↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

今生きていて、笑えている幸せ

「お帰りなさいませ、桜様、深紅様」


 家に到着するとそこにはいつもどおり、出発のときと寸分変わらぬ位置と姿勢で私と深紅を出迎える執事、石田扇弦の姿があった。


「ただいま、何か変わったことは?」


「何もございません、町も森も、いたっていつもどおりでございます。 ところで、本日は随分と襲いお帰りでしたね?」


「少しやることが出来てね」


「ほほぉ、それは是非お話を伺いたいところですが」


「悪いが二人だけの秘密だ」


「ほほ、それは残念です」


 石田はそう笑うと、ゆっくりと冬月家の門を閉じる。


重さとしまったときに響く音の大きさだけは立派な扉がしまると、とたんに全身が温かさに包まれ、体が冷えていることにやっと気がつく。


 「外は随分と冷えてたみたいね」


 「冬も一番寒い時期が近づいていますからねぇ、何か暖かいものでも入れましょうか?」 


 「そうね、たまにはみんなでお茶会でもしよう」

 

 「せっかくお茶菓子も買ってきたしな」


 真紅はそういうと、お茶菓子を石田さんに渡す。


 「おやおや、これはわざわざありがとうございます。では急いで用意を……」


 「急ぐ必要はなさそうだぞ?」


 真紅はそういうと、石田の後ろを指差すと、そこには既にお茶会用のセットを載せたワゴンを用意して控えているアカネがいた。小首をかしげて石田に採点を求めている。

 

 ティーポットから湯気が立ち上っている所を見ると、既に茶葉は蒸らしてあるらしく、これならば思ったよりも早く体を温めることが出来そうだ。


 「これは石田さんもうかうかしてられないな」


 「ははは、私はもう隠居ですよ……。 では、お茶菓子を取り分けてまいります。いつもより早く紅茶をお届けできると思いますので、先に談話室で待っていていただけますか?」

 

「分かった……」


 「じゃ、期待してるからね、アカネ」


 私の言葉にコクリとアカネは小さくうなずくと、石田と共にワゴンを押して厨房に消えていく。


 「さて、じゃあ石田さんに言われたとおり、先に行って待っていよう」


 「うん」


 それに続くように、私と真紅は談話室へと向かう。


 「しかしアカネは未だに仮面を外す気配はないが……なんでなんだ?」


 「さあね、お父さんがまた何かやったんじゃないかな?」

 

 常に仮面をかぶり続けているメイド、アカネ。 仕事熱心であるし、無口ではあるが積極的にコミュニケーションを図ろうとしてくるため、咎めることも改善を要求することもないが、それでも最近彼女の様子を見ていると、仮面を外さないのもしゃべらないのも誰かに命令されてのことに見える。

 

 当然作成したのはお父さんのため、命令であるならばもはやアカネが仮面を外すことは二度とないのであろうが……もしそうだとしたら現当主として父の命令を解除してあげるべきなのか少し考えどころでもある。

 

 「しゃべらないから本人の意思がどちらにあるのか分からないんだよねぇ……かといって命令するのもなんか違う気がするし」

 

 無理して彼女の忠誠心を傷つけるくらいなら、あまり問題もないためこのままでいいような気もしてきてしまい、私は軽いため息をつく。


 「まぁ、アカネを見ていると随分と楽しそうではあるし、もう少し様子を見るのもいいかも知れないな、桜も体が本調子であるわけでもないし、時間はたっぷりあるんだ……ゆっくり一つ一つ消化していけばいいだろ」

 

「そうだね」


 真紅の言葉に私はうなずく。どうしても今までの癖で、物事を早く早く解決しなければいけないと考えてしまうが、今の私にはたくさんの時間が残されている……こういった難しい問題はゆっくりとゆっくりと考えて時間をかけて答えを出すことが許されるのだ。


 そう考えると、こういった悩みでさえも幸福に感じてしまう。


 「そういえば、長山の奴は……」

 

