二つの決意と運命の岐路
「さて……と、俺はそろそろ行くぞ。桜」
ティーカップに注がれたチェリーティーを数度空にし、ミルフィーユを綺麗にお腹の中に収めてしばらくして、真紅はそう立ち上がる。
「あれ?どこか行くの?」
特に用事があるとは聞いていなかった私はそう聞き返すと。
「長山を探してくる。 これから仕事の話なんだろう?俺がいても役には立てないからな」
真紅はそういうとご馳走様という言葉を残して談話室から出て行ってしまう。
「では、私もそろそろ屋敷の仕事がございますゆえ、何かございましたらアカネにお申し付けください」
そしてそれに続くかのように、石田もアカネを残して仕事に戻ってしまった。
「残ってくれても良かったのに」
「ふふ、寂しいのか? 初々しくていいねぇ」
「そういうわけじゃ……ないんだけど」
「どうしたんだ?浮かない顔して、悩み事でもあるのかい?」
悩み事、というほどではないが……しかし、ここから真紅にもれることは先ずないだろうし……。相談をしてみよう。
「最近、思うことがあって」
「浮気か?」
「違うよ……ただ、龍人君がよく言うの。真紅は変わったって」
「どう変わったんだ?」
「笑うようになったって……昔は全然笑わなくて、いつも悲しそうな表情をしていたって」
「そうだな、東京で初めてあったときもそんな表情だったぞ」
「そうなの……たまにね、真紅は急に悲しそうな表情をするときがあるんだ。 多分あの表情が、龍人君が言ってた表情で……私と出会う前の真紅なんだなって思うの」
「ほう、それで?」
下らない話であったけど、ギブソンは微笑みながら私の言葉を聴いて、次を促してくれる。だからだろう、私の思いを、つっかえていたものをこんなにも簡単に言葉に出来たのは。
「私は、真紅のこと何も知らないなって思って、でも……あの表情の先に真紅は何を見ているのかを知るのが怖いの」
「怖い……か、確かに、桜嬢の言うとおりその表情が見据えるのは過去だろう。それは不知火深紅が背負うものであり、下手に踏み込めば傷つけ傷つけられる結果になる……こともある。怖がるのは当然だ」
「うん……でも、怖いけど、知りたいって思うの……それでどうしたらいいのか誰かに相談しようと思ってて」
「なるほどねぇ。 確かに大切に思う人間のことを知りたいと思うのは当然のことだが、しかし、不知火真紅は今満たされている。その表情に目をつぶったとしても、君達の関係に支障をきたすこともないだろう……それではダメなのかい?」
「確かに、このまま目を瞑れば、いつかその表情も消えてなくなってしまうのかもしれない。真紅も私も幸せに笑っていられるのかもしれない……でも、彼が何か苦しんでいるなら、彼が悲しんでいるなら……それを共有したいの」
そう。悲しみも苦しみも……過去も未来も分かち合いたい。
一緒に生きると決めたから……彼の全てが欲しい。
「これって、わがままかな」
悪いことかもしれない、ただのわがままかも知れない。
だが。
「いいのではないか?」
ギブソンは優しく私の背中を押した。
「いいのかな」
「あぁ、あいつがまだ悲しそうな表情をするのは、きっと過去に負い目を感じているからだ。 あいつの呪いは、そう簡単にはあいつを解放してはくれないだろう……その過去に触れ、お前があいつの重荷の半分を背負ってやれ……そこには苦難も困難も待ち受けているだろうが、艱難辛苦乗り越えてこそ、共に歩む人生……てやつなんじゃないか?」
ゼペットは誇らしげにそう口元を緩めてそう私に語りかける。
彼の言うとおりだ。彼が少しでも苦しんでいるのなら、共に生きると決めたなら半分は一緒に背負うべきだ……。
そう考えると、私は自分の感情に自信が持てるような気がした。
「ふむ、考えはまとまったみたいだね」
「うん、ありがとうギブソン」
