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うちの人を、ひとりにしないでほしい

 怪異対策課の窓口に、猫が来ること自体は、それほど珍しくない。


 だが。


「相談があるんだにゃ」


 椅子の上にちょこんと座り、前足を揃えてそう言った猫又は、かなり礼儀正しかった。

 二股の尻尾を、きちんとまとめている。


「……ご用件を伺います」


 斎藤万央(さいとうまひろ)は、いつも通り対応した。

 善野亘(よしのとおる)は、横で静かにメモを取っている。



「うちの人が、年を取ったんだにゃ」


 猫又はおはぎ、と名乗った。

 少しだけ目を伏せる。


「昔は、わしが全部やれた。ご飯も、掃除も、病院も。でも最近は……」


 言葉が、途切れた。


「夜中に、転ぶようになった。火を、消し忘れる。わしが寝ている間に、外に出ようとする」


 万央は、口を挟まない。

 この手の相談は、人間でも、同じだ。


「施設に入る話も出たんだにゃ」

 おはぎは、尻尾を揺らす。

「でも、うちの人は言う」


『あんたに迷惑はかけたくない』

『わしは、まだ自分でできる』


「……それで、無理をする」


 善野が、そっと聞いた。


「ご本人は、おはぎさんのことを?」

「知ってるにゃ」


 即答だった。


「最初から、『化け猫でも、うちの孫だ』って」


 万央は、一瞬だけ目を伏せた。


「訪問介護を使えればいいんだにゃ」

 おはぎは、前足を机に置く。


「施設じゃなくて、家で。少しだけ、人の手を借りたい。――でも」

 声が、少しだけ小さくなる。


「条件が、足りないって言われたにゃ……」


 福祉課でのやりとりは、単純だった。


 同居家族:なし(※猫又はカウント不可)

 介護度:要支援未満

 緊急連絡先:なし


「……制度上は、“自立可能”扱いです」


 万央は、事実を告げる。

 おはぎは、分かっている顔をした。


「うん。分かってるにゃ。だから、福祉課の人も困ってた。――それで」


 ちらりと視線を上げる。

「“怪異なら、怪異対策課に”って」


 善野が、静かに息を吸う。


「……おはぎさん」

「はいにゃ」


「あなたが介護していること自体は、制度では“存在しない”ことになります」

「……にゃ」


 おはぎは、尻尾をぎゅっと握る。


「でも」

 万央が、続けた。


「“支援が不要”とは、誰も言っていません」


 万央は、書類を一枚取り出す。


「正式な訪問介護は、現時点では難しい。ただし」

 一拍置く。

「見守り支援と生活援助の一部なら、別ルートがあります」


 おはぎの耳が、ぴくりと動く。


「条件は?」

「人である必要はありません」


 善野が、補足する。


「“継続的な介助者が存在する”ことを、第三者が確認できればいい」

「……わしでも、いいのかにゃ」


 おはぎの声が、震えた。


「ええ」

 万央は、はっきり答える。


「あなたは、もう“家族”として機能しています。制度が、追いついていないだけです」



 数日後。

 おはぎの飼い主、竜田佳代子(たつたかよこ)の家に、週に二度、ヘルパーが来るようになった。


 おはぎは、隅で見ている。

 手を出さない。

 出さなくていい時間が、できたからだ。


「……あんた」

 竜田佳代子が、ぽつりと言う。

「楽になったかい」


「少しにゃ」

 おはぎは、正直に答える。


「それなら、よかった」

 佳代子は、笑った。


「わしはね、施設に入るのが怖かったんじゃない。“あんたを置いていく”のが、怖かったんだよ」


 おはぎは、何も言えなかった。



 帰り道。

 善野が、ぽつりと呟く。


「……怪異が、人を介護する時代なんですね」

「ええ」


 万央は、空を見上げる。


「でも、“誰かをひとりにしない”のは、怪異でも人でも、同じです」


 おはぎは、振り返った。


「ありがとにゃ。うちの人を、ひとりにしないでくれて」


 万央は、少しだけ微笑んだ。


「それが、私たちの仕事です」



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