 真紅が何か言おうと口を開きながら、談話室のドアを開けると。


 「おお、やっと帰ってきたのか」


 オレンジ色のライトに照らされた入り口正面の談話室のバーのカウンター。 


そんなマスター不在のカウンターには、一人の男がウイスキーのロックとしゃれ込んでおり、私達に気がつくと振り返り、笑みをこぼしながらそんな挨拶を交わしてくる。


 そこにいたのは、言うまでもない。 人形氏、ジスバルク・ゼペットであった。


「ゼペット……なぜここに?」


「おっと、今日はギブソンプライムだ、仕事の話だからね」


 人形師、ジスバルクゼペットは、超有名ブランド ブケファラスカンパニーのオーナーという表の顔を持つ人間であり、表では企業家として、裏では世界に反逆するテロリストとして表と裏を使い分けながら生活をしている。

 

そのため、仕事の話をするときはギブソンとして、戦うときなどはゼペットとして性格を入れ替える癖があるそうだ。


 それは珍しい癖であるが、それよりも私が気になったのは。


「仕事の話はいいけどギブソン……貴方が来たときに石田は何をしていたのかしら」


 執事である石田扇弦がそのことについて渡しに一切の報告をしなかったことだ。


 冬月家の執事でありながら、客人の訪問を告げることもせずに待たせるなんて……。


「勿論丁寧におもてなしをされたよ。だけど、私がここに来ていることを君達に頼まないように私のほうから石田さんにお願いをしたんだ」


「なぜ?」


「邪魔しちゃ悪いからね」


「お気遣いどーも」


 真紅はそう顔を赤らめながらふてくされるように礼をいい、ゼペットをはさむように二人でバーに腰掛ける。


 「そういえば、謝鈴さんは?」


 いつもならそばに秘書であり右腕である謝鈴さんを連れているはずなのに、今日は姿を見せていない。


 「あいつなら今ネット回線が繋がる隣町で仕事をしているよ」


 「仕事? 」


 真紅が疑問符を浮かべながらその言葉を反芻すると、ギブソンは少し困ったような苦笑いを見せた後。


「流石に一ヶ月間社長不在の状態が続くと仕事に支障が出たみたいでね、ゴートシティにある本社から問い合わせが殺到してるのさ……だけど俺にとってこの雪月花村に国を作るという一大プロジェクトもあるので、対応のほうは謝鈴に全部置いてきた」


「鬼かアンタ」


苦労性の謝鈴さんの現在を悟ってか、真紅は町のほうに向かって合唱をする。


「アンタのほうこそ、謝鈴にもう少し気を使ってやったらどうだ……」


「なに、私だって遊びに来ているわけじゃない……なんたって置いてきた仕事よりもはるかに難しいプロジェクトに挑むのだからな」


「そうねぇ」


そう。 一概に町を起こすだけならば、ゼペットや私の財力を持ってすればたやすい。


しかし、それの相手が国であり、また本人も世界に喧嘩を売った男。


つまり、その集落は国でありながら世界から上手く隠れられなければならない。


それでいてエネルギーやガス、水道設備などなどが国として整備されていることも条件になってくる。 


 しかし、世界も馬鹿ではない。こんな森の奥に、しかも今まで無人であった場所に、いきなり人の生活する痕跡が現れたらどうなるだろう。


 エネルギーだってそうだ、いきなり村一つ分の石油や天然ガスが、こんな森の奥深くに運び込まれているなんて、だれがどう考えてもそこに何かがあることは明白であり、運輸のルートによってその国の場所も簡単に割り出せてしまうだろう。


そうなるとつまり、ゼペットが作ろうとしている国とは、外の世界に頼らず

完全にその殆どをあの小さな廃村の中で完結していることが重要となってくるということ。


「確かにそれは、難題だね。解決するのに時間がかかりそう」


「そうなんだ……私もあんまりここに長く滞在し続けるのは難しい。もって後一月が限界だろう」


「……それまでに、どうすれば貴方の国が平和にひっそりと隠れて過ごすこ

とが出来るようになるかをある程度固めておかないといけないよね」


「そうだ」


「発電やエネルギー設備なら、お父さんのプラントを流用すれば大丈夫かもしれないけど……水道設備に関しては、あの付近には川がないし、何より冬が長いこの土地で輸出入に頼らないでどうやって自給自足をするかが一番の課題であって……」


