新しい人生と大切な人の悲しそうな表情の理由
12月30日
「冷えるねぇ」
見渡す限り一面の銀世界、道も建物も人々の吐息でさえも銀色に染まった町の景色を楽しみながら、私は隣を歩く少年にそう話しかける。
彼は一度そうだなと呟くと、続けて私を心配するように大丈夫か?と私に問いかけてくる。
私はそれに心配ないよと告げて、引き続き彼との散歩を続ける。
ここは雪降りしきる雪月花村。 永久凍土の世界に覆われたこの村は、人口1000人未満の小さな日本人街。 ロシアにありながら、ロシアから追放された人間達が集まって作り上げたこの町は、雪と森に囲まれながらいつもと変わらずくるりくるりと回っている。
つい先日までの喧騒はまるで嘘のように、町は静かでのどかなもので、私は先日の疲れを吹き飛ばすように、大きく伸びをして深呼吸をする。
冷たい空気が肺に入り、思っていたよりも体が火照っていたことに少し驚きを覚える。これは運動をしたからなのか、はたまた彼が隣にいるからなのか……。そんなどうでもいい疑問を抱きながら、隣の彼を横目で見やる。
ぼさぼさの癖っ毛に、しかめっ面。赤いラインの入った黒コートに身を包んだ彼は、私の視線に気がつくと、困ったような表情をして、やっぱり寒いのか?と心配をしてくれる。
「大丈夫だよ真紅、ただ君の事を見つめてただけだから」
「それならいいが、俺の顔を見つめてて楽しいのか?」
「楽しいというよりも、なんだか幸せかな?」
「……そうか」
真紅は短くそう呟くと、顔を耳まで赤くして眉間のしわをさらに増やす。
これでも彼は喜んでいる。私も最近気付いたのだが、彼は褒められ慣れていないせいか、こうして褒められると気恥ずかしさに、顔がこわばって怒っているような表情を作ってしまうのだ。
喜び方まで不器用なのはなんとも彼らしく、私は少し苦笑を漏らしながらも、喜んでもらえたことに満足する。
「……あ」
網目状の町を抜けたところで、私と真紅は雪月花村入り口近くの広場に出る。
いつもならば子どもの遊び場として活用されているこの公園は、今では雪月花村の狩人たちの狩猟際の会場として使われており、来週に控えた狩猟際を前に、子どもの代わりに大人達が祭りのために用意された祠を中心に、御みこしや屋台などを真剣な表情で作成している。
私が声を漏らしたのは、一人の騒がしい友人を思い出したからだ。
「……本当だったら、カザミネもあそこにいたんだよね」
「……そうだな。あの馬鹿、今はどこで何をしてるのやら」
カザミネが裏切り者であったことは、あの後すぐに真紅たちから聞いた。
どこかの国のスパイであったことや、ファントムになったお父さんをサポートして私を殺そうとしていたという話を聞いたときは、当然ショックだったが……私はそれに怒りを感じることは出来なかった。
むしろ、心配してしまう。
「任務失敗で帰って……カザミネ大丈夫かな」
「どうだろうな……下手をしたら仕事をくびになって路頭に迷うかもしれないな」
「……お腹とかすいてないかな」
「まぁ、本当に困ったら戻ってくるだろう……その時は何も気にせずに迎え入れてやればいい、心配させた罰として桜の料理フルコースくらいで許してやろう」
どうやら真紅も同じ考えのようで、そんなことを私に提案してくる。
「うん、そうだね……て、なんで私の料理が罰ゲームみたいな扱いになっているのかな?」
「罰ゲームというより拷問だろう、カザミネがどんな表情をするのか今から楽しみだ」
「ひっどーい!私を何だと思ってるのかな真紅は!」
「ははは、悪い悪い……冗談だよ、多分」
「多分ってなによぉ!」
そうやって真紅は私をからかいながらカラカラと笑う。
思えば、私の誕生日以降、彼はこうやって笑うことが増えてきた。
作り笑いでも苦笑いでもなく、本当に心から幸せそうな笑顔。
龍人君に聞いた話だと、彼は数年前から一切笑わなくなってしまったらしく、彼が笑っている所を見たのは久しぶりだと呟いて、私にお礼を言った。
そのときの龍人君の表情はとても嬉しそうで、真紅が今までどれだけ毎日辛そうな表情をしていたのかというのが伺えた。
始めて出合った時の、悲しそうな表情。 きっと今ここで笑っている彼は、みんなが知る不知火 深紅ではないのだろう……。
私はそのときの彼を知らないし、 なぜ彼が笑わなくなってしまったのかも分からない。
「もう、酷いよ真紅」
「悪い悪い」
広場を抜けて、私達は目的地であった雪月花の森に到着する。
