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I hope she is saved

「来い、掛かって来い『イヴの魂』! その慢心もその魂も、我が灰塵へと滅してやる!」

 アタシは眼前で激昂し更に赫躍する魔王へと銃口を向ける。深呼吸を一つして、ルシフェルの方へ駆け出した。

「楽園の記憶を取り戻したところで、貴様に今更なにが出来るかァァ!」

 それは怒り――『憤怒』の権能で作られた獄炎の大剣。その一本を真っ直ぐに投げつけてくる。アタシはそれを躱すのではなく、銃を持たない手を前に突き出し、願った。


 ――お願いイヴ、応えて――


 そのとき、アタシが纏う光は突き出した掌に集まり、剣の切先が触れたときその進みをピタリと止めてみせた。

「な、バカな……! ならば、これでどうだッッ!」

 剣を止められたルシフェルは一瞬驚いたあと、すぐさま残りの大剣たちを一斉にアタシ目掛けて射出する。アタシは手で止めた剣を光で包んで砕き、全身にイヴの光を纏いなおす。

「アナタだけそんな大きな武器を持っていて、ちょっとズルいんじゃないかしら?」

 こっちは拳銃一つだぞ。なのにお前は大剣を何本も出して、更には自由に飛ばしてくる。そんなの、不公平だと心の中で強く思う。レヴィ、アナタの力を借りるわね。

 自身に向けられた『憤怒』の大剣たちを、アタシはレヴィから借りた『嫉妬』で消滅させる。炎の大剣たちは、まるでそれが始めから存在しなかったかのように風と共に消え果てた。

 それを見てルシフェルが、苛立ちと焦燥感に顔を歪める。ルシフェルが言う。

「レヴィアタンの権能か。小癪なことを……。あぁ全く腹が立つ。腹が立つぞ『イヴの魂』! 何故そう貴様らは我の邪魔ばかりするのだ! 貴様らもリリスを救いたいのだろう? だのに! 何故だ『イヴの魂』! ……あぁ、まだ足らぬと言うのか。まだ我には力が足らぬと言うのか! こんなことでは、この程度の力では……まだ神に届かない。奴の喉元にこの炎を突きつけられない! 腹が立つ。腹が立つぞ! 己が無力さに腸が煮えくり返る思いだ!」

 そうか。ルシフェルだって、自分なりに考えてリリを救おうとしている。神を殺せば、リリの魂に縫いつけられた呪縛と苦しみは解けると思っているのだ。だから神を殺すべく強さを求め続け、リリを救えない己の無力さと憎き神に怒り続けている。それが魔王ルシフェルだ。

 だがリリの魂に刻まれた苦しみは、リリの魂が消滅しない限り解かれることはない。身体に組み込まれたのではなく、魂そのものに根深く植えつけられた呪いだからだ。

「……アナタは、何も分かってない」

 ただ神を殺したって、リリを本当に救うことは叶わない。

「分かっていないのは……貴様だイヴぅぅぅ!!」

 十二の翼を羽ばたかせて、獄炎を纏う魔王が迫る。両の手に炎で作った細身の剣を構え、太刀筋もめちゃくちゃなままに乱雑に斬り掛かってきた。アタシはそれを躱しながら、隙を見て引き金を引く。黄金の光を纏った銀の弾丸がルシフェルの翼を一つ撃ち抜き、消し飛ばした。僅かに苦悶の声を漏らすが、魔王の猛攻が止まることはない。

「何故! 何故何故何故リリスを殺そうとする! リリスを救うべく神を殺す! 殺さなくてはならない! リリスに痛みを与えたのは神だ! ならばその根源たる神を殺せば良い! なのに、なのにどうして貴様らはリリスを殺そうとするのか! それが我にはわからない! リリスを救うと謳っておきながら、その実リリスを殺そうとしている貴様らの元などにいるより、我の傍に置いておいた方が安全なのだ! リリスを殺そうとするなら、それは敵だ! 等しく万物が我が仇だ! 愛する者を守るべく怒って何が可笑しいというのだァ!」

 号哭にも似たその怒号の熱に当てられ、アタシも声を荒げて返す。

「分かってない、分かってないわよルシフェル! リリの苦しみは、痛みは! 創世の頃より既に彼女の魂に組み込まれてしまっている! その力は、もう神の手を離れているの! だから神を殺したってリリの魂は救われない! リリの魂を本当に救うには、リリの魂を消滅させる他に手立てが無いのよ! アナタにはアタシと違って連続した一つの何千年という時間があったんでしょ? なのに何で……何で何一つ分かってないのよ! どうしてリリの話をちゃんと聞いて、その願いを聞いてあげなかったのよ! アタシだって……アタシやレヴィだって! リリのことを殺したくなんてないわよ! それでも、彼女を計り知れない苦しみから救いたい! 大好きなあの子の何千年も続く苦しみを無くしてあげたいってのは、そんなに間違ったことかよ! なぁ、ルシフェル!」

