感した。
(……この胸に突き刺さるような痛みを…何と言えば良いんだろう…)
じっと茨の話を聞いていたルークは茨に、後悔しているのかと問い掛けた。聖女として生きることを選んだことを……こうして今、生きていることを、後悔しているのか、と。
その問いに茨は「……分かりません」と答えた。茨には、分からない。自分が今何をどう思っているかが。茨が今、生きているのは『あの人』に認めてもらうことを諦めたくないから。…だからこそ、彼女はこの世界で『価値』を得ようとした。
(…そうすれば、『あの人』は私を認めてくれると思ったから)
そのためだけに、茨は聖女として生きることを選んだ。
けれど、茨が『あの人』と出会うことはもう二度と叶わない。何故なら、茨の居る世界は元の世界では無く、茨が生まれた世界とは異なる、この世界だから。
(…あの人に会えないのなら、私が頑張る理由なんて、何処にも…)
そこまで考えて、また黙り込んでしまった茨にヴィルは「私には聖女様の気持ちはよく分からないけれど…」と言った。
「…聖女様は、寂しいのではないですか?」
「………寂しい…?」
思ってもいなかった言葉に、茨は目を数回パチパチと瞬かせると、不思議そうな顔をする。そんな茨に、ヴィルは話を続ける。
「えぇ。まぁ、無理もありませんわね。いきなり知らない世界に放り込まれて、聖女として生きる事になって…家族とは、もう二度と会うことは出来ない」
それは、とても寂しい事ですわ、とヴィルは呟いた。その感情に心当たりがあるのか、ヴィルは何処か寂しげな表情になる。美しくも儚い、その横顔に茨の心は酷く痛んだ。
(…何を、言えば良いんだろう…)
悲しい顔なんて、しないで欲しい。
ずっと笑っていてほしい。
そんな想いが茨の心に溢れた。こう言う時、何を言えば良いのかを茨は知らない。何を言うのが正しいのか。何を言うのが間違いなのか。分からないなりに茨は考えて────
「ヴィ、ヴィル………さん……」
「はい、どうかしましたか?聖女様」
「ぁ、あの…お、お友達になりませんか?!」
────茨の口から出てきたのは、とてもトンチンカンな言葉だった。
「ぷっ……ふふっ……あっははは!!」
その瞬間、宮廷魔術師の笑い声が食堂に響いた。何事かとこちらを見つめる人も居て、一気に注目を集めた茨は驚きと謎の羞恥心で頬を赤らめる。
「わっ、笑わないでください…、イナーニス先生!!!」
「あっはははは!!…まさか、君からそんな言葉が出てくるなんてね……ふふっ…」
そう言い、茨の頬を突くエルピス。そんなエルピスに茨は「辞めください…!」と赤い顔で叫ぶと、そんな茨に気分を良くしたのかエルピスは茨の頭を撫で回す。
そんな二人の様子をルークは、何処か不貞腐れた様子で眺める。そんなルークに気が付いたソルは、ニマニマとした顔をしてルークの傍に近寄ると、ルークをからかい始める。
「ルーク、お前聖女様がイナーニス先生に取られて悔しいのかぁ?」
「えぇ、そうなの?ルークってば、相変わらず子供だねぇ」
「そんな訳ねぇだろ、殺すぞ。特にそこのエルピス・イナーニスは末代まで呪う」
虚無の表情でそう返したルークに、ソルは照れるなよ〜と言い、ルークの肩に腕を回す。エルピスはからかうターゲットを聖女からルークにロックオンすると、ソルとエルピスの二人がかりでからかい続ける。
「おい、イバラ!!助けろ!!」
「嫌です」
「巫山戯んな!テメェ等もいい加減、俺の顔から手ぇ離せ!!」
先ほどまでの暗い雰囲気から一転して騒がしい四人に、ヴィルは「あははっ」と笑い声を零す。その声に四人とも騒ぐのを止めて、ヴィルの方を見つめる。
(……ヴェルギナーリスさんが、笑ってる…)
暫くして笑いが収まったヴィルは、茨の傍に近寄る。そして、茨の手を取った。
「…ねぇ、イバラ」
「は、はい…」
「先程のお話なのだけれど……こんな私で良いのなら、私とお友達になってくれない?」
その申し出に、茨は驚きで目を大きく見開いた後、大きな声で「喜んで!」と返事をした。
「あの、すみません」
「麗しい友情を見ることが出来て、大変恐縮なのですが……食事中に騒ぎ立てるのは、非常識では?」
眉を顰めた一人の先生が騒ぎ立てる茨達にそう言い放った。そのご尤もな言葉に、茨達は「すみません…」と謝ると、自分達の席に座り食事を取り始める。
そんな茨達を横目に、茨達を注意した教師はエルピスへ視線を向け、叱責を飛ばす。
「全く…エルピス・イナーニス先生」
「いくら我が国が誇る宮廷魔術師とは言え、此処に居るときは一人の教師です。生徒の教育くらいはしてもらわないと困ります」
「申し訳ありません。以後、気を付けます」
眉を下げ、申し訳なさそうに謝るエルピスに叱責を飛ばしていた教師は、分かれば宜しいです、と言い食堂から出て行った。
茨達は先程のように話すこともなく、ひたすらに黙々と食事を取り続ける。けれど、其処に先程までの気まずい空気は存在せず、話をすることは出来ないのに、茨とヴィルは何処か楽しそうだった。




