第2話 頼れる姉とエマ
【姉貴とエマ】
荷降ろしを終えた俺が伝票を受け取りキャビンに戻ると、カーテンの隙間からすーすーと小さな寝息が聞こえてきた。
狭い寝台の上で、派手な赤ドレスを小さく丸め股に挟んで寝ている。地味に器用だなぁ…こうして静かにしていりゃ、確かに何処ぞのお姫様と言われても信じてしまう程の何か浮世離れした綺麗な顔立ちをしてやがる。
「……ったく、勘弁してくれよ」
俺は、ため息を吐きながらエアコンを少し弱め、毛布代わりに自分の梅咲丸と刺繍のしてあるジャンバーをそっと上からかけてやった。
午前四時前。市場は熱気と活気に満ち溢れ、競り声やターレットトラックの走行音が飛び交っている。
とりあえず市場での仕事を終えた俺は、帰り荷を積むまで時間がある為近くにあるドライブインへとトラックを走らせた。
「おい、起きろ。朝飯だぞ」
肩をゆすると、エマは「ん……ふぁ……」と可愛らしい声を漏らし、寝ぼけた目を擦った。
『……ここ……どこ……? 私のベッドじゃないわ……』
「当たり前だろ…トラックの中だよ腹減ってんだろ、なんか食うか?」
エマは、ぼんやりしていたが、身体にかかっていた俺のジャンバーを見て、ハッと目を見開いた。
『っ! な、なに勝手に上着なんてかけてるのよ! べ、別に寒くなんてなかったわよ!』
「だったら別にいいけどよエマ着替え持ってないよな?」
『着替えならシャルが持ってるはずよ!……今は持ってないわ!』
「しゃーねぇな俺の予備のツナギあるからそれに着替えろ」
『何故なんの為に着替えなきゃいけないのよ!』
「お前のドレスは大変目立つこっちが恥ずかしくって落ち着いて飯も食えない。素直に着替ろじゃないと飯食わさないぞ」
『わかったわよ!もう!』
窓のカーテンを閉めて周りから見えないことを確認するとエマへ予備のツナギを渡して着替えさせる。
赤いドレスはとりあえずビニール袋に入れ寝台へしまった。
少しするとエマが着替えを終わらせ助手席から降りてきたがその可笑しい姿に思わず笑ってしまう
エマが着るとブカブカな上に足元は真っ赤なヒールと言うツナギとの相性最悪の為俺のサンダルを貸してやりツナギ裾を捲ってやる。
「まぁ、飯食うぐらいなら大丈夫だろ」
少し不機嫌なエマを連れてドライブインの店内に入るとエマは見るもの全てに目を丸くしていた。
まず、自動ドアに驚いて「ひゃい!?」と跳ね上がり、明るい蛍光灯を見上げて「光の魔導具……?」と呟いている。
困惑して目が回っているエマを適当なテーブル席に座らせ、券売機で食券を買いあつあつの天ぷらうどんとオレンジジュースを受け取りテーブルに置いた。
『な……何ですのこの食べ物は? 麺が太くて、変な物が乗っていますわ奇抜すぎて無理ですわ…』
「うどんと天ぷらだよ、食わず嫌いしてねぇで食ってみろ」
割り箸を割って渡してやるが、持ち方が分からず苦戦している様子なので見かねてフォークとスプーンをもらってきてやると、エマは上品な手つきで恐る恐る麺を口に運んだ。
『…………!』
「どうだ?」
『!?……なかなかやるじゃない……! スープも、この黄金の衣も……うちの城の料理長でも作れないお味ですわ!』
さっきまでの態度はどこへやら、ハフハフと湯気を吹きながら夢中でうどんをすすっている。なんだかんだで、年相応の可愛げがあるじゃねぇか。
「なあ、エマ」
『ふぁい?(何かしら?)』
「昨日言ってた『サングランド帝国』だの『テレノーツ城』だのって話……マジなんだな?」
エマはフォークを止め、少し寂しそうな目でうどんの鉢を見つめた。
『……嘘をついてどうするのよ。お父様に勝手に決められた夜会が嫌で、お城の庭に抜け出したの。そうしたら……突然空間が歪んで、気がついたらあそこにいたわ』
「……それが本当なら馬鹿馬鹿しいけど記憶の混濁とかじゃなくて、タイムスリップと異世界とかのやつなのかな…」
自分なりに携帯で調べてみたがそれらしい場所や国は見つからなかったし…これじゃぁ警察に届けても「地図に乗ってない国から来ました」なんて信じてもらえるはずがない。
