プロローグ 惨劇の舞台
「ムーブ!」
谷さんが先導して、建物内部に侵入し、隊長、俺、比留間の順にフロアー一階へと進む。
「……クリア」
見張りの一人や二人、もしくは先に潜入したSATたちが争った形跡があると思い、気を引き締めて突入をしたが、ここは全くと言っていいほど何も存在せず、俺は少しだけ拍子抜けをしてしまう。
「あぁ、どうやら敵は上のようだな。 おい、αチーム聞こえるか?」
【こちらαチーム……何か問題か?スクエア】
「いや、そっちの状況はどうだ?」
【まだヘリの中だ。対空射撃を警戒しているんだが、どうやらその心配はなさそうだ。あと十分で屋上に降下する】
「そっちから敵の様子は見えるか?」
【いや、何も見えん。人質の安否も分からん状況で、分かることは奴らが最上階にいるということだけだ】
「あ~クソ。了解だ」
【そちらの様子は?】
「中はまったくといっていいほど荒されていない、今からここでデスクワークを再開することも出来そうだ。 だが真っ暗だ、窓ガラス一面に、なんだろうな遮光用のスプレーでも撒かれているようで光が一切差し込んでいない……暗視ゴーグルを使わなければいけないほどに視界が悪い……」
【敵は狙撃を警戒しながら上階に集中しているらしい、くれぐれも気をつけろよ動きがあったら連絡する】
「あいよ、スクエアアウト」
くそったれぇと隊長は漏らし、銃を構え直してフロア内を一応確認する。
「おい池」
「はい!?な、何すか隊長」
「このビル……まだ完成してないのか?」
「え?あ、はい、改装中らしいです」
「そうか」
「どうかしたのか?リーダー」
「いや、なんでもない。行くぞ」
隊長は掛け声と同時に、階段を上がっていき、俺達はそれに無言でついて行く。
俺達の任務は、テロリストの逃走を食い止めることと、人質がいる部屋以外に潜伏しているテロリストをすべて排除すること……。
その為、敵に気付かれないように、一フロアずつ、虱潰しに敵がいないかどうかを探らなくてはいけない。
唯一の救いは、作戦が夜だったということと、このビルが、光りをなかなか差し込めない作りになっているということの二点。
ねっとりと肌につくような暗闇の中、暗視スコープがあるという事実は、少なからず俺達を安心させる。
「……何か音がしなかったか?」
「おい、谷……大きな声は出すな……気のせいだろ」
いくら暗視スコープと言っても、この闇は精神を摩耗させる……。
あまり長居はしたくないな。
精神の摩耗は誤射につながる……。正直、俺が一番危ない。
「やれやれ、この建物の設計者を訴えやりてぇよ」
第四フロアに踏み込んだ隊長は、辺りを警戒しながらもそう冗談を呟き、ゆっくりと中を散策する。
「あぁ、俺ここの窓ガラス前部にC4仕掛けて吹き飛ばしてやりたいっす」
「そりゃあいいねぇ、闇夜に極彩色の蝶がはばたくように、星々の光が俺達を明るく照らしてくれるぜぇ」
「……なるほど、そうなれば人質は殺されて、俺達は職を失う。 先行き明るい未来が待ってるな」
「くだらねぇこと言ってんじゃねぇよアホンダラども」
「……」
一同は黙り込み、次のフロアへと階段を上っていく。
江蒼の話では、人質がいる部屋は最上階の社長室。
俺達が下で銃撃戦を繰り広げ、下にテロリストの気が向いたところで、上から叩くという手法を取るらしいが。
「……隊長」
「なんだ?」
「……本当に、この作戦は最良の方法なんすか?」
「どういうことだ?」
「……いえ、俺達が敵を排除して、テロリストを刺激したら、人質の安否が危ういのでは?」
「……大丈夫だ。問題ない。 俺達が強行突破をしたとなったら敵はもはや打つ手はない。人質を盾にするか、捨て身で掛かってくるかのどちらかだ。 まぁ、俺達はどちらにせよ全力で迎え撃てば良いだけだ、だから供えて置け」
