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線は、こちらで引いてもらえますか

 その訪問は、事前連絡がなかった。

 怪異対策課の窓口に、スーツ姿の男が一人立っている。


「……斎藤さん、いらっしゃいますか」


 名刺を出す前から、万央は分かった。

「高宮さん」


 彼は、少しだけ苦笑した。

「覚えていて頂けましたか」



 応接室。

 湯呑みは、市役所仕様のものだ。

 高宮は、鞄から一冊のファイルを出した。


【怪異関与型生活支援ガイドライン(第三稿)】


「……正直に言います」

 彼は、万央を見た。

「行き詰まっています」

 


「“やっていいこと”を書けば書くほど、“やってはいけないこと”が分からなくなる」


 高宮は、額を押さえる。

「現場は、グレーで動いている。国は、白黒を求められる」


 つまり。

「……折り合いがつかない」


「それで」

 万央は、静かに言う。

「私に、意見を?」


「はい」

 高宮は、はっきり頷いた。

「あなたは、線を越えた人だ」


 言い方は、きつい。

 だが、非難ではない。


「……斎藤さん。猫又の件、もし、“あなたがいなかったら”、どうなっていましたか」


 万央は、迷わなかった。


「行政代執行です。葬儀は簡素化。猫又は、関与できない。役目を終えた怪異は、静かに孤立します」


「それが、“正しい運用”ですか」

 高宮は、答えを知っている目をしている。


「……いいえ」

 万央は、短く答えた。


「ですが、私がやったのは、“正解”でもありません」


 高宮が、顔を上げる。


「私がやったのは、覚悟を引き受けただけです。結果が悪ければ、私が叱られる。最悪は、処分。でも、それで、済む話です」


 万央は、湯呑みに手を置く。

「でも国は、それが出来ない」


 高宮は、しばらく黙った。

 そして、静かに言った。


「……だから、あなたに聞きに来ました。我々は、覚悟を分散させたい」


 高宮は、ペンを差し出す。


「ガイドラインに、書いてください。“していいこと”ではなく、“してはいけないこと”を」


 万央は、少し考える。

 そして、一行だけ書いた。


「当該怪異に利益が帰属する処理は行ってはならない」


「……それだけですか」

「ええ」


 万央は、顔を上げる。


「線を引くなら、そこです。情が、金銭や権利に変わった瞬間、それは、もう支援ではありません」


 高宮は、その一文を、何度も読み返した。


「……なるほど。だから、葬送はいい。相続は、だめだ」

「はい」


「悲しみは、制度に入れていい。――欲は、入れてはいけない」


 高宮は、深く頭を下げた。

「ありがとうございます。これで、進められます。……ただ」


 少し、苦い笑い。

「あなたの現場は、これからますます忙しくなりますよ」


「でしょうね」

 万央は、淡々と答えた。



 帰り際。

 高宮は、ふと思い出したように言う。


「……猫又は今、どうしていますか」

「生きています」


 万央は、それだけ答えた。

 高宮は静かに頷いた。




 高宮が去ったあと。

 善野が、ぽつりと呟く。


「……国の人が、相談に来るなんて」

「ええ」


 万央は、書類を閉じる。

「現場が、前に出すぎた証拠です」


 ガイドラインは、やがて公布される。

 どこにも、猫又の名前はない。


 だが。

 あの一件がなければ、存在しなかった文書だ。


 線は、引かれた。

 引いたのは、現場だった。



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