全ての沈黙
状況は最悪であり、現実は非情である。
テロリストを制圧するために侵入したつもりが、突如現れた化け物によりチームは半壊。
隊長は怪我を負い、残されたのは唯一の汚点とまで言われた自分のみ。
どう楽観視をしたとしても笑顔を作るのは到底無理そうである。
「隊長、大丈夫ですか?」
「あぁ、もんだいねぇよ」
敵の追撃を警戒しながら、俺は隊長の怪我の応急手当を行う。
右肩の肩甲骨が見事に割れており、肩は上がらない状態。
隊長の装備はショットガンのため、到底扱えるわけがない。
「ちっ、装備が弱すぎる」
貫かれた肩を見て隊長はそう愚痴をこぼす。
最新鋭の特殊合金によるプロテクターではあるが、ああも簡単に刃物により両断をされればそんな感想を抱いたとしても仕方がない。
「しかし……どうすれば……あの化け物がテロリスト側に2体いたら終わりですよ」
あたりを見回しながら、デスクから外を覗き込む。
どうやら敵も重症らしく、遠くのほうでガチャガチャと音が聞こえてくる。
まだ見つかってはいないようだ。
「それはないだろう。 これだけの爆発音がした後に、あの化け物だけしかこのあたりをうろついていないということは、援軍の心配は必要ないだろう。あれだけの戦力だ、敵も温存しておきたいはずだ……だというのに、あれだけ重症を追ったというのにまだ野放しにして戦闘行為を続行させているということは、あの化け物は敵の管理化に置かれていない、つまりあの化け物を過信して重症を与えることなど出来ないと考えているからこそ化け物の情報が上の連中まで行くようになっていない野放し状態になっているか……もしくは敵がいくらでも保有している消耗品であるという二つの可能性が考えられるが、後者は考えにくい。 何しろ俺たちをものの数十分で半壊させたんだ……あんなのが戦場に出回っていたら、兵士なんてものはこの世から姿を消している」
くそ、と悪態をつきながらも隊長はそう冷静に敵を分析し、マガジンの数を確認する。
「装甲の内側なら銃器でもダメージを与えられそうだが……」
「近づく前にばらばらにされますよ」
「だろうな」
ため息混じりに隊長はそうつぶやく。
この狭い空間で、銃器は不利であり、気配を消して天上さえにも張り付くことが出来るあの化け物と対峙するには、この暗闇は暗殺にはもってこいである。
まぁ敵方もそれを見越してこうやって回りくどく窓を一つ一つ黒く塗りつぶしているのだろうが。
「どうせならこの部屋の窓ガラスを全部ぶち破ってやるか」
「どうやって? 銃を放った所で敵に気付かれてお陀仏ですよ……」
能力も、暗闇での戦闘も、移動範囲も相手が圧倒的に俺たちより上回る。
となるとこちらに残された勝利条件はただ一つ。
敵に気付かれず不意打ちにより一撃で倒す。
これに限られてしまう。
「はぁ、飛車角落ちで将棋やってる気分だ」
「……えぇ、遺言を書いて来るべきでした」
いずれあの化け物もこちらに気付くだろう。
タイムリミットはあまり残されてはおらず、いくら考えたとしてもよい案が浮かぶ気配はない。
残された選択肢は時間と共に狭まっていく。
どうにかして、奴を一撃で葬り去る方法は……。
「あっ」
不意に隊長は何かを思いついたようにそう言葉を漏らす。
「何か名案でも?」
「あぁ、飛び切りの一撃を思いついたぜ」
そういうと隊長はこちらを向いてとても意地の悪い笑みを作る。
隊長がこんな笑顔を作るときは、大抵とんでもないことを思いついた後だというに決まっている。
俺はそんなことを思いながらも、その作戦に首を縦に振ることしか出来ないのであった。
◇
暗闇の中、徘徊者は敵を探して闇をさ迷い歩く。
始め獲物だと飛び掛った敵は、気がつけば己の首をそぎ落とすまでの牙をみせ、今なお己を滅ぼそうと画策している。
殺したい。 殺したい。
心の中で声がする。 その衝動は生れ落ちた瞬間から、作られこの台地に脚をつけた瞬間から湧き上がる第一衝動であり、それをするために自らは考え、最適解を導き出した上でそれを実行する。
敵はどこかに潜んでいる。 敵はどこかで己を打ち滅ぼさんと虎視眈々と狙いを定めている。
メインカメラを破壊された己ではみつけることはもう難しく、恐らく最初の一手は敵に譲ることになるだろう。
だがしかし、まだ体の機能は90パーセント生きている。
自動小銃や散弾銃程度であれば最初の一手を受けたとしても二手目を繰り出す前に殺害を実行することが出来る。
だからこそ己は、それに供えて刃を振り下ろす準備のみをしていればいい。
そう、全身系の感覚を研ぎ澄ませている……と。
「カンッ」
不意に甲高い音が響き渡り、足元に何かが転がり落ちる。
これは……。
手榴弾!
