Episode10:聖女として生きること
聖女がこの世界に降りてきて、一ヶ月が経過した。あれだけ降り続けていた雪は止み、桜が舞い散る季節になった。オリアナ学園は入学の季節を迎え、生徒が沢山の新入生を歓迎する。
いつもであれば、楽しく賑わっている声が聞こえてくるはずだが、今年はめずらしく静まり返り、皆一人の女子生徒を見つめていた。
(……見られてる……)
彼女の名前は白崎茨。この世界に1000年ぶりに降り立った『聖女』であり、今年の入学試験を首席で入学した天才少女。そして、この物語の主人公。
(……家でトランプしてたい……)
数々の好奇の視線に耐えられず、今すぐにでも帰りたいと心のなかで呟く茨に、一人の男が近寄って思い切り抱き着いた。
「イーバラ!!!」
聖女の事を「イバラ」と名前で呼び、抱き着いた男の名はリーベル・タース。ひょんなことから茨と出会い、茨に助けられてからと言うもの、どういう訳か茨に懐いている忠犬のような男だ。
「ぐふっ」
まぁ…当然ではあるが、自分よりも年上で体格の良い男に抱きつかれて、よろけない訳がなく……二人して地面へ倒れそうになった時、一人の教師が茨を抱き留めた。
「…リーベル。急に抱きつくのは辞めなさいと何度も言ったでしょう。…大丈夫ですか?イバラ」
「大丈夫です…助けてくれて、ありがとうございます…」
「どういたしまして」
茨を抱き留めた教師の名はティオ・サールス。オリアナ学園の保険医で、よくルーク・ラキエスと一緒にいる、何を考えているかよく分からない脳筋ゴリラ。因みに、怒ると滅茶苦茶怖い。何故か茨にだけはとても甘い、ロリコン野郎。
入学早々、二人の男に囲まれ、取り合われて困惑する茨。一体、どうなっちゃうの〜?!
「何をやってるんですか、ルーク」
ゴッツン、と鈍い音がしてティオに鉄拳制裁を食らったルーク。かなり痛かったのか、涙目になっていて茨はしゃがみ込み、たんこぶを突きながらルークと視線を合わして話をする。
「……んで、何で少女漫画風のナレーション付けてんの。ラキエスさん」
「いや、この前エクスに少女漫画を借りてな。ちょっとノリで」
「ノリで僕をロリコン教師にしないでもらえますか?貴方のせいで最近、僕に関する変な噂が広まっているんですけど」
「他の先生方に「聖女様を囲ってるって本当ですか?」とか、エクスに「先生ってやっぱりゴリラですよね」と聞かれた私の気持ちが分かりますか?」とルークに問い掛ける。が、ルークからしてみれば聖女を囲っている事以外は全て事実なので「今更だろ」と答える。
(…とんでもない風評被害だ…)
因みに、リーベルは「サールス先生って案外すぐ手が出るからな…」と呟き、ティオから受けた鉄拳制裁を思い出して、身体を震わせていた。
茨は、ギャーギャーと騒ぐ三人を見て何処か楽しそうに微笑んだ。笑っている茨に気が付いたのか、ティオは気まずそうに目を逸らし、ルークはそんなティオを鼻で笑い、リーベルは茨の手を取って門をくぐり学園内へと歩き出す。
リーベルに手を引かれている後ろで、またもや言い合い殴り合いの喧嘩をしている二人を見て、茨はまた楽しそうに笑い『あの日』の出来事を思い出していた。
──────時は遡り、2月の中盤。
『聖女の力』に目覚め、これから先の選択をどうするかと聞かれたとき。茨は真剣な表情をして、ティオに話をした。
「……一つ目の選択肢について、詳しく教えてください」
その言葉にティオは「…分かったよ」と返事をして、話し出す。
「一番最初に提示した選択肢なんだけれど…実は、条件の殆どを既に突破しているんだ」
「……え?」
「一番最初の選択肢は『聖女としての力に目覚め、聖女として生きること』なんだよ」
(最初の選択肢の内容は聖女の力に目覚めて、聖女として生きること。…確かに、タースさんやサールスさんによれば、私は聖女の力に目覚めたみたいだし…)
「確かに、条件は殆ど突破しているな」
いつの間にか居たルークはそう呟き、よく分かっていないリーベルにエクスが「「聖女として生きること」と言うのは、世界に対してイバラさんが『聖女』だと公開して、名前を広めると言うこと…なので、殆どどころか条件は全て突破していますね」と説明した。
「でも、良いんですか?」
「何が?エクスくん」
「王族への嫁入りを蹴ってしまった事です。安全面だけで言えば、王族への嫁入りほど安心できるものは、なかなか…」
そうして心配そうな顔をするエクスに、茨は「大丈夫だよ」と笑うと、エクスの頭を優しく撫でる。
「私、窮屈なのはあまり得意ではなくて。…それに、王族へ嫁入りしてしまうと、聖女の力を悪用する事だって出来ると思うんです」
(…やり方によっては、人の命を奪う事だって出来るかもしれない)
彼らが必ずしも、この力を悪用するとは思わない。けれど、悪用される可能性が少しでもあるのなら、なるべく王族への嫁入りは選びたくない。
「…人を生かすことが出来るのなら、もしかしたら私のこの力は、人の命を奪うことも出来るかもしれないから」
そう言って、困ったような表情で笑う茨にティオは「分かった。君の意思を尊重しよう」と返すと、色々と報告しなければならないから、と言って部屋を後にしようとするが、茨から「待ってください」と声を掛けられ、その場に立ち止まる。
「…一つだけ、お願いがあるんです」




