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コロシアイ



闇の続く世界の中を、俺は隊長の後に続いて階段を登っていく。

電気がなければ非常口に日の光が一筋も差し込まないこの建物は、暗視スコープのみが頼りであり、俺は隊長と谷さんの姿を見失わないように、後を追っていく。

手にあるのはライフルの無機質な硬い感覚……その重みが自分の恐怖を少しだけ和らげていく。

……頭にはまだ、比留間さんの死体の光景が残っている。

あの暗闇でどうやって俺達をあそこまで的確に襲えたのか? 足音を立てずにどうやって俺達を襲えたのか?……そして、防弾チョッキもろとも人間を殺せる刃物とは?

色々な思考が飛び交い、次第に混乱をしていく。

隣を見ると、そこには赤い血液。

まだ熱が残っているせいか、サーモグラフィーがくっきりと血の跡を映し出す。

まだ比留間さんの血を、直視していないから精神を落ち着けていられるのだろうが、

早く敵を排除しないと……次は我が身だ……。

そんなことを思うと少しだけ恐怖心が体を支配し、持っているアサルトライフルが割れてしまうのではないかと思うほど強く握りしめる。

と。

「とまれ」

隊長の声が静かに響き、俺達は動きを止める。

……壁を見ると、階段はそこで終わり、オフィスが広がっていた。

「……どうしました?隊長」

「……見ろ、血がオフィスの中に続いている」

「と言うと、ここにいるということか」

「あぁ……」

静かに隊長はうなずき、銃を構え直す。

「ここで決着をつけるぞ」

「……了解」

血液の跡を追跡して、俺達はゆっくりと辺りを確認しながら中を回る……。

「…………………………」

比留間さんの血液は個室へと伸びていた。

どうやら敵はこの部屋に逃げ込んだらしい。

「袋の鼠だな」

逃げ場はない。

敵が逃げ込んだ場所は窓さえもない対談室。

「……谷」

隊長はそう一言だけ呟くと、谷さんは一度だけ頷いて、グレネードを取り出し、ドアを少しだけ開けて中に放り込む。


同時に響く爆発音。扉が吹き飛ばされ、吹き飛ばされた中のものが無残にも入口から吹き出し、同時に熱気のようなものが少しだけ俺達の頬をなでる。

「……行くぞ!」

隊長の指示により、銃を構えて中に突入する。

グレネードの爆風により、中のテーブルやイスは見るも無残な姿になっており、ぱらぱらと紙のようなものが舞い、火薬のにおいがつんと鼻を突く。

が。

「……隊長……敵。見当たりません」

そこには、人の姿のようなものが見受けられなかった。

「……。確かに血液はここに続いていたはず……」

隊長は苦虫をかみつぶしたような声を出して低く唸り、辺りを凝視する。

広さにして五畳分……人三人が入っただけですでに狭く感じるこの空間から、グレネードの猛威に耐えられるわけもなければ……ましてや窓も何もないこの空間から逃げられるわけがない。

ということは……

「……隊長……まさか、嵌められた?」

嫌な思考が一瞬頭を巡るが。

「それはないな。あれだけの返り血を浴びたんだ。痕跡を残さずに移動するなんて不可能。

ましてや俺達が追っているんだ、偽装工作なんて出来ないよ」

谷さんは冷静に分析をしてくれる。

「谷さん……」

「だが、となると敵はどこかに潜んでいるということになるぞ?谷」

隊長は警戒をしながら壁際に背中をつけ、身を低くして敵を探す。

「ええ、恐らくどこかに隠れている。気を付けて」

「っ!?」

緊張が走る。

この狭い部屋のどこかに、敵が潜んでいる。

……確かに、人が入れそうなスペースはたくさんある。

グレネードであらかた部屋の中は吹き飛ばしたとはいえ、壁際に立っている鋼鉄製のロッカーなどは依然無事のままであり、その一つ一つが人一人ならギリギリ入れそうなスペースを有している。

「……ってことは!壁際はまずいんじゃないですか?谷さん!?」

「あぁ……だからできるだけ真ん中に集まれ……」

背中合わせになるように、俺は言われた通り真ん中に向かい、辺りのロッカーを見回す。

……さすがに、鉄のロッカーの中に入っている敵の体温まではサーモグラフィーでは読み取れない……。

くそ、どれだ……どこにいるんだ。

「……おい、汗を飛ばすな。池」

「へ?」

緊張をしていると、ふと谷さんがそんなことを言ってくる。

「さっきからポタポタぽたぽた頬に落ちて来ているんだよ……」

「……な……何言ってるんすか……俺の身長は谷さんの肩までしかないんすよ?どうやって汗を落とすんすか……」

「え? あぁ!?」

瞬間。 谷さんは絶望をしたような声を上げ。


スイカに思いっきり包丁を刺したような鈍い音とともに、頭が真っ二つに割れる。

「!!谷いいいいいいいい!」

隊長の声がやけに遠くの方で聞こえる気がする。


ビリビリという何かが裂けるような音が響き、まるで魚をさばくように、谷さんはその場で真っ二つになった。


吹き出る赤い血は俺にシャワーのように浴びせられ、俺は間抜けなことに、アイアンメイデンに似てるなぁ……なんて感想しか浮かばなかった。


「く……くそ!?な……なんだ?」

マヒした思考が戻るのに約数秒。

我に返った俺は、返り血で使えなくなったスコープを慌てて投げ捨て、降って来たものにライトを当て。


命をあきらめる。


目前に居たのは、人ではなかった。

顔面は鋼鉄のマスクのようなもので覆い、全身には鉄板のような鎧……その上から無数に張り付けられた鉄板は、どこか浮き出た骨のようにも見え……。関節がないのか?体をおかしな方向にくねらせながら、それはゆっくりと切り裂いた谷さんの腕をそいだ後、こちらに顔を向ける。

