第二の父親
「任務内容……冬月桜の一ヶ月間の護衛と死亡確認」
一月前に渡された任務の内容を復唱し、俺は報告用の番号にコールをする。
本来であればこまめに敵の状況等を報告することが必要になってくる長期滞在任務であったが、相手の土俵かつこちらは極秘任務であったため、傍受を防ぐこともかねて
上官であるジューダスキアリーは任務終了まで連絡を取ることを禁止するという手法をとった。
それでも、護衛任務なのだから経過報告等は必要になってくるのではと感じていたが、
行動に制限が掛からなくなるという利点があったため、何も言わずに受け入れた。
まぁ、結果が桜を生かしてしまう……という任務失敗に終わったが、目的は遺産を桜に相続させること……大本の目的は達成したのだから、そんなに叱責はされない……はずだ。そもそも、生殺与奪の全権は俺に委ねられていたわけだし……。
一抹の不安を残しながらも、俺は本部へと報告を開始する。
「……」
独特なコール音が通信機越しに流れ。
【私だ】
一月ぶりに聞く上官の声が響く。
「俺だ……深紅だ」
【おぉ深紅か……長期任務、ご苦労であった……連絡を寄越したということは】
「あぁ、ミッションは終了した……」
短く、結果だけを報告する。 ジューダスも、予定調和といった様子で特に変わらないトーンでそうかと呟く。
【では、冬月桜は】
「……あーまぁ、そのことなんだが、少しばかり問題があってだな」
【なんだ?】
「色々あって、冬月桜の寿命が延びた……正確には余命一ヶ月の原因となっていたものが改善された」
【……なんと】
「ミッション内容の死亡確認だが……悪いが達成は難しそうだ」
【……そうか】
ジューダスは電話越しに何かを考えるようにうなる。
「桜が死んでいたほうが都合が良いことがあるのか?」
【いや、問題はない。 ただ、この任務の報酬は彼女の相続した遺産だ……冬月桜が生きているとなると、我等は寿命が延びた人間を丸裸にしてしまうことになると思ってな】
「あんたにしては随分と甘いことを考えてたんだな、意外だよ」
【お前は俺を何だと思ってる】
「冗談だ。 だが、その心配はないだろう。確かに遺産は莫大な金額だが、それがなくても桜は大手企業を両手足の指よりも多く経営している。 村の運営も、企業活動も変わりなく続けられるだろう。まぁ、世界三大富豪の肩書きは返上することになるだろうが、そんなもの桜が気にするわけでもない」
一応桜の了解を得た発現だったが、ジューダスは思う所があったらしく、電話越しから軽く小ばかにしたような笑いをこぼす。
「何か変なこと言ったか?」
【いやのぉ、随分と冬月桜のことを語るではないか……と思ってな】
「まぁな。この一ヶ月いろんなことがありすぎた」
【だろうのぉ、見なくても分かる。 そして随分と楽しそうじゃないか】
「あぁ、やっと肩の荷が下りたような気分だ……」
【ほう? 何かあったのか】
「まぁな、その話は帰ったらゆっくりとさせてもらう」
【そうか……それは残念だな。まぁいい、とりあえず冬月桜の死亡確認については先に述べたとおりだ、お前が報酬についての話をまとめておいてくれたのならば何も問題はない。ミッション達成だ】
「そうか、そいつは良かった」
【すぐに戻ってくるのだろう? 次の戦場はどこだ、手配するぞ】
ジューダスはもはや慣れたと言わんばかりに電話越しから次の派兵先をコンピューターで探す音が聞こえる。
しかし。
「いや、しばらくここで休暇を貰おうと思う」
俺はそこで、ジューダスに休暇を申し出た。
【なに? めずらしいな、それほど重症なのか?】
「重症ではあるが、理由はそうじゃない。 少しばかりこの村が気に入ったからな……少しばかりここに根を下ろしてもいいかなと思っただけだ」
【随分な肩の入れようだな……まさかとは思うが、冬月桜に】
「あぁ、すっかり惚れちまった」
