まもりたい(10)
それぞれに再会を果たしたサイゲート、海雲、アゼルの三人は王城に場所を移して酒盛りをすることにした。城に戻る途中で海雲とサイゲートの双方から話を聞いたアゼルは、私室へ辿り着くまでずっと顔を赤らめて憤慨していた。
「知り合いなら知り合いだと初めから言ってくれ。おかげで恥をかいた」
アゼルがずっと不満を口にしっぱなしだったのでサイゲートは苦笑いを浮かべながら応えた。
「聞かなかったじゃん」
「面識があると思う方がおかしい」
アゼルの言うように一国民であるサイゲートと白影の里の棟梁である海雲が知り合いだとは、当人達から聞かされない限りなかなか思い当たることではない。もっともだと思ったサイゲートが思わず頷くと、アゼルは怒ったまま席を立った。
「今日は堅い話は抜きだ。目一杯飲んでくれ」
大股で歩き出したアゼルは酒を運ばせると言って出て行った。開け放されたまま放置されている扉を見つめ、海雲が小さな声でぼやく。
「あの調子じゃ、今夜は帰してくれないな」
「大変だったんだろ? たまにはいいじゃん」
サイゲートが問うと長椅子に腰掛けている海雲は苦い笑みを零した。
「分かるか?」
「やせたな。顔がこけてる」
「戦争だからな、仕方がない」
「頭の使いすぎなんじゃないのか?」
海雲がやつれているのは肉体的な疲労よりも精神的な疲労の方が原因のように思える。そう感じたサイゲートは久しぶりに『普通のケンカ』でもしてみるかと誘った。すると海雲も、不敵な笑みを口元に浮かべて見せる。
「話によると腕が上がったそうじゃないか。受けて立つぜ」
「工事のおかげできたえ直された。剣も、ちょっとにぎったんだぜ」
サイゲートが大袈裟な動作で剣を構える真似をすると海雲は声を上げて笑った。彼とこうして軽口を言い合うのは本当に久しぶりのことで、嬉しくなったサイゲートも笑みを零す。しばらく二人で笑い合っていたが、やがて海雲が少し口調を改めた。
「アゼルとも仲良くやってるみたいじゃないか」
「それなりにな。アゼルと話してみて、海雲が言ってたことがよくわかった」
「お前は余計なことを考えすぎるんだ」
「かもな。なあ、冬の間は戦争ないんだろ?」
「もともと防衛戦だ、相手の動きに合わせて状況も変わってくる。まあ、一応そう考えてはいるが」
「だったら、また里に行ってもいいか? 本が読みたい」
「熱心だな。そんなに歴史に興味があるのか?」
「最後に読んだ本がさ、気になる終わり方してたから」
サイゲートが内容を思い出しながら聞かせると海雲は次第に険しい表情になり、最終的には口元に手を当てたまま考え込んでしまった。それまでの和やかな空気が一変してしまったのでサイゲートは眉根を寄せる。
「どうかしたのか?」
「その続き、知りたいか?」
「そりゃ、まあ……」
「死ぬ覚悟が必要でも?」
「……死ぬ?」
海雲の口から物騒な発言が飛び出したのでサイゲートは目を瞬かせる。海雲は含みを持たせた息を吐き、仕方がないなという風に髪を乱しながら言葉を続けた。
「どの書物を読んでも続きは知れない。何故ならそれは口伝でのみ継承される極秘事項だからだ。何でそんな本が書庫にあったのか知らないが、里に戻ったら処分しないとな」
「……そんなにヤバイのか?」
「この戦も、それが原因で始まった」
軽い調子の話が思いも寄らぬ展開になり、サイゲートは目を見開いた。
開戦前の演説では、戦が始まる原因は大聖堂という集団が領地を求めて侵攻して来るから自分達の国を護るために戦うのだと言っていた。だがサイゲートが海雲に聞かせた内容は領地を欲することとは何の関係もない。不審に思ったサイゲートは顔をしかめながら海雲に問いかけた。
「オレ達に話したことはウソだったってことか?」
サイゲートが不信感を露にしたので海雲は小さく首を振ってから語りかけるように言葉を紡ぐ。
「嘘じゃない。大聖堂という組織は指揮をしている人間と兵との間に距離がある。兵は大半が流民、彼らが掲げるこの戦の理由が国民に公言したものだ」
「じゃあ、どっちも本当なのか?」
「戦が始まる時には様々な思惑が複雑に絡んでいるものだ」
お互いに真剣な表情で話をしている所に、ちょうどアゼルが戻って来た。室内の異様な空気を察したのか、アゼルは眉間に皺を寄せる。
「深刻な話は抜きだと言っただろう」
「サイゲートが極秘事項を聞きたがるもんで、ついな」
急におどけた口調になり、海雲はさっさと一抜けたと宣言をする。アゼルの鋭いまなざしがこちらを向いたのでサイゲートはたじろいだ。傍まで歩み寄って来たアゼルはわざわざサイゲートの目を見据えながら口火を切る。
「そうなのか?」
「たしかに知りたいって言ったけどさ、もういいよ」
追いつめられたサイゲートが投げやりに言うとアゼルは嘆息しながら体を遠ざけた。アゼルに凄まれていたサイゲートもホッと息をつく。
「まったく、菜の花でも呼んで場を華やかにでもするか?」
その話は終わりだとばかりにアゼルが口調を一変させた。話題に上った知らぬ名に、サイゲートは首を傾げる。
「菜の花って誰?」
「呼び捨てとは度胸があるな。アゼルの妹、つまり姫君だ」
「げっ、姫君……?」
意地の悪い海雲の科白に、サイゲートは顔を強張らせる。それを見てアゼルが笑った。
「あまり城の外へは出ないが、祭の時などに見掛けたことはあるだろう?」
「見たことはあると思うけど、顔までは……」
「そうか? ならば呼んできてやろう」
「いい! いい!」
「遠慮すんな。姫はお綺麗でいらっしゃるぞ」
慌てふためくサイゲートをよそに、アゼルの従者と思しき青年が酒を運び入れてきた。二人してさっそく酒に手を伸ばしているところを見ると、初めから姫を呼ぶつもりはなかったようだ。サイゲートはからかわれたことに頬を膨らませていたが、アゼルがグラスを差し出してきたので反射的に受け取る。そこへ海雲が酒を注いだのでサイゲートもふて腐れるのをやめて乾杯に応じた。




