まもりたい(12)
冬を迎えた赤月帝国には雪が、降り続いていた。今年は例年より積雪量が多いようで朝となく晩となく、とにかくよく降る。身動きが取れないのは大聖堂軍も同じであり、彼らは一度まとまった軍を幾つかの隊に分けて個別訓練を行っているらしい。個々の能力は比べ物にならないので、まとまっていないうちはそう警戒する必要もないだろうと海雲は考えていた。見張りだけは常につけているが、里の者にも休息が必要である。この冬には、様々な意味で感謝しなければならない。
(焼失してしまった森が再び育つには長い歳月を要します。けれど春には、雪融け水が大地を潤すでしょう)
雪は、彼岸の森をも白く染めている。白雪を被った墓に向けて、海雲は無言の内に語りかけた。
棟梁の座に納まってから何年が経過したのか。やれるだけのことは、やってきたつもりだった。それでも時折訪れるこの場所には不安や苛立ち、喜びや呪いの言葉などを浴びせてきた。里の死者、敵の死体、動物の死骸、そして捨て去った感情。それらが埋まっているこの場所は、全ての墓。死んでしまえば敵も味方も関係がない、ただ土に還るだけだとあの人がよく口にしていたので、海雲は大聖堂の兵達もここに埋葬させた。
(あなたなら、もっとうまいやり方を見出せましたか?)
問い掛けに返ってくる言葉はない。もっとも、生前でも答えをくれたかどうかは微妙なところである。それでも問い掛けてしまうのは、自信がないから。恐怖で押し潰されそうになるから。
墓標も何もない均された地に目を落としていた海雲は背後で雪を踏む音がするのに気がついて振り返った。そうして目にした人物に、海雲は驚きのあまり瞠目する。
「おや、先客か」
姿を現したのは質素な格好をした王であり、彼は海雲を見て微笑みを浮かべた。海雲は慌てて王に向き直り、一礼してから言葉を紡ぐ。
「このような場所にお一人でいらっしゃったのですか?」
「いや、伴の者をそこで待たせてある」
そうは言うものの、周囲を見回しても従者らしき影は見えない。おそらく王は白影の里から一人で彼岸の森へと入って来たのだろう。全ての墓へと続く道は教えてあったものの、王が日常的にこの場所を訪れているようだったので海雲は驚きを隠せなかった。
海雲の隣に並んだ王は、墓標も何もない平地に向かって静かに手を合わせた。その姿に何も言えなくなり、海雲も白い床に顔を傾ける。
「先日、アゼルの部屋で酒宴をしたそうだな」
「申し訳ございません」
「咎めているのではない。少し、近況を報告しようと思ってな」
王の言葉には主語がなかったが、海雲には誰のことを言っているのかすぐに解った。何とも言えない気持ちになった海雲が黙っていると王が言葉を次ぐ。
「私は今、彼の友としてここにいる。少し、規則を緩めないか?」
「……はい」
王の提言に従い、海雲は笑み返す。長い月日が経った今日でも、自然に友と言ってくれたことが嬉しかった。
「彼に、何を語りかけていたのだ?」
「近況です。戦の状況や里の様子、あと友人のことを報告しようと思っていました」
「友人とは、アゼルも言っていたサイゲートという名の少年のことであろう?」
「はい」
「頼もしい若者だと聞く」
「彼は強い意志を持っています。アゼルにとっても、きっと良い友となったことでしょう」
「嬉しい限りだな」
言葉とは裏腹に王は寂しそうに笑む。複雑な心境を覗かせている王を見た海雲はアゼルが口にしていたことを思い出した。
『俺も、安心して行ける』
サイゲートと三人で酒盛りをした時、アゼルが思わず零した本音。それを誰よりも肌で感じているのが、王なのだろう。
「海雲よ、私はお前のことを息子だと思っている。 ……いや、身勝手なことを言っているな。すまない」
「……いえ。そのお言葉、有り難く頂戴致します」
「大聖堂は恐ろしい敵だな。知れば知るほど、恐怖に体の震えが止まらぬ」
「お気を、確かに持って下さい。我らが必ず防いでみせます」
「私ですらこの有様なのだ、お前は誰よりも強くそう感じていることだろう。不甲斐無い私を、許してほしい」
赤月帝国の指導者として、望みを聞き入れる訳にはいかない。海雲はそう、王に言われた気がした。だがそれでも、彼は誰よりも心中を察してくれるのだ。
(あなたは、良き王だ。どうにもならないことは俺とて知っています)
海雲の考えは赤月帝国の方針に反する。そして白影の里が赤月帝国の軍隊である以上、国の方針に逆らってはならないのである。だからこそ海雲は思っていることを口に出来なかったのだが、王は無言の叫びをすくい上げてくれた。結果として否定されることになってしまったがそれだけで十分だと、海雲は思う。
祈るように手を合わせている王を盗み見ていた海雲は、王が祈りを捧げている故人に思いを馳せた。代わりになる者などいない。しかし、同じように想ってくれる人はいるのだ。
(父上、あなたもまた良き友人をお持ちだ。俺はこの国を誇りに思う)
胸中で呟いた時ふと、もうあまり思い出せない父の顔が見えたような気がした。そこで感傷を振り切り、海雲は王を振り返る。
「もう行きましょう。この寒さでは待たされている従者も凍えてしまいます」
促す海雲がいつもの彼に戻っていたので、王も微笑みを浮かべながら頷いていた。