下手に保護されれば良くて精神病院で隔離行きか、下手に放り出せはこの顔立ちだ…下手したら誘拐とか犯罪に巻き込まれる危険性だってある。
『ねえ……私、お城には帰れないのかしら……』
今まで強がっていたエマの瞳に、うっすらと涙が浮かぶ。
「……おいおい、泣くなよ。」
煙草の箱をポケットから取り出しかけていたがエマの顔を見て手を止めハンカチで顔を拭いてやる。
「まあ、焦るな。世の中どうにかなるもんだ。とりあえず、行く場所が無いなら俺の家に来い」
『え……あなたの家に?』
「そうだ…俺はお前を信じる事にするが俺は今一人暮らしだし、部屋余ってるしお前の家が見つかるか、この国に慣れるまでは俺が面倒見てやるよ……変にお前に関わっちまっまたしなこのまま放り出すのも気が引けるしよ驚かせたお詫び兼、お前が言ってた私を助けれられるのは名誉!ってやつだよ」
エマはポカンと口を開けた後、フッと小さく微笑んだ。その笑顔は、朝焼けの光も霞むくらいに眩しかった。
『……ふん! 当たり前ですわ! この私と同居できるなんて、誉れと思いなさいね!』
ドライブインで飯を食べて出て、元気を取り戻したエマの小煩いおしゃべりを適当に流しながら市場へトラックを走らせる。
(……とはいえ、こいつ着替えも金もねぇんだよな。どうすんべ……)
帰り荷を積み込んでる間も思案したが結局同じ結論になった。
「……しゃあねぇ、姉貴に頼むか 」
俺の家から車で三十分ほどの距離に住む姉貴の携帯を呼び出した。
『……もしもし。こんな早朝から何なのよ、迷惑でしょ』
「悪いんだけどさ、ちょっと色々あって女の子用の服とか生活用品とか揃えて欲しいんだよお願いしていい?こないだ食べたいって言ってたヤツお土産に買ってくからさ」
眠たそうな姉貴の声に、俺は、その後…激しく追求されたが事情をかみ砕き――「道で迷子になってた外国の女の子を保護した」とだけ説明した。
『はぁ!? あんた何やってんのよ! …………まぁ話は分かったわ。今からウチに連れて来なさい。服だって、そんな派手なドレス一着じゃ目立って仕方ないでしょ』
「ありがとう」
持つべきものは、男勝りだが面倒見のいい姉貴である。
午前10時頃荷物を下ろす前に姉貴の家へ寄り話疲れてぽやほやしているエマを連れて玄関へ入った。出迎えた姉貴は、エマの顔を見るなり目を見開いた。
「ちょっと……信じられないくらい可愛い子じゃない! あんた、変なことしてないでしょうね!?」
「してねぇよ! ほらエマ、挨拶」
『あ、あの……エマと申しますわ。お世話になります……』
最初は、警戒して俺の背中に隠れていたエマだったが、姉貴が「まあまあ、寒かったでしょう温かいお茶でも飲みなさい」と優しく接すると、少しずつ緊張がほぐれていったようだった。
「この子、着替えも何も持ってないのね。私が近くのショッピングモールで適当に必要なもの買ってくるからあんたはさっさと仕事してきなさい!」
姉貴は、エマを手際よくツナギから姉貴のであろう綺麗な服に着替えさせ。
ショッピングモールへ買い物に出ていった。俺の財布を持って…
数時間後――俺は荷降ろしを終え姉貴が帰ってくるまでトラックの中で寝て待っていた。姉貴が帰ってきて叩き起され家に上がり袋の中を覗くと買って帰ってきたのは、大袋に入った日用品と白いニットとデニムのスカート、それに可愛らしいアウターだった。
「ほらエマちゃん、これ着てみなさい」
部屋で着替えて出てきたエマを見て、俺と姉貴は同時に息を呑んだ。
『な、何よ……変ですの? こんな動きやすい服、生まれて初めて着ましたわ……』
ドレス姿のときのお高くとまった雰囲気とは一転、どこにでもいる、だが目を引くほど可憐な今時の女の子に変身していた。少し照れくさそうに裾を掴む仕草が、やけに眩しい。
「うわぁ、やっぱり似合う! 良かったわねぇ、エマちゃん!」
「……おう、良いんじゃねぇか。元のドレスよりずっと似合ってるぞ」
『ふ、ふん! 当たり前ですわ! この私を着こなせているんですもの、服の方から喜んでおりますわ!』
口では強がりつつも、エマは鏡の前で何度もくるくると回って、嬉しそうに新しい服を確かめていた。