一瞬、あっけに取られたジューダスの姿が目に浮かぶほど不自然な間が、電話の受話器の間の空間に広がる。
【あー……えーとだな深紅】
何か言葉を送らなければいけないのだが、何も言葉が見つからずにとりあえず名前を呼ぶ、長男から初めて初恋話を聞かされたときの父親。 見たことはないが想像する中で一番しっくり来る反応をジューダスは示し、俺はそれに苦笑を漏らす。
「安心してくれジューダス。 別に部隊を抜けるとかは言い出さないさ……俺の仕事はあくまで人を救うこと、ただ、守りたい人も出来た。それだけだ」
【そうか……。良かった、お前までどっかの誰かのように女と二人でどっかに行ってしまうかと思ったよ】
「ははは、それはアンタの本当の息子の話か?」
【そんなところだ】
ジューダスに息子がいたというのも驚きだが、これは帰ってからゆっくり聞こう。
「で、休暇の件だが。 許可は下りるか?」
【拒否をする権利は私にはないな。齢15の少年二人を、2年近く休みもなく戦場で働かせていたのだから。本当に感謝している】
「お偉いさんは俺たちに実権を握らされるのが怖かった……だから俺たちを隊長に任命して、戦場には俺たちだけを派遣するように命じた。あわよくば任務失敗で部隊を解体する……なんて腹積もりも合ったのだろうが」
【お前達が戦果を上げ続けてくれたおかげで、日本も秘密裏だが戦争ビジネスで儲けられるようになった。 要人暗殺に密偵。 傭兵や医療方面……国境も民族もなく、皆が我等調律師のビジネスに興味を示すようになった】
「アンタの意図する宣伝役になれたかどうかは分からないがな」
【十分だよ。 少なくともお前が依頼を幾度となくクリアしてきてくれたおかげで、我等は路頭に迷うことなくここまで来れたのだ……お前達には感謝しても仕切れない】
「……しかし、それなのに俺たちの休暇を許していいのか?」
【あぁ、これからは我等が働く番だ】
「何かいいことがあったみたいだな」
【そうだ。 今度我等調律師に出動命令が降りることとなった。 正式な戦闘行為ではないが、大きな舞台で各国要人を集め、我等の力を示す場を設けた】
「すごいじゃないか」
【そこで戦場での我等の影響力を売りつける……ここで成功をすれば世界は我等を必要とし、戦場に我等を欲するであろう】
「本当の意味で、国境のない兵士が世界に散らばる」
【そうなればもはや独立も夢物語ではなくなる……冬月家の遺産と共に、我等は戦争ビジネスとそのネットワークを確立する。我々を戦場は欲し、我々の存在が勝利の鍵となる】
「戦争に介入し、やがて独占をする」
【……仮身も人間も我等には遠く及ばない、その証明を行う。対大量破壊兵器専門部隊なんてものではない、世界のバランスを保つもの、 調律師として】
「調律師。 世界を、戦争を全ての乱れを調律する者たちか。 アンタの授業で教わったな」
【戦争をこの世界からなくすことはできない。 人への嫉妬、怒り、欲望……人という生き物はそのような負の感情から発展をしていく生き物だ。 進展を怠れば衰退は必至、我々が生物として生き残るには争いは不可欠となる。 競争をしてこそ、人間はこの世に存在していられるのだ。 だが、過ぎたるは及ばざるが如し。 人間はすぐにやりすぎる。 スポーツも、ゲームも、争いにもルールが存在しなければならない】
「俺たちがルールを作るのか?」
【いや、我々がルールとなる。 やがて兵士は我等調律師へと代わり、武器も、兵器も戦場も全てを我々が管理する】
「全てがPMCの戦場」
【非人道的行為にはペナルティを、民間人への攻撃は敗北を、与えられたルールの中で国は、部族は戦争を行う】
「戦争はゲームになる」
【そうだ……誰しも戦争を望むものばかりではない。 争いたくないものは争う必要はない……だが反面。 戦争でしか生きられないものもいるのだ】
「俺たちのようなはみ出し者や……戦争しか知らない子ども達」
