プロローグ 第一ラウンド
「警部! 銃声が!」
間の抜けた言葉をたゆたゆと顎の肉を揺らしながら警視庁の叔父様は叫び、俺はため息をつきながらここまで事態が硬直していた理由を悟る。
聞いてたんだからわかるっつーの。
「しかしなんでまた鳥なんかを撃ってるんだろうな、ヘリと鳥を間違えたってわけでもねえだろうし」
「鳥を打ち抜ける人間が、間違えるとは思えません」
「まぁそうだよなぁ。となると、何か理由があるはずだが……ふーむ」
少し思案し、俺はその白い線を見る。
恐らく隊員とネゴシエーターが狙撃された場所だろう、そこにはシールドの隙間から血痕が見える。
「ネゴシエーターと隊員はどこら辺で撃たれた?」
「シールドから出てすぐです。 丁度、そうですね、白い線をまたいだあたりでしょうか。 こちらにはシールドがあるためか、発砲はしていないですね。 無駄弾を撃ちたくないのでしょう」
……飛んでる鳥を打ち落とす弾はあるのにか? まぁいいや、疲れるからもう考えるのはやめよう。 ある程度察しはついたし。
俺は呑気な警察たちへのため息を抑えてシールドの近くへと歩いていき
口にくわえようとしていたタバコを白線の内側に投げ入れる。
瞬間。 銃声が響き渡り、火がついたタバコが俺の手元に戻ってくる。
こいつはすごい。
「わわっ! 警部!? また銃声です!」
周りの人間は発砲された恐怖から身を縮め見るからに慌てふためいている。 もう何も突っ込むまい。
「おい」
「はっはい!」
「この白いラインはテロリストの警告ラインだ。 この中に入ったものは全部狙撃する心構えらしい」
「へ?」
「物だろうと人だろうと関係はないみてぇだな……裏口はねぇし、正面突破意外は認めないってことか」
「あ、あの江蒼警部?」
「だが、裏を返せばこの線を越えなきゃ撃っては来ないってことか」
「ちょっと! 江蒼警部!!」
「よし」
「あ、わざと無視してるでしょあんた」
叔父さまの言葉をむっし、俺はあらかじめ呼びつけておいた奴等に無線で連絡をする。
「今ので大体の位置は分かったか?」
【OKだ】
少しのよどみもなく、無線の男は短く返答をし俺はそれに満足して口元を緩ませる。 ビル意外に潜む伏兵を警戒して離れた距離に待機させておいて正解だったようだ。
「とりあえずはスナイパーの排除が優先になる。 他のテロリストの姿は見えるか?」
【答えはノーだ。 狙撃手も恥ずかしがり屋さんなのか上手く隠れている。あんだけ隠れててどうやって俺たちを狙撃しているのかは不明だが……狙撃はかなり警戒しているようだ】
「あー打ち抜けるか?」
【5発は必要だ】
「了解だ、合図を待て。 合言葉はそうだな 【こりゃ酷い】だ」
【相変わらず変な合図ですね】
「ふん、ほっとけ。 ヘリから落ちて相棒共に無傷だったてめぇらよりは変な奴じゃねえ自信はあるな」
【はは、それは言わないでくださいよ……俺たちにとってもこれはリベンジマッチなんですから】
「はん、そうだな。 元はといえばお前らが負けたからこの事態は引き起こされた……だから今度は、 勝てよ」
【言われるまでもなく】
自信と静かに燃える闘志の篭った言葉を聴き、俺は安心して無線を切る。
「あ、あのお警部? 一体誰とお話を?」
「SATの狙撃手だ」
「へ!?い、いつの間に出動要請なんて」
「お前の説明を聞いている間にだよ」
「あ、あの会話の途中にどうやって申請したんですか!? というか到着が早すぎる。 許可も必要だし……こんな早く来るなんて」
「俺には太いパイプがあるんだよ、太くて長いパイプがな」
「さ、さすが秘密兵器」
感心したように叔父様と他の警察官達が目を輝かせるが、当然のことながら嘘八百である。
そもそもSATの要請なんてしていない。 俺が呼びつけたのは唯の友人だ。
任務失敗とテロリストを取り逃がしちまったという責任感からうつ病寸前だったのでこっそり今回のテロの話を教えてやったら、俺よりも早くSATの装備を盗み出して単独無断で出動をしてくれた。
後で大目玉だろうが、この機を逃したら二度と挽回のチャンスはないと踏んだのだろう。
「本当に、責任感の強い奴だよ」
呼びつけたのは自分ではあるが、俺はそんな二人の友人に思いを馳せながら待機をさせているビルのほうを見やる。
俺の視線に気がついたのか、スコープがわざとらしく反射した。
■
友人の英明にテロリストの新宿立てこもり事件の話を聞き、俺はすぐにとなりで寝込んでいた観測手をたたき起こして話を半分も聞かずにSATの本部へともぐりこんだ。
もし、敵テロリストがのこのこと顔を出すようならば、英明の命令を待たずに皆殺しにしてしまう算段もあったが、そこは一度俺が敗北した相手、完全に狙撃の警戒は怠っていないようでこちらからは中がうかがえないよう窓に細工がされている。