 ルシフェルが剣を持った左腕を振り下ろす刹那、それより一瞬早くその腕を撃ち抜いた。弾丸が纏う光が触れると、魔王の左の肩から先が光の粒として弾け消える。呻くルシフェルはすぐに右腕を振ってアタシを横一文字に斬り裂こうとするが、アタシは体を大きく反らすことで間一髪それを躱し、自身の真上を炎の剣が過ぎ去ったのを合図に銃口を向けて、天に反逆する魔王の残る大角を撃ち砕いた。

「ッ……! ……貴様ァァァァァ!」

 角を撃ち抜かれた衝撃からルシフェルはよろめき一歩だけ後退する。が、その脚でルシフェルは、起き上がって構え直すアタシの腹を強く蹴飛ばした。防御が間に合わず、アタシは後方へと大きく吹き飛ばされてしまう。蹴られた勢いが弱まってくるとアタシは地面を転げ、仰向けになったところでようやく静止した。

「ご……げほ……うぅ……」

 咳をすると口の中にドロっとしたものと血の味が広がった。腹の中が焼けるように痛む。

「……貴様だ。貴様ではないか。リリスに苦しみを与えたのは神、それを良しとしたのはイヴ、貴様だろう……なのに何を偉そうなことを……我は許せない。神と等しく、貴様が許せぬのだイヴよ!」

 魔王の足音が聴こえる。アタシは身体を無理矢理に起こす。赤黒い血を吐いても、骨が音を立てて軋んでも。それでもアタシは立ち上がる。イヴの光で破れた内臓を塞ぎ、血痰を吐き捨ててルシフェルを見据える。歩み寄ってくる怒れる悪魔の王を真っ直ぐに睨んだまま、腰のポーチから取り出した弾丸を銃に装填した。

「まだ立ち上がるか……この愚図がァ……。神の前に『イヴの魂』、貴様から殺してやる」

 拳銃に六発、ポーチに二発。合わせて残り八発。装填を終え、ガチリと音を立てて弾倉を閉じた。その音をきっかけにアタシは駆ける。口の中の血の味も、熱く鈍い体の痛みも、全部を無視して銃口をルシフェルに向けた。

「ぅあああああァァァァ!」

「――裁きの(とき)だ。怒れ。怒れ、怒れ怒れ怒れ! この怒りこそ、煉獄の炎となりて赫く赫く滾る我が星砕きの一振り! 神を殺ぐ炎こそ、衆生を真に照らす星灯の裁きよ! ―――『我が怒りよ、(アンチヘヴン・)獄炎となりて(ジェヘナロード・)天を穿て(ジャッジメント)ォォォ!!!』」

 ルシフェルが詠唱し右手の剣を天へと突き上げる。その切先から眩い虹色の火花を散らし、やがてそれは火柱にも見える大きすぎる大剣へと姿を変えた。その大剣は切先で天を貫き、雲すら越える怒髪天衝の具現だった。

「燃え尽きろ、『イヴの魂』ぃぃぃアアアア!!!」

 ルシフェルが大剣を振り下ろす。それは断ち切るというより、押し潰すと形容すべきほどの厚みを持つ炎の塊。アタシは両の足でしっかりと地を踏みしめて、銃口を振り下ろされる火柱に向ける。そして――

「――これは楽園の光。遥か遠き輪廻の果て、ただ一人を想う願いの続き。その先に何が待っていようと、決して黄金の心は地に堕ちない! ―――『光に祝福(I hope)されて生まれ( she )光へと還る(is saved)』」

 ――願い、引き金を引く。銃口から放たれた弾丸は光を纏う黄金。やがてそれはいつか見た光の蝶に姿を変え、ルシフェルの炎にそっと触れる。

 その瞬間、ルシフェルの炎の大剣が黄金に輝き出し、無数の光の蝶になって弾けた。全てを優しく赦す暖かな光たちは、静かに天へと羽ばたいて消えていく。

 それにルシフェルは唖然として言葉を失い、ただ光の蝶たちが還っていくのを見ていた。

「な……こん、な……」

「ルシフェル」

 アタシはルシフェルの胸に銃口を突きつける。ルシフェルはそれに気が付くと、こちらを向いて言った。

「……『イヴの魂』、貴様は何者だ。今まで、こんな大技は見たことがない。今までの『イヴの魂』は例え全てを思い出したとしても、ここまでの力を発揮することは無かった。問おう、今世のイヴよ。貴様は何者だ」

 何者。アタシは『イヴの魂』その一〇一回目の輪廻。アタシは祓魔師。アタシは――

「アタシは花園リリの担任教師で……リリの友達。それがアタシ」

 アタシの言葉を聞くと、ルシフェルは諦めたように微笑み、「友達……そうか、友達か。敵わんな。リリスは昔から、友を大切にする奴だった」と呟いた。ルシフェルが今度はちゃんと、アタシに聞こえるように続ける。