【だからこそ、我等調律師は存在する。調律とは我々 はみ出し者さえも、統べることを意味するのだから】
ジューダスは一息つく。
自らが掲げてきた理想を、そして、それを本当に成し遂げようとしている。
本来ならばかなうはずのない夢。 世界の戦争を牛耳るということは、世界征服をすることとなんら代わりはない……。
ジューダスは、信じられないがこの世の神になろうとしているのだ。
だが、あながちそれは絵空事ではない。
世界第二の勢力を誇り、ジューダスに対立していたロシアの対大量破壊兵器専門部隊は壊滅した。
もとより、対大量破壊兵器専門部隊の存在を提唱し確立し、人材育成をしたのはジューダス キアリー カルロス ヴァーチャー ジルダ アーミカの三人だ。
この三人が声をかければ、調律師へと戻ってくる人間は殆どだろう。
いや、ここまで話しているのだ、既に手筈は整っているのかもしれない。
そうなれば、調律師の力を誇示した後に全国の元部下達を招集…… 調律師の存在を公開すれば、買いに走るものは多いだろう。
俺をこの場所に派遣してジェルバニスたちと交戦させたのも……やはりこいつの掌の上か。 金が目的ではなく、あくまで敵対勢力の暗殺が目的だったか。
公に殺すのでは国際問題にもなるが、己の身分を秘匿して雪月花村に来た奴らを殺せば、不運な事故死で片付けられる。
あとは何を聞かれても知らぬぞんぜぬを通せばいい……なぜなら、痕跡は全てジェルバニスたちが綺麗に消してくれているのだから。
【さて、長話になったな深紅】
「構わない。 忙しいんだろ? 相変わらず」
【まぁな。 ここからしばらく先ほど説明した作戦の準備に手をとられることになる。
そのプロジェクトが完成すれば、後はこの薄暗い地下から地上に出るための仕事に追われることになるだろう。 そうなれば子どもの出る幕ではない……そうだのぉ、大体4年くらいは調律師として本格的に活動する期間は訪れないだろう。 一年は休暇を取り、その後3年は年齢の通り学校に通ってみるのもいいかも知れんぞ。 戦場に狂ったように入り浸る理由も口実も、しばらくは消えるのだから】
「冗談はよせ、あんたの所の部隊での教育で俺と長山は既に大学院卒業済みレベルの知識は有している。 いまさら学校に言った所で時間の無駄だろう」
冗談に苦笑を俺は漏らし、ジューダスは確かになと自嘲をする。
【まぁ、連絡はこまめに取るのだろう?】
「あぁ、そのつもりだ。 仕事はしないが、そっちに顔を何度か出すかもしれないな」
【そうか。 しっかりと休養を取るといい。 どこか海外にでも出かけたらどうだ? 石田の奴の話によると、冬月 桜は森の外から出たことがあまりないのだろう?】
「桜は仕事が忙しい、ひと段落ついたら考えても見るが、冬月家当主を継いだばかりだ、少なくとも一月は動くことはできない」
【……そうか。 それは残念だ】
「何でアンタが残念がるんだ?」
【いやなに、せっかく死の運命から解放されたというのに、仕事に追われるとはなと可哀想に思ってな】
「ははは、思うところがあるのか」
【あぁ、無能な上司の下で働かされ続けると特にな】
「くくっ、あと少しの辛抱だ。 じゃあな、ジューダス」
【あぁ、休暇等の指示文書はまぁ適当に作って石田の元に送ってやる】
「助かる。 じゃあ、またな」
【おう、達者でな】
そういうと、ジューダスは電話を切った。
奴の夢がどうなるかは、俺にも想像は出来ないが、
子どものように夢を語る声はどこか幼くて楽しそうだった。
今までの厳しい姿からは想像もつかない第二の父親のもう一つの顔に、俺は少しだけ口元を緩ませ、同時にうらやましくも思える。
俺も何か、昔忘れてしまっていた夢でも追いかけてみようか……。
そんなことを思いたち、気がついたら昔のことを思い出すためか、ミコトのいる居酒屋の方向へと冬月の城をでて歩を進めていた。




