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前例は、管理されなければならない

 その通知は、「依頼」ではなく「招致」だった。


 件名:

 特例行政処理に関するヒアリングのお願い

 発信:総務省行政管理局


 斎藤万央(さいとうまひろ)は、一度だけ深呼吸してから、印刷した。



 会議室は、広すぎた。

 市役所の会議室とは、空気が違う。


 資料は、すでに机の上に揃っている。

 ――猫又の件も。

 ――前例援用の件も。


「斎藤さんですね」


 穏やかな声。

 名刺を差し出してきた男。


 高宮一也(たかみやかずただ)

 総務省 行政管理局 参事官補佐


 前に一度、画面越しだが顔を合わせたことがある。


「今日は、お時間を頂きありがとうございます」


 笑顔は柔らかい。

 だが、一切の無駄がない。



 同席者は三名。


 西園寺将誉(さいおんじまさたか)。総務省地方自治支援室主任調査官。

 水嶋空良(みずしまあきら)。総務省デジタル行政推進室主査。

 城戸博嗣(きどひろし)。総務省自治制度企画課参事官補佐。


 全員が、“怪異”という単語を平然と使う。


「結論から言います」

 高宮が、資料を閉じる。


「この前例、非常に問題があります」


 善野が、わずかに肩を強張らせた。

 万央は、黙って聞く。


「怪異に、一時的とはいえ“法的役割”を与えた。これは、制度の越権です」


 西園寺が、淡々と続ける。


「善意であることは、理解しています。しかし、“善意の前例”は最も危険です」


 水嶋が、少しだけ言葉を和らげる。


「現場で、他に選択肢がなかったのも分かります。ただ、国としては、“再現性”を問わなければならない」


「……再現性、ですか」


 万央が、初めて口を開いた。


「はい」

 高宮は、即答する。


「同じ案件が来たとき、誰がやっても、同じ判断になりますか?」


 万央は、少しだけ考える。


「……いいえ」

 正直だった。


 城戸が、その答えを待っていたように言う。


「つまり、この前例は、“あなたがいたから成立した”。――それは、制度ではありません」


 沈黙。

 善野が、拳を握る。


 だが。

 万央は、視線を逸らさなかった。


「それでも、やらなければ、誰にも看取られず、誰にも弔われなかった」


 万央はまっすぐに前を見る。

「それが、“正しい行政”だとは、私には思えません」

 高宮は、少しだけ目を細めた。


「……そこです」


 彼は、静かに言う。


「あなた方の判断は、間違ってはいない」


 善野が、息を飲む。


「しかし」

 高宮は眼を細めた。


「“正しい”と認めてしまうと、国は、責任を負うことになります」


 その言葉の重さを、全員が理解した。


「だから」

 高宮は、資料を一枚差し出す。


「この前例は、凍結します。同時に、新しい枠組みを作ります」


 タイトル。

【怪異関与型生活支援・特例処理ガイドライン(案)】


 万央は、目を伏せた。


「……国が、引き取るんですね」

「ええ」


 高宮は、頷く。


「現場の善意を、“事故”にしないために」



 会議が終わり。

 廊下で。

 高宮が、万央にだけ声をかける。


「……斎藤さん。あなたのやったことは、評価されています。――ただ」


 一拍。


「次は、個人ではなく仕組みとしてやってください」



 善野が、小さく言う。


「……怒られたんでしょうか」


「いいえ」

 万央は、静かに答える。

「“見つかった”だけです」




 国は、前例を恐れる。

 だが、前例なしに制度は動かない。


 猫又が残したものは、もう消えない。

 国が扱わなければならない“現実”になった。



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