プロローグ 第三ラウンド 突入部隊チームスクエア
戦争を放棄して早くも60年を経過しようかというこの街には到底似つかわしくない装甲車が、不恰好な大きな音をたてながら乗り捨てられた車を縫うようにして目的地へと急ぐ。 そんな光景を見たら誰しもが口々に何かがあったのだろうと噂話に花を咲かせるところであろうが、今回に限ってはそうはならなかった。
なぜならこの装甲車が走る理由をこの街の人間が皆理解しているから。
現在東京は先月に引き続きテロ攻撃を受けている。 防衛庁長官を人質に取った立てこもり事件。 日本の中心は完全に機能を停止し、国会議事堂に鎮座するお偉方は国を維持させるためにテロリストと戦う姿勢を見せると口先ではのたまっておきながら、その足はそそくさと安全な田舎へと向かっていた。
現在、この街を守るのは政治家でも和平交渉でも奇跡のナンバーナインでもない。
テロリストによる武力行使を覆すほどの、圧倒的武力であった。
◇
「任務の内容を確認する。目標は衆議院議員一名の救出およびテロリストの確保及び排除。現在テロリストに占拠されているのは、新宿に建設されている石島商会の第二ビル。
テロリストは武装しているものと思われ、地元の警察および、出動したSATの突入部隊にも死傷者が出ている。我々はこれより上空部隊と地上部隊の双方から挟み撃ちで、テロリストの駆逐をする。……なにか質問はあるか?」
「キャプテン、おやつはいくらまでですか?」
「……ふっ、火薬ごはんオンリーだ。敵の胃袋に詰め込んでやれ」
部下のジョークに隊長は流暢に答え、車内に笑い声を響かせる。
分厚い装甲に囲まれた四輪駆動の鉄の塊は、華やかと言う言葉が良く似合う流行の最先端をお送りする不夜の街新宿を無粋で硬派な音をかき鳴らしながら突き進む。
いや、しかし美を追求するこの町にこの装甲車は、もしかしたら正解なのかもしれない。
ファッションによる美ではなく、無駄のない設計の機能美。
角度は違えど、美と言う概念から言えばこの車と、現在俺が手に持っているAK-47はこの町に恥じない至高の機能美を有している。
あぁ、これなら恥じることなく新宿で戦うことが出来そうだ。
「敵の位置は最上階の社長室。まずは上空の部隊が突入して敵の殲滅にかかる。
俺達はその一斉射撃で逃げ出そうとした奴らをすべて撃ち殺す」
電気と文化の町……などと言うしゃれた空気は、隙間から見える光景には存在せず、車の外は逃げ惑う一般人と、銃を持った同僚が厳戒態勢を敷いている。
本当に……。
「おい、池……池 元一!聞いてんのか?」
「は!?はい!隊長」
「じゃあ今俺が言ったこと復唱してみろ」
「え!?えと、おやつは火薬ごはん」
頭の上にハンマーでも振り下ろされたのではないかというぐらいの衝撃が走り、目前に火花が飛び散る。
へ……ヘルメットがなかったら即死してたかも。
「ったく、いつまで訓練生気分が抜けないんだ?」
「す……すみません」
「やれやれ、池。これはAクラス級の緊急事態なんだぞ?よくそんな流暢に構えてられるよな……お前」
「うるさいっすよ谷さん!死ぬか生きるかの前なんすから!少しくらいは感傷に浸ったっていいじゃないっすか!?」
「はっはっはぁ池ぇ、兵士は死を住みかとして戦場を墓穴とするぅ!感傷なんて必要ねぇさ!俺達はこれから家に帰るのさ。長い長い地獄の旅を終えてな?ひゅう、楽しいだろ?ボーイ」
「比留間さん!詩人なのはいいっすけど上手くもないし縁起でもないっすよ!俺達は死ににいくわけじゃないんすから!」
「……だが、死ぬ可能性もあるってことだ。覚悟だけはしておけ」
「た……谷さん、ちょ、脅かさないでくださいよ」
「……安心しろ池。死なせやしねえよ。誰一人としてな」
「……隊長」
「リーダー」
「……キャプテン」
「……頼むから呼び方を統一してくれ」
あきれ顔の隊長は苦笑を漏らして、懐から何やら箱のようなものを取り出す。
「キャプテン……それは?」
「ふん。葉巻だよ。キュバーナプリトス。こんなちっぽけなの一本で千円近くするんだぞ?」
「ふぅ!やるねぇ、リーダー!死出の旅路への御焼香って奴か!?俺達の死には線香ではなく、クールにタバコで旅立つってか?」
