表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/106

最後まで、家族として

 その朝。

 猫又は、老女が目を覚まさないことを悟った。


 表情は、穏やかだ。

 苦しんだ形跡はない。


「……よく、頑張ったにゃ」


 額に、そっと前足を置く。

 看取りだった。



 問題は、そのあとだ。

 猫又――おはぎは知っている。


 人が亡くなれば、医師の確認、死亡届、葬儀、埋葬がある。

 すべて、人が行うことだ。


「……わしは、猫だにゃ」


 だが。

 やるしかない。



 怪異対策課の電話は、その日、少し早く鳴った。


『……亡くなりましたにゃ』

 低く、落ち着いた声。

『うちの人が』


 斎藤万央(さいとうまひろ)は、すぐに理解した。


「……看取りですね」

『はい』


「今、誰かいますか」

『いませんにゃ』


 一拍。


「……お願いがあります」

『はい』


「絶対に、置いていかないでください」


 おはぎは、少し黙ってから答えた。


『それは、出来ませんにゃ』



 問題は山積みだった。


 猫又は死亡届を出せない。

 親族がいない。

 喪主が存在しない。

 葬儀契約が結べない。


 通常なら、行政代執行になる。

 だが、それでは。


「……“家族”が、弔えません」


 万央は、会議室で言った。


「例外処理になります」


 善野亘(よしのとおる)が、資料を広げる。


「後見制度の応用。ただし、“人である必要”は明記されていません」


 空気が、静まる。

 古参職員が眉を寄せた。


「……怪異を、一時的に“意思能力のある存在”として扱う?」


「限定的に」

 善野は頷く。

「目的は、 葬送の完遂のみ」


 だが、もう一つ問題があった。


「……おはぎさん」

 万央は、穏やかに言う。


「この先、対外的な手続きがあります。人の姿を、取れますか」


 おはぎは、首を傾げた。


「……昔は。でも、最近は無理だにゃ」



 そこで呼ばれたのが、庄條寺(しょうじょうじ)の元住職、今は寺務管理者。

 狸の八右衛門(はちえもん)だった。


「いやぁ」

 ふくよかな顔で、腹をさすりながら笑う。


「久しぶりだねぇ。――人型はね、筋トレみたいなもんだよ。気合じゃない。反復さね」



 夜の寺。

 おはぎは、何度も崩れた。

 手が、足になる。

 尻尾が、消えない。


「……無理にゃ」

「無理じゃない」


 八右衛門は、穏やかに言う。

「“誰のためか”を、忘れなきゃ」


 おはぎは、老女の――竜田佳代子(たつたかよこ)の顔を思い出す。


『あんたは、うちの孫だ』


 次の瞬間。

 人の形が、そこにあった。

 少し不安定で、耳が残っている。


「……十分だ」


 八右衛門は、頷いた。




 葬儀は、小さかった。


 参列者は、ヘルパーと、近所の人が数人。

 喪主欄には、「同居者」とだけ書かれている。

 おはぎは、人の姿で、深く頭を下げた。


「……ありがとうございました」


 声は、少し震えた。


 埋葬の日。

 墓石は、簡素だ。

 だが、名前は、刻まれている。

 おはぎは、最後に言った。


「……もう、迷惑はかけないにゃ。ちゃんと、見送ったから」


 風が、静かに吹いた。



 後日。

 怪異対策課には、内部文書が一つ追加された。


【件名】

 怪異による葬送行為支援記録

【注記】

 本件は、人外存在による

 “家族としての役割完遂”を

 支援したものである


 最後の一文。

「看取りと弔いは、種別を問わず尊重される」


 おはぎは、今はあの家には、いない。

 ひとりだ。

 だが。

 置いていかれてはいない。


 最後まで、ちゃんと家族だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