 本格的な仕事の話に熱が入り始め、視線の先にいる真紅が退屈そうに頬杖をついたそんな頃合に、談話室の扉を叩く乾いた音が響く。


「いいよ」


「お待たせいたしました、ギブソン様、桜様。紅茶をお持ちいたしました」


 わざわざノックなんてする必要もないのに、律儀に許可を待って扉を開けて、私達に一礼をした後、石田はカウンターではなく談話室の対話用のテーブルの上に手に持っていた


テーブルクロスをかけて、お茶会の場を用意し始め、その後に続いてお茶会セットが用意されたワゴンを押しながらアカネがひょこひょこと効果音が流れそうな足取りで入室をしてくる。


 「ほう、珍しいものを使えさせているんだな、桜嬢」


 仮面姿の少女が珍しいのか、それともアカネ自身に何か特別なものが存在しているのか分からないが、ギブソンは興味深そうにアカネを凝視しながら顎鬚をさする。


 いや、興味深そうというよりも……この顔はもの欲しそうな顔だ。


「あげないからね」


「それは残念」


 ギブソンは残念そうな表情を作り、私は数少ない我が家の従業員のヘッドハンティングの危機を回避したことに胸をなでおろす。


 「さて、ご用意が出来ましたので、どうぞ皆様こちらに」

 

 そんなこんなをしている内に、あっという間に何もなかった殺風景な談話用テーブルはすっかりお茶会会場になってしまっており、私達は綺麗に切り分けられたケーキと紅茶のティーカップが並ぶソファに腰をかける。


「紅茶なんてものには縁がなかったが……随分といい香りがするんだなこの香りはサクランボか?」


「えぇ、チェリーティーをご用意させていただきました……お若い方が多いので、こういう香りを楽しむほうが良いかとアカネが申しましてね。今回桜様にご用意いただいたミルフィーユはすこし甘さが強いお菓子でございましたので、酸味の利いたものが合うと判断したので、OKを出しました」


 石田はにこやかにそう笑いながら説明をし、紅茶をカップに注いでいく。


 紅茶の注がれたカップからは湯気が立ち上り、チェリーの甘酸っぱい香りが私の鼻をくすぐる。


「では、いただきましょうか」


 その香りに耐え兼ねて……というわけでもないが、私は紅茶のカップを手にとって、ティータイムの開始を告げる。


 それに異論を唱えるものは誰一人としておらず、ここに冬月家初のティータイムが始まるのであった。


 「おいし~」


 雪月花村の洋菓子店で買ってきたミルフィーユを口に運び、私は口いっぱいに広がる幸せな食感と味に頬を押さえて顔をほころばせる。


 一週間近く味覚がなかったために、甘いものに私はとことん幸せを感じるようになってしまっていた。当然、幸せなことなので放置であるが。

 

 「おいおい、そんなに急いで食べなくても」


 「真紅には甘いものをほおばる幸せが分からないのかな!?」


 「分からん」


 「そんな!?女の敵!」


 「なぜそうなる」


 「それはな深紅、女にとって甘いものは正義なんだよ」


 「随分と軽い正義だな」


 「ホイップクリームだけに」


 「上手くない、上手くないからな全然。というかなぜ男のギブソンが乙女心を語れる」


 「やれやれ、これだから朴念仁は」


 「お前にだけは言われたくない、絶対にだ」


 「とりあえず、甘いものを愛するのは女の子の義務なの、義務だから仕方なくほおばるんだよ」


 「桜様はなんでもほおばるでしょうに、怪獣みたいに」


 「桜は怪獣じゃないーー!」


 私と石田のやり取りに、不意にギブソンと真紅から笑い声が上がる。


 いつもどおりの談笑。 いつもと変わらない穏やかな時間。


深紅も私も石田もアカネも……みんな幸せそうに笑ってる。


当たり前のことを当たり前のように続けていられる現状。


 あぁ、幸せ。


 私はふとそんなことを思い、改めて生きていることをかみ締めるのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。