「バカ野郎比留間。いいか?これは生きるための葉巻だ。ほら、一本ずつてめぇらにやる」
「あの、隊長、悪いんすけど俺タバコは……」
「隊長命令だ。お守りとして持っとけ」
半ば無理やり渡された葉巻を、俺はどうしようかしばらく迷った後、ナイフをしまうホルスターの一つに形が崩れないように押し込む。
……ほのかに香るたばこの香りは確かに市販の安物のそれではなく、苦手ではあるもどこか高級感あふれ、鼻はそこまでその臭いを拒絶しなかった。
「無事に任務を終えたら、みんなそろってこの葉巻を吸ってこういうんだ。ざまぁみろ畜生めってな」
「……隊長。B級映画の見過ぎっす」
「うるせぇ。いいだろ?帰る理由があると男ってのは生還率が十パーセント上がるんだ」
「それも映画ですか?キャプテン」
「いや、俺の持論だ」
今度は一同に苦笑が漏れ、先ほどまでの緊張が嘘のようにほぐれる。
この武力を持つことを許されない日本では、当然のように隊長を含め全員が実践は初体験。
ましてや武装テログループなんてものと対峙するなんて状況は想像さえしてなかったため、俺は手に持ったアサルトライフルの重さをしっかりと手に馴染ませておく。
「突いたぞ」
と、装甲車が急停止をし、扉が開き光が差し込む。
「そら、ケツに火ぃつけられたくなかったらさっさと降りろ!」
「イエス サー!」
俺達は急ぎ外に出て辺りを見回す。
日本人なら誰でも知っている新宿という町。
そのど真ん中に建てられた巨大なビルの周りは、警察や特殊部隊により完全に封鎖され、厳戒態勢が敷かれていた。
自分たちが来た道を見ても、すでにパトカーによって来た道は防がれ、周りのビルからはスナイパーライフルの反射が目に映る。
「……頭上に気をつけろよ。なんか落ちてくるかもしれんからな」
「あ!?はいっす」
谷さんに言われて、俺は頭上を見上げてみる……、高さは百メートルを優に超す巨大なビル。
敵の作戦の中に、このビルを倒壊させるというプランがないことを祈るしかないようだ。
「ん?」
何か固いものを踏んだ感触にふと足元を見ると。
「ひっ!?」
紅い液体がこびりついたガラス片がそこにはあった。
アスファルトの溝に入って不気味な線になった赤い液体……これ、もしかして……。
いや……何をうろたえているんだこれぐらいで。俺はこれからこの何十倍もの量の血を流すんだ……。
覚悟を決めて、俺は隊長たちを小走りで追いかける。
辺りは緊張ムードに包まれており、俺達の進む方向と逆走して担架で運ばれる人間も見て取れる。
「あんま見るなよ。失礼だ……」
「え?あ、はい」
「そうさぁ!戦争で死にきれなかった奴は唯の生き恥!あんまり刺激すんのはいいことじゃぁねえ」
「そういう意味じゃないぞ。比留間」
「お前ら、ほら、作戦の指揮官だ。少しは行儀よくしやがれ!」
そう二人に撃鉄を落とし、この場には似つかわしくなく、コートを着ている男性の前までおもむき、敬礼をする。
「チームスクエア……加地 宗助。ただ今到着いたしました!」
「おぉ、てめぇらが突入部隊か?話には聞いてる。なんでも、演習で大活躍だったとか?」
「一人を除いてな」
「た!谷さん!?」
「あっはっは!期待してるぜぇ?俺は今回の任務の指揮を取る。江蒼 秀明だ。
所属は警視庁異常事態係、地位は警部だ。まっ俺の人となりや過去を話してゆっくりじっくり口説き落としたいって気持ちはよぉく分かるが、今は非常事態なんで話を先に進ませるが構わないな?あと、さっきみたく堅苦しい話し方はやめてくれよ?聞いてるこっちの耳が腐っちまう」
長身に蒼いコートが特徴的な江蒼さんは、サングラスを外して傷の入った瞳で俺達に笑いかける。
本当に世知辛い世の中だよな~なんて笑いながら、江蒼さんは吸っていた煙草を無造作に放り投げてガラスの灰皿に入れ、新しい煙草を取り出す。
「あんたが行けば早いんじゃないのか? 江蒼」
と、不意に隊長は口元を緩ませながらそう江蒼さんに対してそう語りかける。
あちらは隊長のことを知らないようだが、どうやら隊長は知っているようだ、警察の中でも有名人なのだろうか?