森の中は木々に邪魔をされて雪の量が少なくなっており、同時に少し薄暗く、物音一つしない。
ここを一周して、雪月花の森に帰る。これが真紅と決めた、私のリハビリである。
体の停止をゼペットの手術により免れた私であったが、失った機能や臓器を全て移植をした所為か、私は少しばかり自分の体に違和感と動かしにくさを感じていた。
ゼペット曰く、しばらくリハビリとして散歩でもしていればじきに直るとのことなので、私は真紅と相談した結果、真紅と二人で毎日森まで散歩をすることに決めたのだ。
そのおかげか、まだ3日目ではあるが早くも四肢の感覚はなじんできつつあり、まだ体の中に少し違和感を感じてはいるものの、この分であればあと一週間もしないうちに違和感は完全に消えうせるだろうと感じていた。
あと一週間で、私は全てを取り戻し、新しい人生が始まるのだ。
「なんだか新鮮だなぁ」
「何がだ?」
「15歳の誕生日から、生まれ変わったみたい」
15歳の誕生日に自分の命が終わると知っていたときには、こうしてのんびりと呑気に散歩をするなんてことは考えられなかった。一分でも一秒でも時間を無駄にしたくないと、焦っていたのだと、こうして時間を与えられて初めて気がつく。
「新しい人生は楽しみか?」
「勿論だよ。リハビリが終わったら、本格的に私の人生が幕を開けるんだから」
「そうだな、ここから先には冬月一心の筋書きはない。これからはお前が人生を綴るんだ」
「君と一緒にね」
「……微力ながら、尽力させてもらおうか」
不意打ちに真紅は顔をまた赤らめて、ぼそぼそと肯定してくれる。
これから、想像以上に長い長い道のりが待っているのだろう。
だけど、真紅は私に第二の人生をくれた。そんなすごいことが出来る彼がずっと一緒にいてくれるのだ。未来にどんなことがあっても案ずることなんて何もない。
そう考えると、想像も出来ないほど未定でいっぱいの手探りの未来だけれども、そこにあるのは暗闇でも霧でもなく光いっぱいの希望しかない。
「……あれ?」
「どうした?」
でも……。一つだけ、一つだけ私の胸に引っかかるものがある。
「あそこ……鳥が」
指差した先にあるのは、一羽のふくろうの死体。狐にやられたわけでもなく、目だった外傷もないふくろうは、ただただ眠るように、雪の上で息絶えていた。
そのふくろうに何があったのか……私達に知るすべはない。
「……可哀想に、せめて埋めてあげよう、あっちでは寒くないように」
「うん」
ふと、そう呟いた真紅の表情を見ると……そこにあるのは悲しそうな表情。
彼は時々今みたいな悲しそうな表情をする。
何を思っているのか?何かを思い出しているのか?私には分からない。
私に出会う前、不知火深紅は人を救い続ける正義の味方であった。
救えるはずのない命を救い、戦争を止め、多くの命を救い続けた。そして、そのために多くの人を殺した。
救った数に比べれば、とても少ない死。けれども彼は、その死を全て背負っていた。
優しい彼にとって、自分が殺した人間も救いたかった人に違いはないから。彼は苦しみながらも、止まることなく人を救い続けた。
でも、私が奪ってしまった。
彼は私を守るために、悪に堕ちた。正義を捨て、私と共に在ることを選んでくれた。
この表情が、正義を捨てたことに対する罪悪感なのか……それとも、後悔をしているのか、私には分からない。
どうして、彼は苦しみながらも正義にこだわったのか……昔の彼に何があったのか。
そしてどうして、そんな大切なものを捨ててまで……私を選んでくれたのか。
私はまだ、彼のことを何も知らない。
だから私の新しい人生は、彼のことを知ることから始めようと思うのだ
「……できた」
ふくろうのお墓に満足げに真紅は一度うなずき、手を合わせてふくろうの冥福を祈る。
私はそんな真紅を横目で見ながら、少し遅れて手を合わせる。
「……よし、もういい時間散歩もしたし、帰るか」
「そうだね、石田の紅茶でも飲んであったまろう」
「それはいい提案だ。そうだ、村によって何かお茶菓子でも買っていこうか」
「賛成~!」
私達はお墓に背を向けて、来た道を引き返す。
とりあえず新しい目標は胸にしまっておき、今は彼との会話を楽しみながら、帰り道のお菓子屋さんに思いをはせるのであった。
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