………顔には、目などなく……黒い肌のようなものから吐息と同時に白いものがぽたぽたと滴り落ちる。

口もない 眼も鼻も耳もない……。あるのは肘辺りから生えた、巨大な鎌で……。

それはもう、どこからどう見ても化物で……どこからどう見ても、人間に叶う相手ではなかった。

首が、捻じ切れそうなほど回転し、背後にいる俺を睨む……。

その顔は表情などないが、笑っているようにも見える。

不気味な笑顔……。

そのすべての動き一つ一つが気持ち悪く……不快で……死をイメージさせる……。

「ひっ……ひあああぁ!?」

息をのんで俺は銃を乱射する。

照準なんて定めず、唯目前の死から逃れたくて、ただ乱暴に銃を敵に向けて放った……。

この密室。どれだけ適当に放ったとしても必ず当たる! 


しかし。

「ガ………ガカッカカカカ!」

目前から、銃声よりも響く重く鈍い音…。

この銃弾の嵐の中、目前の敵はゆっくりとこちらに向き直ってくる。

「うそ………嘘だ!?嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!嘘だあああああ!?」

あり得る筈がない。 目の前のモノは人の形をしている。 それなのに銃弾が効かないなんて!?ある筈がないある筈がない!嘘だ!これは現実なんかじゃない!夢だ!

そうだ。 これは夢だ。 夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ!?


現実逃避をして、俺はひたすらに目前の化物に鉛の弾をぶつけ続ける。

それはまるで、鉄砲魚がサメに水鉄砲をかけるように滑稽で……。

銃弾の嵐の中……それはゆっくりと鎌を振り上げる。

腕がゴムのようにぐにゃりと曲がり……。

俺の首に狙いを定める……。

「ひいいいいいい!?」

もう叫び声を上げることしかできない。

アサルトライフルは、マガジンの弾を打ち切りカチカチと乾いた音だけを響かせ……。

その姿を見て、その怪物はどこか……楽しそうに笑ったように見え。


銀色の閃光が、俺の首を落とす。


「っちっくしょうがああ!」

はずだった。

「ガッ!?」

響いた音は二発のハンドガンの音……。

半べそをかきながらつむっていた目を恐る恐る開けてみると……。そこには腕から血を噴出してよろけている化物の姿があった。

「え?え?」

状況が理解できない……首はきちんとついている。 

五体も満足だ。

「……何してやがる池ぇ!早く逃げろ!」

「た……隊長」

ここにきてようやく理解する……隊長に自分は助けられたのだと。

「ひっ……ひいいいいいい!?」

叫び声をあげて、俺はすぐにその場から離れて外へと脱出する。

「ガカカカカッカカカカカカ!?」

背後から響く、水の中で金属を擦りつけたような音が耳の中に木霊をする。

「っ隊長!」

依然隊長はあの密室の中で化物と対峙している。

「っく!?ちっくしょうが!」

敵が体勢を立て直すよりも早く。 隊長は手元から手榴弾を取り出し、敵の仮面の内側に突っ込む。

「がか!?」

異物の混入に慌てたような素振りを見せるその怪物は、先ほどまでとは異なる反応を見せ、一瞬だけ隙を見せる。

「池!そこをどけえ!」

走る怒号は腑抜けた頭をすぐに回復させ、慌てて俺はその場を離れ壁際による。

「っらあああああああ!」

その瞬間。 隊長は外へと飛び出し、一度前転をしてから身をひるがえし。ハンドガンの照準を合わせる。

「花火は嫌いかベイビー?」

狙いは、顔部に突っ込まれた手榴弾。


短い銃声とともに、化物は爆ぜる。

「……や……やった」

間抜けた声を上げ、俺は隊長の元へと向かう。

「やりましたね!」

「あぁ……あの化物がなんなのかは分からずじまいだったが……まずはテロリストの排除が最重要任務だ……許してくれるだろう」

屈託なく笑いながら隊長は一息を突き……。

「!?池!」

瞬間俺を突き飛ばす。

「っつあ!?隊長……なに……お」

その光景を見て……俺は一瞬わが目を疑った……。

首のなくなったあの化物が……。隊長の肩を貫いていたのだ。

「っぐおおおおおおおおおお!?」

苦悶に顔を浮かべる隊長は、それでもなお肩を落とされないように、敵の刃を銃身で抑えている……。

しかし、それも時間の問題……ゆっくりだが、確実に隊長はそれに押されている。

「がか……かかかかかかかっかかかかかっかかっかか」

不気味な音を鳴らしながら、化物は首から赤いものを噴出させていく……。

まるで生首をそがれた人間が動いているような、そんなイメージが脳裏をよぎる。

……何とかしなければ……。

しかし、どうすれば……。

「いけええええ!」

隊長の叫び声……そこでおれは我に返る。

「くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

叫び声を上げながら自分を鼓舞し、俺は持っていたハンドガンで血の出ている首を狙い撃つ。

「fんれにんgqんtqkんgqれjwtvkmqけrんといwqjgくぇrt!?」

同時に、生物とは思えないほどの断末魔が響き渡り、組み伏せられていた隊長が解放される。

「隊長!」

「っくあぁ!?畜生……肩をやられた」

「いったん引きましょう!?」

「っくそ!」

俺は、隊長を連れ一旦下のフロアへと引き返す。

もしかしたら、あそこで戦っていれば勝てたかも知れない。

だけど、その時の俺は、一秒でも早くこの化物から逃げ出したかった。


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