「ん?あんた俺の事知ってんのか?ふぅん。 まぁいいか。吸うかい?」
「いや、遠慮しておこう。仕事中だ」
「真面目だねぇ」
やはり隊長は彼の事を知っているらしく、苦笑をしながら進められた煙草を断る。
「それよりも現状はどうなっている?」
「最悪だ。 ぼーず。あれ見えるか?」
「車っすか?」
「阿呆、その手前のビニール袋だ。さっき落ちてきたんだよ。どこのどいつかはグッチャで分からんが、来てる服からして突入部隊の奴みてぇだ。どうにもここの全権を任されてる奴は突入って言葉が大好きならしくてな、第二ラウンドは残念ながら目も当てられない。
こりゃ中はもっとひでぇことになってんぞ?」
「……おい、ちょっとまてあんた。ありゃどう見ても子供位の身長しかないぞ?」
「子供を戦場にとは、非常な世界になったもんだぁ」
「はっはっは、面白れぇことう坊主だな。だけど残念ながら、あれは上半身だけだ。
しかも綺麗に両腕がない状態でな」
一瞬……部隊の全員が息を飲み込んだが、江蒼はまるで当然のことのように淡々と語る。
「……ば……爆風で腕が飛んだってことっすよね?」
「いんや、それならもっと体が焼けただれる。だけどこの死体には、切断面しかなかった。
たぶん電ノコでも使ったんじゃね?」
「電ノコって……警察は銃も持たずに乗り込んだのか?」
「持ってたぞ?」
「だったらなんで!?」
「俺が知るかよ。ただ相手の武器が刃物だってことは分かっただろ?それだけでもありがたく思えよ。 あ~気分悪い。 おいてめえら、さっさと他のところに持ってけそれ」
【はっ!】
江蒼はそう吐き捨てるように呟くと、部下はそそくさとビニール袋を担いで運び始める。
担架ではなく……ビニール袋で。
「……突入まであと五分だ。そろそろ準備をするよ。江蒼」
「あぁ。お前らのやり方には口は出さん。頼んだぜ、チームスクエア……武運を祈る」
一度敬礼をし、江層はサングラスをかけ直して仕事に戻る。
「おら池。たらたらしてねぇで行くぞ」
「は……はいっす!隊長」
弾の弾数やフラグの数を確認しながら、俺達は突入の準備を完了させた後、入り口前で待機をする。
突入まであと数秒……見上げるとそこには、一羽の白いハトが飛んでいた。
俺はまだ。 その時は知らなかった。
この作戦が、あんな結末になるなんて。
いつもと変わらず、東京の空は青く。地面に赤い血があること以外何も変わらないこの町が、地獄へと続いているなどともつゆ知らず。
俺は、化け物の巣へと足を踏み入れたのだった。
「チームスクエア!突入する!」
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