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月に喘ぐ  作者: sadaka
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まもりたい(11)

 それぞれに親交を深めていたこともあり、アゼルの私室に集った者達の話は尽きることがなかった。特に酒が入ってからのアゼルの喋りっぷりは、凄かった。

「海雲、家庭を築く気はないか?」

 しまいには真顔でそんなことを言い出したので、適当にあしらいながら酒を口に運んでいた海雲は吹き出しそうになった。海雲がむせているのにも構わず、アゼルは話を続ける。

「お前も年頃だろう? 家庭を築いてもおかしくない」

「それを言うならお前の方が先だろ。誰かいい人、いないのか?」

「俺のことはいい。この戦が終わったら、菜の花を貰ってやってくれないか?」

 軽く躱そうとしても流されてしまったので海雲は仕方なく黙り込む。アゼルはグラスに残っていた液体を一気に干してから、真剣な表情のまま言葉を次いだ。

「菜の花はあの通り、お前に好意を寄せている。俺も父も菜の花には幸せになってもらいたいと思っているし、相手がお前なら何も言うことはない。無論、お前の気持ち次第だが」

「……もう、そのくらいでやめとけ」

 空になったグラスに新たな酒を注ごうとしていたアゼルを制し、海雲は静かに言った。酒瓶を取り上げられてしまったアゼルはグラスを置き、正気なのか酔っているのか判らない瞳で見上げてくる。

「菜の花が幸せになった姿を見届けたら……」

 後半は聞き取れないほどの小声で、アゼルは何かを呟いていた。瞼を下ろした彼は腰掛けていた長椅子に体を預け、そのまま規則正しい寝息を立て始める。

「……寝たみたいだな」

 途中から完全なる聞き役に徹していたサイゲートがアゼルの顔を覗き込みながら小声で言った。海雲は座りながら眠りこけているアゼルの体を長椅子に横たわらせ、寝台から運んできた寝具をかけてやる。それからサイゲートを促し、うるさくしないようバルコニーへ移動した。

「王子も、いろいろ大変なんだな」

 グラスを片手で弄びながら欄干に腕を乗せ、その上に顎を置いたサイゲートがぽつりと独白を零す。海雲は何を考えているのか読み取れないサイゲートの横顔を一瞥し、雪の降りしきる街並みへ視線を転じてから話に応じた。

他人(ひと)の上に立たなければならない人間は他人(ひと)より苦労が多い」

「お前も、大変なんだな」

 少しも感情が入っていない呟きを口にするサイゲートが、突然孤独に見えた。サイゲートが何かを嘆いているような気がして、海雲は閉口する。サイゲートは隣に佇む海雲を見ることもなく街の方を見つめている。彼の視線の先を追って見ると雪に映えて淡い灯火が、揺れていた。

「……訊いても、いいか?」

 短い沈黙の後、海雲は結局そんな言葉を口にした。欄干から顔を上げ、サイゲートは海雲を見る。

「なに?」

「お前、どうして彼岸の森にいたんだ?」

 サイゲートとの出会いは、彼岸の森である。立入禁止である場所に入り込んだ彼は樵だ、森の奥が進入を制限されていることを知らなかったはずはない。危険だとも、聞いていたはずなのだ。

「……聞きたい?」

 海雲が目を向けると、サイゲートはこちらを見てはいなかった。街の灯りでもなく、彼の瞳はもっと遠くを見つめている。

「ずっと、気になってはいた。だが言いたくないのなら、いい」

「酒、もっと飲まないか?」

「……取ってこよう。ちょっと待ってろ」

 サイゲートの要望を受けて海雲はアゼルの私室へ引き返した。逃げ出したくなった、と言い換えてもいいかもしれない。素面では話せないほど口にしたくないことをサイゲートに語らせようとしたことに後悔が生まれたのだ。だが、一度口にしてしまった科白を取り消すことは出来ない。戻らないわけにはいかなかったので海雲は酒瓶を掴むとバルコニーへ引き返した。

「オレがさ、あの家に居たくない理由」

 海雲がバルコニーへ戻るとサイゲートは背を向けたまま語り始めた。海雲は隣に並び、サイゲートが手にしているグラスに酒を注いでやる。自分から酒が足りないと言い出したサイゲートはグラスを傾けることをせずに言葉を次いだ。

「知ってるかもしれないけど、オレ、あの家の子じゃないんだ」

 育ててもらった恩がある、サイゲートがそんな風に言っていたので気が付かなかった訳ではない。だがサイゲートは海雲が家を調べたから家族構成まで調べたのだと、思っているのかもしれなかった。しかし下手に否定しても白々しくなってしまうだけなので海雲は沈黙を守る。サイゲートは欄干に置いた腕に顔を沈めながら、くぐもった声で話を続けた。

「どこかへ、行ってしまいたかった。彼岸の森が立入禁止なのは外の世界につながってるからだって、勝手に思いこんでた」

「……そうか」

 サイゲートがどんな気持ちだったのか、そんなことは解らない。だが白影の里へ来いという誘いを断ってまであの家にいるのに、何処かへ行ってしまいたいと思うことはひどく苦しいことなのだろう。

「オレさ、こんな雪の日に捨てられてたんだって」

 サイゲートの話は続く。酔っているのか、顔を上げた彼の口元には自虐的な笑みが浮かんでいた。

「拾ったのは親方じゃないみたいなんだけど、どういう訳かあの家で育てられることになったんだって。奥さんがすごい反対したらしいんだ、いつもの金切り声で」

 十数年も前から、あの家は何も変わっていないらしい。サイゲートがどのように扱われて育てられてきたのか、彼の家で耳にした様子からも想像することが出来る。海雲はそう思ったが言葉にはしなかった。

「親方はいつも何も言わない。仕事仲間にこの話を聞いた時は、ありがたくて泣きそうになったよ」

「……泣いてるのか?」

 伏目がちだったサイゲートが不意に、がばっと顔を上げた。彼はその勢いのまま振り返るので、海雲は瞬きを繰り返しながらサイゲートの顔を見る。

「オレ、泣いてるか?」

「……泣いてる」

「どうりで。顔が冷たいと思った」

 サイゲートは冗談とも本気ともつかない科白を零しながら笑っているが、目だけは動かさない。あまりにも凝視されるので海雲は困って苦笑を返した。海雲の無表情が崩れたのでサイゲートも自然な笑みを浮かべる。

「オレの血は、この国のものじゃないかもしれない。でも、ここを家だと思ってる。この気持ちは、みんなと変わらないよな?」

「当たり前のことを訊くな」

「海雲、オレ、何も出来ないかもしれないけどこの国をまもりたい。親方や街の人達が平和に暮らしていけるこの場所を、まもりたい」

「解ってる。それ以上言うな」

 頬を流れる涙を拭いもせずに訴えかけてくるサイゲートに海雲は顔を歪めた。平和を願い、祖国を愛し、真剣に考えている者達がいる。例え一握りでもそういう者達がいる限り、必ず護らなければならない。白影の里の長としてではなくサイゲートの友人として、海雲は今一度そのことを心に深く刻んだ。

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