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斎藤万央は、昔、間違えた

 それを話したのは、終業後だった。

 窓口は閉じている。

 書類の山も、今日はもう片付けない。


「……善野くん」


 斎藤万央(さいとうまひろ)が、珍しく善野亘(よしのとおる)を呼び止めた。


「少し、時間ありますか」

「はい」


 善野は、すぐに頷いた。




 自販機の前。

 車止めのポールに寄り掛かる。


「少し前の話です。あなたが、ここに来る前のこと」


 万央は、少しだけ間を置いてから言った。


「“何もしない”と決めた案件がありました」


 内容は、簡単だった。

 古い団地。

 そこに、子どもの怪異が出る。

 害は、なかった。

 ただ、人が寄りつかなくなる。


「住民は、怖がっていました。でも追い出せば、怪異は消える。消えれば――誰も覚えていない」


 万央は、その時の自分を淡々と語る。


「私は、“そのまま忘れられるなら、それでいい”と思いました」


 善野は、息を詰めた。


「団地は、取り壊されました。怪異は、消えました。被害は、ゼロです」


 一拍。


「……ただ、そのあと。団地の跡地で事故が、続いた」


 原因不明。

 転落。

 不審死。


「因果関係は、立証されません。でも」


 万央は、缶を見つめる。


「私は、それを知っています」


「……斎藤さん」

 善野の声が、少し震える。

「それは……」


「ええ。――私の判断です」


 善野は、言葉を探す。


「……でも、それは、祓ったとしても起きたかもしれません。怪異が原因かどうかも、わかってないんでしょう?」


「その通りです」

 万央は、即答した。

「だから今でも、“失敗だった”とは言えません」


 善野は、困惑する。

「……じゃあ。それを、なぜ、僕に話すんですか」



 万央は、ゆっくり答えた。


「選ばなかった結果は、後からでも追いかけてくる」


 万央はそっと息を吐いた。

「それを、知っていてほしい」


 しばらく、二人して、黙った。

 自販機の機械音だけが、夜に響く。


「……善野くん。あなたの判断は、間違っていません」


 万央は淡々と続ける。


「ただ、痛みを引き受ける覚悟をまだ、知らなかっただけです」


 善野は、深く頭を下げた。


「……ありがとうございます。大事なことを教えてもらった、気がします」


 万央は、少しだけ笑った。


「次はあなたが、誰かに話す番です」

「……はい」


 夜風が、冷たい。

 だが、善野の背中は、少しだけ真っ直ぐになっていた。


 仕事は、引き継がれていく。

 失敗も、含めて。



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