「な、なるほど」
「くだんねえこと言ってないで、ほら、中を見て来い」
「はっ!」
隊長の説明に納得をして、俺は第二会議室のドアを開ける……。
当然のように何もなく、本当にテロリストに占拠されているのかも怪しくなってしまうほど、何もなく、整然としている。
「ん?」
その部屋を見て、俺はふと思う。
今の隊長の発言はまるで……。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
背後で叫び声が上がる。
其の叫び声は、人間が通常状態で出せる叫び声よりもはるかに大きく、それでいて生気が一切感じられない。
断末魔。
聞いたことはないが、今の一瞬で体がそう判断をする。
たった今、仲間の内の一人が死んだのだ。
「!?比留間!」
隊長が大声を上げながら、叫び声が下方向に走っていく。
あぁ、■んだのは比留間さんなんだ。
そんなことを呆けておもいながら、俺は背後を確認する谷さんを追い越して、隊長の後を追う。
「隊長」
「来るな!」
隊長は俺が暗視スコープを外してライトで照らそうとするのを片手で静止する。
しかしもう遅い……見えてしまった。
首と胴体……そして下半身と腕がバラバラにされた比留間さんの体が……。
「ひっ!?」
後ずさると同時に、足元でぴちゃぴちゃという音が響く。
そっか……これは全部、比留間さんの血なんだ……ばらばらにされて、どくどくってあふれ出てる比留間さんの。
「バカ野郎!」
隊長はライトを手ではねのける。
その手には赤い液体が付いており、ライトをどかした時に、その赤い血がねっとりとへばりつき、明かりが少し赤みがかるが……。
比留間さんの肉塊が視界から外れると、訪れた闇により完全に俺の意識は正常に回復した。
「……ったく、落ち着け。まだ比留間を殺した奴はいるかもしれないんだ……ライトをしまえバカ」
「は……すみません」
「谷。池!背中合わせに敵の位置を確認しろ!」
「了解」
暗視スコープをしたまま、三人で背中合わせに陣取る……。
敵はこの暗闇の中、全員に気付かれずに比留間さんを殺した……。
しかも、特殊合金性の防弾チョッキを着ていたはずの胴体をああもたやすく真っ二つにして。
人間が出来る技じゃない。
そう……こんなことが出来る生物がいるとしたら……化け物としか言いようがないじゃないか。
「……どうやら、もう引き払ったようだな……」
隊長は落ち着き払った口調でそう漏らす。
「た……隊長」
「……弱音は吐くなよ、池。俺達は兵士だ、ここで逃げ出さないで任務を全うすることこそが、最高の比留間への手向けだ」
「……でも、敵を逃がしてしまったんですよ?もう俺達の任務は失敗なんじゃ」
「いや、そうでもないみたいだぞ?池」
弱音を吐く俺に、隊長はライトで床の一部を照らして見せる。
「……それは?」
「……比留間の血だ」
見てみると、そこにはまだ新しい赤色が、転々と上階へと伸びて行っている。
「上へ逃げたのか……と言うことは待ち伏せをされるぞ」
「あぁ……これは少し予定を変更したほうがよさそうだ」
「……αチーム……現状を報告しろ」
【こちらαチーム。現在屋上で待機中だ】
「一人やられた!今すぐ突入して人質を助け出せ!」
【了解した、突入する】
「この血を追って行って、敵を倒した後。すぐにテロリストの殲滅に加勢するぞ、仲間の背後を守れ!」
「は……ハイっす!」
「了解だ」
俺と谷さんは、隊長の言葉にうなずいて、迷うことなくその血を追って、階段を駆け上がる。
その闇が、さらに深くなっていることになど、気づくことなく。
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