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見えてはいけないもの

 最初に違和感に気づいたのは、ベテランのヘルパーだった。


「……失礼しますね」


 そう言って家に上がり、一通り様子を見る。

 竜田佳代子(たつたかよこ)の様子は、穏やかだ。

 身の回りも整っている。

 だが。


「……あれ?」


 冷蔵庫の前。

 小さな足跡。


 猫のものにしては、規則正しすぎる。


 掃除をしながら、彼女は何度か視線を感じた。


 視線の高さが、低い。

 話しかけてくる声は、ない。


 だが、“誰かが確認している”感じがある。


「……猫、飼ってましたっけ」


「飼ってるよ」

 竜田は、即答した。

「化け猫だけどね」


 ヘルパーは、一瞬だけ手を止めた。


「……そうですか」


 否定しない。

 ここは、そういう町だ。



 帰り際。

 玄関で靴を履きながら、ヘルパーは小さく声を出す。


「……いつも、お世話してくれてる方がいるみたいですね」


 空気が、少し揺れた。


「……気付いたにゃ?」


 低い声。

 視線を落とすと、猫又がいた。

 二股の尻尾を、今日は少し引きずっている。


「ええ」

 ヘルパーは、穏やかに笑った。


「でも、言いませんよ。言わなくて、いいんです。“支えてる存在がいる”って、分かれば」


 それだけで、報告書は書ける。

 猫又――おはぎは、深く頭を下げた。




 ある朝。

 おはぎは、竜田より遅く目を覚ました。


「……あれ」


 体が、重い。

 昔なら、すぐに立てた。

 今日は、一拍必要だった。


「……わしが、先か」


 誰にも聞こえない声で、呟く。

 猫又は、長く生きる。


 だが、永遠ではない。


 飼い主の――竜田佳代子の手を、いつまで支えられるか。

 その問いが、現実味を帯びてくる。



 その日。

 ヘルパーが帰った後、おはぎは縁側に座った。

 日向は、少し熱すぎる。


「……昔は、ここが一番気持ちよかったのに」


 尻尾を、撫でる。

 二股の境目が、少し鈍くなっている。

 竜田が、隣に座った。


「どうしたんだい」

「……ちょっと、疲れたにゃ」


 嘘は、つかない。


「そっか」

 竜田は、何も責めない。

「じゃあ、今日はわしがおはぎを撫でる番だね」


 しわだらけの手が、ゆっくりと背中を撫でる。


 おはぎは、目を閉じた。

 守る側が、守られる日が来る。


 それを、初めて受け入れた。




 紋霞(あやか)市役所怪異対策課。

 善野亘(よしのとおる)は、この案件のフォルダを開いていた。


 特記事項。

 ・同居怪異(猫又)

 ・介護協力者として機能

 ・高齢化に伴い、負担増加の可能性


「……怪異の老い、か」

 独り言になる。


 制度は、人の老いは想定している。

 怪異の老いは、想定していない。


「……でも」

 善野は、ペンを持つ。

「支える側が倒れたら、共倒れだ」


 それは、人も同じ。


 善野は、一行だけ追記した。


「介護継続は、特定存在に依存しすぎないこと」


 強い言葉ではない。

 だが、未来を見据えた線だ。


 帰り際。

 斎藤万央(さいとうまひろ)が声をかける。


「考え込んでましたね」

「はい」


 善野は、正直に答える。


「……支えるって、ずっと出来るわけじゃないんだなって」


 万央は、少しだけ笑った。


「だから、制度があるんです。人も、怪異も」


 善野は、その言葉を胸に落とした。




 猫又は、今日も家にいる。

 老女と、同じ時間を生きている。

 少しずつ、ゆっくりと。

 置いていかないために、頼ることを覚えながら。



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