Episode13:ソル・ティターンと婚約者
「これは一体、どういう事ですか?」
教室の扉をコンコンコン、とノックしながらイーサーにそう問い掛ける茨。いつも通りの声色で微笑んでいるが、茨の目は笑っておらずそれに気が付いたイーサーは、弁明を始めた。
「っ、ち、違うんです!ヴィル・ヴェルギナーリスが聖女様を虐めていると聞いて…!」
「誰ですか、そんなくだらない噂を流したのは。彼女が私を虐めた事なんて、一度もありません」
「ですが、昨日の放課後、鋏を持って貴女と会っていたと…!!」
「あれは、私の髪を整えようとしてくれていたから持っていたものです。…結局、時間がなくて鋏を使うことはありませんでしたが」
その言葉にイーサーは絶句する。茨はイーサーに蔑むような視線を向けながら、話を続ける。それでも、と言い訳を並べようとするイーサーに茨は冷たい声で「もう結構です」と吐き捨てる。
「彼女が私を虐めていると言うのなら、その証拠を持ってきてください」
そう言って、戸惑っているヴィルの手を掴んで優しく引くと教室から出て行く。人気のない所までヴィルを連れて行くと、はぁー、とため息を吐いてその場にしゃがみ込んだ。
「あの、聖女様……あんな事を言ってよろしかったので?」
「良くはないけど…」
「でも、貴女に濡れ衣を着せられてるのを、黙って見てるだけなのは、嫌だったから…」
その言葉にヴィルは大きく目を見開いたあと、目を伏せると嬉しそうに口元を緩ませた。
「…そう、ですか…」
(とは言え、流石に教室を抜け出すのは良くなかった気がする……やっぱ、今からでも教室に戻るかな…)
「……あの、聖女様」
「?…どうかしましたか?」
「もしも、良かったら…なのですけれど…」
「?」
息を吸い、覚悟を決めたような表情をしたヴィルが何を言おうとした、その時「何してんだ、お前ら」と、知らない声が聞こえた。
「うわぁ?!」
「ふはっ、お前、驚きすぎだろ。…ん?お前も一緒だったんだな、ヴィル」
「ごきげんよう。相変わらず、授業をサボってばかりなのですね。…ティターン先輩」
(……ティターン先輩、って…この人の事だよね…二人とも知り合いなんだ)
キョトンとして、戸惑っている茨を置いて、二人はどんどんと話を進めていく。
「俺は天才だからな!わざわざ授業を受けなくとも、結果を残すことができる。…にしても、お前がサボりとは珍しいな」
其処の小兎にでも誑かされたか?と、ヴィルに問うティターンは意地悪そうな笑みを浮かべた。対してヴィルはいつもと変わらない笑みを浮かべながら「今日は特別なんです」と返す。
「ちょっと、待ったぁー!」
茨はそう叫んで、一触即発の空気にストップを掛けるとヴィルの肩を掴みながら「この人誰?!」と叫んだ。ヴィルは目を逸らし、ため息を吐くと不満そうな顔でティターンについて説明しだした。
「彼の名前はソル・ティターン。オリアナ学園の三学年の生徒です」
(あぁ、だから先輩って…)
「彼は所謂、器用な人で…文武両道の優等生。授業を受けなくても、試験で毎回高得点を残すことから、授業の出席を強制されていない珍しい生徒です」
終始不満そうに茨に対して、ソルについて説明するヴィルに、ソルは「へぇー、お前俺のことそんな風に思ってたのか!照れ隠しの婚約者様は、やっと素直になってくれたのか?」と言い、ヴィルに触れようとする。
「素直になった訳ではありませんわ。第一、私と貴方の婚約は、両家が子どもの意思を聞かずに取り付けた婚約でしょう?」と返しながらソルから伸ばされる手を跳ね除ける。
「へぇ…婚約者なんだ。へぇ………」
「?どうかしましたか、聖女様」
ヴィルはソルから伸ばされる手を跳ね除け続けながら、何処か表情の固い茨を見て不思議そうな顔をする。
「いや…私の世界って、家の決めた婚約者が居る人ってあまり居なくて………ちょっとびっくりして……」
「まぁ、そうなのですか?」
(昨日から少し思っていたけれど……住む世界があまりにも違いすぎる…)
「……聖女?今、聖女と言ったか?ヴィル」
住む世界が違いすぎる発言に茨が固まっていると、ソルがそう言って茨の顎を掴んで、目線を合わせる。
「…そうか、お前があの…!」
「?」
「あの噂の、血塗れ聖女か!!」
何処ぞの自由人と同じように興奮したような様子でそう叫んだ。何度も言われ続けたそのあだ名に、茨はうんざりとしたような表情をすると、自身の顎を掴んでいるソルの手をバシッ、と跳ね除ける。
「三学年の先輩にまで広まっているんですか、あの噂」
(全く…一体、誰がそんな噂を流しているのやら……)
見つけたらどうしてやろうか、と考える茨を見てソルは「案外普通の女だな」と呟く。
「それで、1000年ぶりに現れた聖女様と俺の可愛らしい婚約者は此処で、何をしていたんだ?……浮気か?処すぞ」
「違いますわ!!……その、少し教室の方でトラブルがありまして…」
真っ黒な目をしたソルに、ヴィルは最初から話をする。茨の枝毛だらけの髪が気になって、昨日の放課後に鋏を持って茨と会っていたこと。その際に、茨を怯えさせてしまったこと。その様子をイーサー先生に見られていたらしく、朝から教室でこっぴどく叱られていたこと。
全てを話し終えると、ソルは「なるほどなぁ…」と呟く。
「まぁ、俺はいつかこうなると思っていたけどな……まさか、聖女様を巻き込むとは」
(…いつかこうなると思っていた…?)
「あの、それってどういう…?」
意味が分からないと言いたげな顔をして、ソルにそう問う茨にヴィルが説明する。ヴィルが言うには、イーサー先生や一部の生徒はヴィルが中等部にいた頃からヴィルの事を良く思っていなかったらしい。
─────私、目つきが悪くて…
─────恨みを買ってしまったかな…
(成る程。あの時感じた敵意のこもった視線は、私ではなくヴェルギナーリスさんに向けられていたのか…)
「まぁ、聖女様が自らその噂を否定したんだ。暫くは何も起こらないとは思うが……」
そこで言葉を区切ると、何かを考えたあと「また何かあったら言えよ」と言ってソルはその場を後にした。