しかも一つではなく、二つ三つと次々に足元へと投げ込まれてくる。
逃げる間はない……防御耐性をすぐさまにとる。
生身がむき出しになっている首元を焼かれてはダメージが入ってしまう。
首元を刃物で守りながら、己は爆風に備える。
同時にあたりは炎と衝撃に包まれる。
部屋内に爆風が広がり、あたりの机や椅子が一斉に吹き飛び窓ガラスが大破する。
割れたガラスからは光が差し込み、暗闇が消え跡形もなく爆風で吹き飛ばされたオフィス内が映し出されている。
「が……か」
標的補足。
メインカメラの損失により反応が遅れたが手榴弾の投げ込まれた位置を推測し、敵の場所を計算する。
場所は隣の部屋……。
威力の見込める手榴弾を投げ込むのは悪くない考えだが、そのようなものが通じるようにはあいにく出来てはいない。
己はそのまま敵へと進み、敵を殺害する。
「っちくしょう!?」
愚かで哀れな獲物は捕食者の前に惨めな声を晒し、持っていた銃を己へと放つが、それを全て腕で防ぐ。
全てを封じた、これでもう敵の行動は全て……後はゆっくりとこの衝動のままに敵を穿てば……。
いやまて。
敵は二人いたはず。
もう一人は……どこに……。
「っだああああああああああああああ!!」
頭上!?
一体どこに……。
メインよりも数段遅く動くサブカメラを動かし頭上を見ると、ダクトのふたが開いている……。
そうか、あの手榴弾は己への攻撃ではなく……ここに隠れる音を消すためのブラフ……。
意趣返しか、頭上から男が降ってきて己の首元に何かを差し込む。
これは……銃口!?
しかもこの形は……。
「二人の仇だああああああ!」
ショットガン!?
引き金が引かれ、体内に無数の弾が文字通り炸裂し、はぜる。
体の中をかき混ぜられる感触と異物の混入に体はふらつき、体がのけぞるが、それに追い討ちをかけるように引き金が引かれ続ける。
二度、三度……気がつけば己の殺人衝動はすでに消えうせており、
体はとうとう動かなくなった。
◇
「はぁ……はぁ……はぁ……」
心臓の鼓動が早鐘を打ち、まだ収まりそうにない。
「やったな……池」
苦笑交じりに隊長はそういい、片腕で化け物に刺さった散弾銃を引き抜く
「えぇ……これでまだ任務が終了じゃないって言うのが信じられないですよ。
「まぁそういうな……後もう一踏ん張りだ」
隊長は笑い、銃を構えて立ち上がり、上階へと続く階段を登る。
そういえば突入開始から突入部隊の連絡が一切来ていない。
この作戦は当初は下と上からの挟撃によりテロリストを制圧する……というものであったはずなのに、こちらも手一杯だったとはいえ、あちら側も連絡を寄越さないというのはいささか違和感がある……。
階段を登りながら不安が募る。
違和感。
感じるのは違和感一つ。
何かがかみ合わない……何かがおかしい。
この建物に入ってから、いやこの作戦を聞いてから……その違和感は強くなるも、意識の外側に置かれたままである。
何が、なぜ……自分はこんなにも疑問を抱いているのだろう。
階段をのぼりきり、目の前に目的の部屋が現れる。
社長室と書かれた大きな木製の扉……描かれているのは天使と悪魔の文様であり、天使が下界に悪魔を放つという恐ろしい絵がかかれている。
趣味が悪い。
「お前が先導しろ、池 援護する」
