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前に、似たことがありました

 その案件は、一見すると小さかった。


 怪異対策課の窓口に来たのは、人の姿をした青年だった。

 書類上は、二十代前半。


 だが、登録種別はこうなっている。

 種別:付喪神(長期定着型)


「……相談、いいですか」


 声は、丁寧で、少し疲れていた。


「“役目を終えた後”の話です」

 青年は言う。


「ずっと、一緒にいた人が亡くなりました」


 斎藤万央(さいとうまひろ)は、瞬時に理解した。

 善野亘(よしのとおる)も、猫又のおはぎの件を思い出している。


「相続人はいません。親族もいません。残されたのは、家と……自分です」


 青年は、自分の胸を指す。


「片付けたいんです。ちゃんと」


 通常なら、ここで話は終わる。


 人ではない。

 権利能力なし。

 財産処理不可。


 だが。

 万央は、善野と視線を交わした。


「……前に」

 万央が、静かに言う。

「似たことがありました」


 青年の目が、わずかに見開かれる。


 内部サーバー。

 非公開フォルダ。

 善野が、一件の文書を開く。


【怪異による葬送行為支援記録】(紋霞市)


「この前例を、援用します」


 青年は、少し言葉を失った。

「……いいんですか」


「“いい”かどうかは、問題じゃありません」

 万央は答える。

「“できる”かどうかです」


 条件は、厳しかった。


 限定的代理権。

 目的は整理・引渡しのみ。

 利益の取得は禁止。


 それでも。


「……それで、十分です」

 青年は、深く頭を下げた。


「誰かに奪われるより、自分で、終わらせたい」



 処理は、淡々と進んだ。

 家財は、整理された。

 思い出の品は、一部、供養に回された。

 家は、自治体に引き渡された。

 青年は、最後に鍵を置いた。


「……これで、終わりです」

 万央が言う。


「はい」

 青年は、少し笑った。

「ちゃんと、区切りがつきました」



 その日の夕方。

 善野が、ぽつりと呟く。


「……前例って、一件あれば、世界を変えますね」


「ええ」

 万央は、頷く。

「だから、怖いんです」



 数日後。

 怪異対策課の内部文書に、追記がなされた。


【注記】

 過去の特例は、

 同種案件において

 判断材料として使用可能


【注意】

 前例は、

 増えるほど

 “当たり前”になる



 猫又のおはぎの名前は、そこにはない。


 だが。

 最初の一件として、確かに息をしている。


 青年は、もうその町にはいない。

 役目を終えた怪異は、次の形を探しに行く。

 それを止める権限は、誰にもない。




 万央は、文書を閉じた。

 助けたのは、一匹の猫だった。

 だが、残ったのは――制度だった。



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