第8話 エマと海鮮丼
【エマと海鮮丼】
あれから猛吹雪の山道を行ける所まで走り抜き、通行止め手前のPAで寝て起きたエマと達吉たち。
日が昇りアラームが鳴るより早くカーテンの隙間から差す日差しで目を覚ましたエマが外を見ると。
昨日までの猛吹雪が嘘のように去り朝の澄み切った青空と銀世界が広がっていた。
エマは、寝ている達吉を横目に助手席から降り昨日の夜に振り積もった雪を踏みつけながらPAのトイレへ向かった後展望台へ行き山の下の本線を眺めていると走っていく車やトラック達はゆっくりと山道を下っていく。
『こんな雪が積もってる中でも皆さん凄いですわね…』
しばらく眺めていると不意に声が聞こえた。
【まぁみんなこんな中でも働かないと飯が食えんのよ】
『ひゃい!?何時からそこに居たんですの!?』
【今さっきだよ…ぼちぼち行くぞ着いて荷降ろしたら飯にしようか】
『わ、分かりましたわ…』
山道を下り暫く走ると長いトンネルがあり潜ると視界が一気にひらけた瞬間。
眩しい日差しとともに眼下に広大な大海原が躍り出た。
「よし、エマ。山道は抜けたぞ。日本海だ」
『まあ……っ! いつ見ても広大で美しい海ですわ……!』
助手席のエマは身を乗り出し、フロントガラスに顔をくっつける勢いで目を輝かせた。冬の澄んだ空気の中に広がる紺碧の海と、白く泡立つ波頭。その雄大な景色に、彼女はしばらく言葉を失うほど見とれていた。
「よし!港ので無事に荷物も降ろしたしな。明日明後日は休みだから今日はこれから、日本海側のうまいもんを腹いっぱい食いに行くぞ」
『うまいもん……! これが冬の海の幸ですのね!?』
エマはくるりと振り返ると、両手をキュッと握りしめて気合い十分の表情を浮かべ意気揚々と助手席から降りた。
トラックを観光客用の海鮮市場の近くへ停め俺たちは港に隣接する巨大な「海鮮市場」へとやってきた。
足を踏み入れた瞬間、潮の香りと威勢のいい商売人そして所狭しと並べられた海の獲物たちが二人を迎えた。
『まあああっ……! なんですのここは!? まるでお魚のテーマパークですの!?』
エマのテンションは一気に最高潮へ達した。
潮風に綺麗な髪をなびかせながら、ツナギ姿であっちの店、こっちの店と目を皿のようにして駆け回る。
『達吉さん見てくださいまし! このカニという生き物、私の顔より大きいですわ! ハサミ脚が太くて、とっても強そうです!』
「それはズワイガニだな。身がぎっしり詰まってて甘いんだぞ」
『まあっ! そしてあちらの真っ赤なお魚は……!?』
「あれはノドグロだ。高級魚だが、脂が乗っててとろける美味さだ」
『とろけるお魚……!? ああ、あちらには宝石のようにキラキラ輝く赤い粒々(いくら)が積み上げられていますわ! 凄いですわ、この市場は海の宝箱ですのね……!』
公爵令嬢としての矜持はどこへやら、エマはピョンピョンと跳ね上がるように大興奮している。周囲の店主たちも、そんなツナギ姿の可愛いお嬢ちゃんのリアクションに目を細めて笑っていた。
「よしよし、見るだけじゃお腹は膨らまねぇからな。魚は後で買うとして先に奥の市場食堂に入るぞ」
食堂のテーブルに運ばれてきたのは、丼からはみ出すほど豪快に刺身が盛り付けられた『特上・日本海海鮮丼』と、名物『ノドグロの刺身』だ。
ボタンエビ、いくら、ウニ、マグロ、ブリ、サーモンが隙間なく敷き詰められた黄金の丼を前に、エマは口をぐぐっと開けたままフリーズした。
『こ、これが……海鮮丼……! まるで王冠のように豪華絢爛ですわ……!』
「温かいご飯と一緒に食うんだよ。ほら、醤油にワサビをちょっと溶かしてな」
エマはおそるおそる箸を伸ばし、脂の乗った寒ブリの刺身をご飯とともに口の中へ放り込んだ。
次の瞬間――。
『……ッ〜〜〜〜〜〜っ!?!?』
エマの青い瞳がこれ以上ないほど見開かれ、背筋がピンと伸びた。
『……な、なんですのこれ!? お肉でもないのに、お口の中で濃厚な脂がじゅわっと広がって……噛む必要がないくらい柔らかく溶けていきますわ……!』
「だろ? 今が一番脂が乗ってる時期だからな」
続けて、レンゲで掬ったイクラとウニをご飯と一緒に頬張るエマ。
『んんん〜〜〜っ!! まろやかで、海の旨味が爆発していますわ!! このお米との組み合わせ、悪魔的美味しさですの……!』
今度はノドグロの塩焼きに箸をつけ、パリッとした皮とじゅわっと溢れ出る旨味いっぱいの脂に「ふひゃあ……っ!」と幸せそうな悲鳴を上げた。
高級ホテルの晩餐会でも見せたことがないような勢いで、ガツガツと海鮮丼をかきこむエマ。頬をパンパンに膨らませてモグモグする姿は、まるで小さなリスのようだ。
「落ち着いて食えって。誰も取らねぇから」
『むぐ……だって、美味しすぎてお箸が止まりませんのですもの! ここに来て一番の衝撃ですわ……!』
すっかり丼を空にし、お腹いっぱいになったエマとエマは、帰りにお土産に良さそうな魚介類を沢山買ってトラックの荷台へと詰め込んだ。
エマは、助手席に戻ると「ふぅ……」と深いため息をついてシートに深く沈み込んだ。
パンパンに張ったお腹を撫でながら、ぽわんとした幸せそうな顔をしている。
『極楽でしたわ……。私、北陸のファンになってしまいました……』
「ハハ、気に入ってくれてよかったよ。日本は広いからな、まだまだこれからだがなこの国には美味いもんがたくさんあるぞ」
『まあ! 本当ですの!?』
エマはパッと顔を輝かせ、それから少し照れくさそうに笑った。
重厚なv8エンジン音とともに、トラックは再び母港を目指して走り出した。
お腹も心もいっぱいに満たされたエマは、心地よい振動に揺られながら、満足そうな笑みを浮かべてすやすやと小さな寝息を立て始めるのだった




