Episode12:根も葉もない噂話
その後も、様々な疑問を感じながら迎えた放課後。
(……とうとう来てしまった。集団リンチの時間が……)
静まり返った教室のなかで、私は一人自分の席に座っていた。……が、いつまで経ってもヴェルギナーリスさんが来ない!!!もうかれこれ三十分は経過している……
(揶揄われたのかな…それなら、それで良いんだけど。集団リンチをされるのは怖いし、もうあんな思い、二度としたくないし)
帰ろう、と席を立って、バックを手に取る。そして教室の扉を開けようとしたその瞬間、ガラリと音を立てて扉が開かれた。
「あっ、良かったわ。きちんと、待っていてくれたんですね。約束を守っていただいて、私とっても嬉しいですわ」
そう言って、鋏を手に持ってカチカチと鳴らしながら私に笑い掛けるヴェルギナーリスさん。その瞬間、顔からサァーと血の気が引く感覚がした。
(………刺し殺される……)
一歩一歩、後ろへ下がっていく茨とは対照的に、茨の方へと歩みを進めるヴィル。やがて茨の背中が壁にぶつかり、逃げようにも前にはヴィルが待ち構えていた。
「逃げないでください、聖女様。大丈夫ですよ。怖いことなんてなぁーんにもありませんからね」
(ぅ、嘘だぁ……)
ヴィルの手が、ぶるぶると震える茨に伸びていき、そして──────
「貴女、その前髪邪魔じゃないのですか?」
「っ、へ…?」
──────さらり、と茨の少し長い前髪と枝毛だらけの髪に、優しく触れた。
「出会った時からずーっと、気になっていたんです。聖女様の髪、かなり傷んで見えたから……少し、手入れをさせてほしくて」
「…もしかして、今日放課後残って欲しいって言っていたのは……」
「えぇ。出来ればで構わないのですけれど…聖女様の髪を少しだけ触らせて頂ければ…と思いまして」
その言葉に、茨の顔はさらにサァーと血の気が引いていき、青を通り越して真っ白になっていった。その様子を見て、ヴィルは「具合が悪いのですか?!」と慌てふためき、誰か人を呼びに行こうとするヴィルの手を掴んで、引き止める。そして、茨は叫んだ。
「っ〜〜、ごめんなさい、ヴェルギナーリスさん!!!」
「急に何事ですの?!」
ヴィルは茨を教室の席に座らせると、茨から様子がおかしい理由を聞いて、何処か納得したような表現で茨に話しかける。
「……つまり、私が聖女様の事が嫌いで、集団リンチをされると思って、あそこまで怖がって居られたんですね」
「…ごめんなさい……こんな浅はかな私を殺してください…」
「そんな物騒な……」
「……でも、そう思ってしまうのも仕方がないですわ。私、目つきが悪くてよく怖がられて居ますし……鋏を持って現れた私にも、非はありますから」
そう言って、疑われたにも関わらず優しい声を掛けてくれるヴィルに茨はめっちゃ、良い人…!!と胸をときめかせた。
(……こんな優しい人を疑ってしまった、自分をぶん殴りたい…!!)
「…けれど、今日は諦めたほうがよさそうですね。もう空が暗くなってしまいましたし……申し訳ありません、聖女様。わざわざお時間を取ってもらったのに…」
「ぃ、いえ…!」
「聖女様は確か、寮に住まわれているんでしょう?私も寮暮らしなんです。…途中まで一緒に帰りませんか?」
「ぇ、い、良いんですか?!」
(あんな失礼な態度をとったのに…?もはや、私じゃなくてこの人が聖女じゃ…?)
ころころと表情を変える茨を見て、ヴィルは目を細めてふふっ、と優しく微笑むと「お手をどうぞ、聖女様」と言って、手を差し伸べた。
「ぁ、ありがとうございます…?」
茨は戸惑いながら、ヴィルに差し伸べられた手を取る。そしてヴィルに手を引かれながら寮への道を歩き出した。
「聖女様の好きなものは何ですか?」
寮への道を歩いている途中、茨とヴィルは色々な事を話していた。自分の好きなもの、苦手なこと。憧れていること。自分の知らないことを教えてくれるヴィルに茨が懐くのは、時間の問題だった。
…そして、自分の話を楽しそうに聞いて、笑ってくれる茨にヴィルが好感を持つのもまた、自然なことだった。
(……本当に、可愛らしいひと…)
ヴィルは茨を、寮の中にある茨の部屋まで送ると「また明日」と言って、茨に背を向けて自分の部屋に戻ろうとした時、茨はヴィルの手を掴んで彼女を引き止めた。
「…どうかされましたか?」
優しい声、優しい表情でそう尋ねるヴィルに茨は「えっと、」と言葉に詰まりながらも、口を開き、声を発する。
「き、今日は…ありがとう、ございました…!部屋の前まで送ってくれて……あと、失礼な態度をとってしまってごめんなさい!っ、ま、また明日…!」
緊張で声が裏返りながらも、必死に言葉を伝えた茨はまた明日、と言って部屋に戻ってしまった。
ぽつん、とその場に残されたヴィルは暫く固まった後、緊張で声が裏返ったり、震えながらも言葉を伝えてくれた茨を思い出して、笑みを零す。
「……本当に、可愛らしい人」
急いで部屋に飛び込んだ茨は、玄関の扉に背を預けて「うわぁ……」と謎の声を出しながらズルズルとしゃがみ込んだ。
次の日、茨が教室の前まで行くと人集りが出来ていた。
「……何の騒ぎですか、これは」
いつもより多い人集りに混乱しながらも近くに居た人にそう尋ねる。すると、戸惑いながらも詳細を教えてくれた。
「どうやらヴェルギナーリス様が、その…聖女様を虐めたとかで、イーラー先生からお叱りを…」
その言葉を最後まで聞くことはなく、茨は人の波を掻き分けて、教室へと足を進める。そして教室へと入ると、教卓の前に立たされ怒鳴られているヴェルギナーリスさんと、怒鳴り続けている担任の教師であるイーラー先生が居た。
茨はその光景を見て、驚いたように目を見開くと教室の扉をコンコンコン、と3回ノックする。
「何ですか、今は…!っ、聖女様?!」
そう言い、慌てふためくイーラー先生を茨はキッ、と睨めつけると笑みを浮かべて問いかけた。
「これは一体、どういう事ですか?」