「貴様、名は?」

「エバ・ヘヴンラック。憶えておきなさい、ルシフェル」

 アタシが答えると、ルシフェルは天を仰ぐようにして残った右腕と翼を広げ、アタシを真っ直ぐに見て言った。

「エバ・ヘヴンラック! その名、聢と憶えておこう! そして認めよう。今世は、貴様が強い」

 アタシはルシフェルの胸に銃口をそっと当てる。引き金を引く寸前に、どうしてもこれだけは言っておきたくなって言葉を紡いだ。

「……さっきも言ったけれど、アタシたちだってリリを殺さないで済むならそうしたい。でも、リリの苦しみの根源である神の魔術式は、リリの魂そのものに刻まれている。だから……」

「知っていた。そんなことは、とっくに分かっていた。それでも我は、諦めきれなかった。愛する者を救う手立てが殺す他に無いなど、そんなの……そんなの、あんまりじゃないか」

 今まで見たどのルシフェルよりも、優しく悲しそうな顔。あぁ、彼はずっと王であらねばならなかった。リリの為に怒り、リリを救うべく神に反逆し、リリを救う為に力を求めた。それ故に王となった。そのために、悲しむことなど許されなかった。

 彼の怒りは、ずっと彼の悲しみだった。

「ええ、そうね。こんなの、あんまりよ」

「それでも。その他に手立てが無くとも、貴様は征くのだな。貴様は我と違い、自分の理想よりも愛した者の願いを切に叶えてやれるのだな」

 アタシは深呼吸をする。アタシだって、リリには生きていてほしい。……違う。リリと一緒に生きていたい。でも、それは叶わない。リリを救うには、リリを殺すしか無いのだから。

 ならその役目は、アタシが負う。誰よりもリリを愛し、リリを想ったイヴから託された、このアタシが。

 アタシはルシフェルに静かに頷いた。

「そうか。ならば、一つだけ約束しろ。――神を殺せ。我の怒りを貴様に託す。どれだけの年月を要しても良い。何度輪廻しても構わない。リリスを救ったその後で構わない。エバ・ヘヴンラック、頼む。リリスに苦しみを植えつけ、尚も道楽と利己の限りを尽くす神を殺してくれ。奴が懺悔しリリスと等しく、いいや、それ以上の苦痛に喘ぎながら死に果てない限り、我の怒りが収まらない」

「神を殺す? ……仮にもアタシ、神を信仰する祓魔師なのだけれど」

 聖協会に与する祓魔師は神への信仰を絶対としている。でもまぁ、神がムカつくってのはアタシも同じだ。だから。

「でも、神を一発ぶん殴るくらいはしといてあげるわ」

「……殴るだけか?」

「リリへの釈明と懺悔……その言い分によっては引き金に掛けた指に、つい力が入ってしまうかも知れないわね」

「そうか、そうか。……ふふ、フハハハハ!」

 ルシフェルが笑う。本当に腹の底から無邪気に笑う。気の済むまで笑うと、ルシフェルは言った。

「我の怒りと願いを貴様に託す。必ずリリスを救い、神に一矢報いてくれ」

「ええ。託されてあげる」

 そう返すと、アタシの銃のグリップが熱を持つ。指を開いて見ると、そこには星と翼の赫き紋様が刻まれていた。

「これ……」

「これは契約ではない。故に、消えることはない。我、魔王サタン――否、明けの明星ルシフェル。汝、エバ・ヘヴンラックに権能『憤怒』を譲渡する。……さぁ、我を撃て。我の気が変わらぬ内に済ますと良い。リリスたちが待っているのだろう?」

 ルシフェルの怒りは、ルシフェルが生き続ける限り消えることはない炎だ。これもまた、一つの彼を縛る神の呪縛。ならアタシがすることはただ一つ。

「――汝、明けの明星ルシフェルよ。貴方の魂を赦します。祝福の光と共に、貴方の魂を光へ還します。……あとは任せて、ルシフェル」

「聢と託したぞ、エバ・ヘヴンラック」

 引き金を引く。黄金の光となって射出された弾丸はルシフェルの魂を静かに射抜き、彼の魂の全てを優しく赦した。

 ルシフェルの身体が少しずつ光の粒になっていく。その光の粒たちはそっと静かに、天へと昇って消えていった。

「さよなら、ルシフェル」

 ルシフェルの魂が完全に消滅する。祓魔とは違い、この世界すべてから魂を消したのだ。消滅した魂は何処へ行くのだろうか。アタシにそれはまだ知れない。

 それでも――。

 アタシは片膝を地に着き、手指を組み合わせて目を瞑る。ルシフェル。貴方の魂が、きっと今度は安寧ある所へ向かいますように。その身を灼く怒りなど、もう感じませんように。

 ただ静かに、そう願った。

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