「了解」
壁を背にして扉の横に立ち、隊長がその後ろに付く、
そして隊長の手が肩に触れる……突入の合図だ。
扉を蹴破り、中へと突入する。
「動く……な!?」
目の前には無残に転がる死体の山。
そして目の前に立つ一匹の化け物の姿。
「あっ……」
先ほど倒した化け物と同じ姿同じ音同じ武器を持ち、その化け物は新しい玩具に歓喜の表情を向けている。
マスク越しからでも分かる。 あれは殺せるのが幸せでしょうがないという表情だ。
「ああぁ」
勝てるわけがない……勝てるわけがないのだ。
逃げなければ。
闘争本能がそう叫び、後ろにいる隊長に哀願する。
「隊長!? 逃げっ」
瞬間、背後から銃声が響き、体が熱くなる。
「え?」
「いいか、俺たちはテロリストとここで死闘を繰り広げたんだ」
「……はっ?」
言っている意味が分からない。 熱い胸に触れると、赤いものがたくさん出ていた。
……俺は撃たれたのだ。 隊長に。
四肢がなえ、その場に力なく倒れ付す。
どうして気がつかなかったのだろうか。
隊長ははじめから、突入部隊が全滅していることを前提で話を進めていた。
最初から、突入部隊がみんな死ぬことを知っていたみたいに……。
あぁ……そう、か。
全てに気がついた時にはもう遅い。 俺たちはまんまと、このテロリストの思惑通りに動いて、目的を達成させてしまったらしい。
「隊長……なん……で」
薄れていく意識の中で、最後まで情けないが、そんな言葉しか出なかった。
◇
「……池、谷、比留間……許せ」
倒れた仮初めの部下を見下ろしながら、俺はそう呟く……。
術式を使用せずにここまで到達をする……という無茶なミッションであったが、なんとか無事に成功を収めることが出来た。
「がかっ!」
「ったく、節操のねぇヤロウだ」
感傷に浸る暇も与えないとばかりに、仮身はこちらへと走りより、その首を刈り取らんと刃を振るうが。
「術式・解放」
その刃を拳で打ち砕く。
「がっ!?」
こいつらに表情というものがあるのかは知らないが、もしあるとしたら今マスクの下にあるのはそんな表情だろう。
戦車すらも両断する強大な死神の鎌が人間の拳に破壊される。
この兵器の存在意義すらも根底から覆すような事象がおきたのだから。
「悪いがてめぇは用済みだ……消えな」
そう手向けの言葉を添えて、右ストレートを放つ。
のけぞった胸部への一撃は、仮身を粉砕するには十分な威力を誇り、
胸に大穴を空けて仮身はそのまま機能停止をする。
誰もいなくなったオフィスにて、任務が完了する。
「……ふぅ」
胸に入った葉巻を取り出し、火をつける。
部下達と過ごした日々を思い起こし、煙と共に消していく。
思い出が半分消えた頃、俺はそっと葉巻から口をはなし。
「後はお前の分だ……池」
静かに眠る池の口にくわえさせる。
残ったものは死体のみ……。
国防省長官……テロリスト……新型兵器……そして俺たち。
ここに今、全ての沈黙を確認する。
証拠も、証人も何もかもがなし……俺は単独で任務を完遂させ、
そしてこのテロの首謀者を下にいる新聞記者や江蒼英明に伝えればいい。
「なぁ……カザミネ」
苦笑混じりにこれからの惨劇に思いを馳せながら、俺は窓際で眠る一人の少女にそう語りかけた。
プロローグ FIN