テロリストが用意したものなのか、それともビルの中が見えないようにもともとそういうガラスが採用されてるビルを狙ったのかは不明だが、割れたガラスからも人が顔を覗かせない所を見ると、相手は俺たちを警戒しているようだ。
「……英明の言うとおり、元はといえば俺たちが逃走中の犯人を逃がしたのが原因だ」
「あぁ、辞表は書いたが、責任を果たすまでは……とめらんねぇよな」
テロリストをみすみす逃した責任をとるため、俺たちはただただ最後の戦場にて全神経を研ぎ澄ませる。
もはや威嚇射撃も警告も必要ない。 一撃必殺ワンショットワンキル
ただそれだけをイメージし、俺は合図を待ちながら感覚を研ぎ澄ませる。
■
「あぁそうだ。 ちなみに出動させたのはこいつらだけだから、一応これから本隊の出動もさせておけ、こっちは流石に時間がかかるだろうから早めにな。 これから敵スナイパーを相手するからよ」
「へ? へは? どういう」
「現場指揮官に伝えとけ、今からスナイパーを排除するからそれが終わり次第好きに突入でも何でもしろってな。 SATが来る前に片付けばそれでよし、ダメならSATに後のことを任せりゃいい」
「は、はい! 伝えてきます」
慌てた様子で小太りの叔父様と取り巻きの警察たちは護送車の方へと走って行く。
ようやく邪魔な叔父様と取り巻きが消え、俺は内心せいせいしながら
相変わらず無駄に緊張した面持ちでシールドを構えている奴等の周りに転がっているガラス片を拾い集める。
「こんなもんか」
十中八九テロリストがぶちまけた所為で散らばったものだろうが丁度いいから使わせてもらおう。
「えと、警部……何を?」
皮の手袋のおかげで、指を切ることはない度だろうが、血の付着したガラス片を拾っては口元を吊り上げる姿は少しばかり不気味にうつることは言うまでもないだろう。
だからってそんな目でみんなよ、ちゃんと意味があるんだよ。
「おい、お前らも邪魔だから少し下がってろ。 包囲も完全に意味ねえから、余った奴らは半径3キロ以内に人を近づけねえようにしろ」
「さ、3キロですか?」
「ひまだろ? 念には念を入れとけ。もし俺たちが全員死んでも、他の奴らを襲うより早く他の部隊が到着できる位の距離は稼いどけ! 嫌ならそのまま一般人と逃げ出せ! 責めはしねえほら行け!」
「な、何をこれからなさるつもりで?」
「なにって? 反撃だよ反撃」
俺はキョトンとする若いのを押しのけ白線ン内側に一斉にガラス片を投げ込む。
カチャカチャと音を立てながら数枚のガラス片は四方へと飛び立つように空をさまよい。
「!?うわっ!?」
轟音が立て続けに響き渡り、一つ、また一つとスナイパーによりガラス片は打ち抜かれ、その身を四散させ、ダイアモンドダストのように光を反射させる。
少しだけ、赤みが買った光はその網膜に焼きつき、これが血であると知らなかったら自分は一体どんな感想を抱いたのだろう……。
なんてくだらないことを一瞬俺は脳裏に走らせ。
「こりゃ酷い」
その自分の至高と目前に広がる光景に対して呟いた。
◇
【こりゃ酷い】
その一言を受け入れ、スナイパーは十字に敵の姿を捉える。
距離は1.5キロ。 本来ならば狙撃など不可能な距離ではあるが。
それでも不可能を可能にするのが第四部隊チームデルタの常なのだ。
場所は石島グループが所有する巨大高層ビル。 冬だというのに太陽が照りつける。 氷点下という天気予報だったというのに、羽織ったダウンが裏目に出たことが少々気になってはいるが、そんなことで射撃制度が落ちるなら、もとからこんな場所にはいない。
風はなし。 弾は思い通りに真っ直ぐに進んでいく。
敵は一体どんな明細を身に着けているのか、次々に放たれる銃声は聞こえても、相も変わらず不思議なことにその姿を視認することが出来ない。
だが。
「見えた!」
光に反射する スコープは別だ。
◇
「ほい」
江蒼英明が放った十八枚目のガラス片は、銃弾によって霧散させられることなくアスファルトに打ち据えられて四散する。
「……」
銃声にまみれていたのが嘘であったように、世界は佳景寂寞となる。
「……」
一同が状況を理解できずにただ固唾を飲んで飛び散ったガラス片をシールドでガードし、ガラスの雨の中一人で立つ江蒼の姿を見守っていた。
「ふん」
不意に江蒼は一歩白色のラインの中へと足を踏み入れる。
「!?」
シールドを構えた隊員達は慌てて江蒼を引き戻そうとするがもう間に合わず、江蒼は狙撃手の射程県内へとその足を踏み入れる。
だが、狙撃手の引き金は引かれることはなかった。
「え?」
「さて、第一ラウンドは俺たちの勝利だ」
江蒼はそれに満足そうな表情をしながら背後の警察たちにそう伝え、
タバコをふかし青空にむかって白い雲を一つ吐き出した。
◇




