監物美咲は、気付いている
監物美咲は、空気の変化に敏い。
仕事柄、感情の揺れを見落とさないようにしているせいもある。
だが今日は、“相談者”ではなかった。
「……あれ?」
怪異対策課の執務室。
斎藤万央と善野亘のやり取りを、美咲は横目で見ていた。
声のトーンは、いつも通り。
敬語も、距離も、崩れていない。
それなのに。
善野の反応が、一拍だけ早い。
万央が立ち上がる前に、書類が差し出される。
電話対応が長引くと、さりげなく割って入る。
――やりすぎない。
――でも、よく見ている。
「……なるほど」
美咲は、小さく息を吐いた。
これは、無意識ではない。
意識して、抑えている。
昼休み。
美咲は、善野を呼び止めた。
「善野さん。少し、いいですか?」
「はい」
即答。
やっぱり、反応が早い。
庁舎の外。
自販機の前。
美咲は、軽い調子で切り出す。
「最近、斎藤さんのこと、やけに見てないですか?」
善野は、一瞬だけ固まった。
ほんの一瞬。
だが、美咲には十分だった。
「……仕事ですから」
「うん。そうですね」
美咲は、あっさり頷く。
「仕事として、見すぎてる気がして」
善野は、視線を逸らした。
否定しない。
肯定もしない。
「別に」
美咲は、責めるような口調ではない。
「悪いって言いたいわけじゃ、ないんですよ。ただ」
少し、声を落とす。
「斎藤さん、自分のこと後回しにする人でしょ」
「……はい」
善野は、小さく答えた。
「だから、誰かが近付きすぎると、その人ごと背負おうとする」
美咲は、まっすぐ善野を見る。
「それ、善野さんが壊れるパターンじゃないかって、思って」
善野は、息を呑んだ。
“万央”ではなく、“自分”を心配されたことに。
「……分かっています」
しばらくして、そう答えた。
「だから。距離を、測り直しています」
美咲は、ふっと笑った。
「……やっぱり」
(気付いてるのは、私だけじゃなかった。自覚してた)
「善野さん。一つだけ聞いていい?」
「はい」
「好き?」
直球だった。
善野は、一度だけ深く息を吸った。
「……答えません」
「そっか」
美咲は、肩をすくめる。
「でも否定しないってことは、そうなんですね」
少しだけ、悔しそうに笑う。
「……負けたなあ」
「……え?」
善野が、困惑する。
「なんでもないですよ」
美咲は、すぐに切り替えた。
「これは、私の問題。善野さんが優しいのも、斎藤さんが放っておけないのも」
全部、知ってる。
「一つだけ、約束してください」
美咲は、真剣な目になる。
「無理しないで。斎藤さんを守るなら、自分を先に守って」
「……はい」
善野は、深く頷いた。
その日の午後。
美咲は、万央を見る。
視線は、いつも通り。
だが、心の中でははっきりと理解していた。
――これは、まだ始まっていない。
――でも、もう戻れない。