「なに、たいしたことはしていないさ。それに君の中では答えは決まってたみたいだし……背中を押してあげただけさ。さて……と、これで冬月上の悩みの種も消えたことだし、本格的に仕事の話に戻れるな」
「お待たせしてごめんなさい」
「気にしないでくれ、その分いいアイデアを期待している」
「任せて、じゃあまずは、プラントの設備を利用して発電施設を作る所からなんだけど……」
■
雪降りしきる雪月花の森の気温は氷点下30度を下回った。
生き物は眠りにつき、針葉樹は身を縮ませてふぶきに耐える。
そんな止まった世界を一人歩いている俺は、既におかしくなってしまったのだろう。
「冷えるな。ったく」
自分の行動に悪態をつきながらも、俺はまた森の中を進んでいく。
一歩 また一歩。
「長山」
ふと、後ろから声が響く。
「深紅」
振り返るとそこには相棒である深紅が立っており、呆れたような表情をしている。
「何をしてんだこんな所で、探したぞ」
「別に、ただ森の中を散歩していただけだって。たまには体を動かさないと、健康に悪いだろ?」
いつものように軽口を叩き、相棒の突込みを少しばかり期待するが、深紅
は少し気の毒そうな表情を作り、ため息を漏らす。
「カザミネをまだ探してるのか。もうあれから3日以上経ってる……もうここにはいない」
「ロシアの交通網での目撃情報はまだ出てない……まだ潜伏してる可能性はゼロじゃないだろ」
深紅の言葉に、俺はごまかしても仕方がないので反論をする。
「お前の監視体制をかいくぐったようなプロフェッショナルだ。 簡単に出国ぐらいはできるだろう」
「あぁ、そうだろうな」
「長山……お前はカザミネを許せないのか?」
そんなことはありえない。
「いいや、恨んでもいないし、裏切られたとも思わない」
「じゃあなぜ?」
「あいつの後ろにいるもんが何なのかを探らないと、きっとまた桜ちゃんに危険が及ぶ。そう判断したからカザミネを探している。 それだけだ」
「石田さんが総力を挙げてカザミネの背後を洗っている。 発見も時間の問題だ。それに、お前の言い分ではこの森の中をさまよっている理由にはならない」
深紅の言葉に俺は反論を詰まらせる。 当然だ、そもそも今まで言ったことは全て建前で、本当はこの徘徊には意味なんて無い。
「……お前は何を探している」
俺を心配する友の言葉に、俺は下らない自分の言葉を伝える。
「何となく……ただ何となくだが、何かを見落としているような気がするんだ。とっても小さくて、だけど重要な何かを、そしてそれはカザミネが握っている……そんな気がするんだ」
「なんだそれは、まったく意味が分からん」
「俺もわかんねーけど……ただ何となくそんな気がする。だからこうして森をふらついてんだ……しょうもないだろ?」
呆れられるか怒られるか……ため息かワンパンチのどちらかが飛んでくるか少し身構えながら俺の言葉を伝えると。
「そうか、お前がそう感じるなら、何かあるのかもしれないな」
意外にも深紅は肯定的な言葉をつなげてきた。
「え? いいのか?」
「なんだ? やっぱりカザミネに復讐したいだけなのか?」
「いや、そうじゃないけど……こんなあてずっぽうな勘を信じるのかよ?」
「まぁな。 お前の勘は良くあたる……だから好きなだけ探してみてくれ……何か大切なことを見逃しているなら、桜の身に危険が及ぶかもしれないし」
「そう……か」
「ただ」
「なんだ?」
「もう敵はいないんだ、無理はするなよ?」
「……あぁ」
相棒は俺の体を気遣うような言葉を述べた後きびすを返し。
「あぁそうだ。 本部に経過報告をするが、何かジューダスに伝えることはあるか?」
「このまま冬休みに入るって伝えてくれ」
「了解……じゃあな」
「おう」
深紅は片手を上げてひらひらと手を振りながら村のほうへと消えて行く。
「……さてっと……もう少しおくまで行って見るかな」
帰って行く相棒を見送った後、俺は一つ伸びをしてさらにおくまで、歩を進めるのであった。




