第9話:隠された素顔
――東雲家シノ(カナメ)の自室。
お披露目の祝宴という名の阿鼻叫喚から回収され、ようやく自室のベッドにお餅ボディを「ぽふん」と沈めた私。
「摩耶様、シノお嬢様、お疲れ様でございました。さあ、お嬢様、まずはその重たいものを外しましょうね」
侍女の杏の手によって、本日私の首を折りにきていた凶悪な『ぼんぼり盛り4連装仕様』が取り外される。
続いて、私の頭皮をこれでもかと後方四十五度へ引っ張り続けていた、あの超強力なひっつめ髪のゴムが、ぷつん、と解かれた。
――その、瞬間。
――ふにょん。
私の顔面を構成していたモチモチの皮膚(粘土)が物理的な張力から解放され、一気に本来の定位置へと雪崩を起こした。
「はい、おでこに絆創膏を貼りましたよ。ふふ、すっかり綺麗になりましたね、シノお嬢様」
杏に手鏡を渡され、何気なくそこへ視線を落とした私は、再び心の蔵が物理的に停止するほどの衝撃を受ける。
「……な、っ……!?(な、前言撤回……ッ!?)」
鏡の中にいたのは、先ほどまで「不満げにふんぞり返るキツめの吊り目幼女」ではない。
ひっつめ髪の呪縛が解けたことで、目元が信じられないほどまあるく零れ落ちそうな、うるうると輝く至高の「パッチリ大粒二重まぶた」の少しタレ目の美幼女がそこに佇んでいたのだ。
(ば、馬鹿な……! 我がお餅の器は、髪の縛り方の張力ひとつで、顔面のパーツ配置すら自由自在に変形するというのか……!? 形状可変大福……!!)
――いや、待て。落ち着け。
パーツの配置こそ奇跡的な美少女のそれだが、輪郭も体型も、相変わらずただのぷよぷよした『球体(大福)』。丸いことには変わりない。
驚愕する私をよそに、部屋の隅でそれを見ていた母マヤが、うっとりと息を呑んで鋭い眼光を走らせた。
「――素晴らしいわ、シノ。流石わたくしの天使ね。杏の技術も見事だけれど、髪型の張力だけで完全に骨格と人相を偽装し、敵の目を欺むくあなたの素質も天分の才能。やはりあなたは生まれついての天才……」
(いや、ただの肉の弾力です、母上……)
「……ですが、シノ。これだけは約束して」
いつになく真剣なトーンになった母マヤが、私のモチモチの手をきつく握りしめる。その瞳は、皇室筆頭お庭番としての冷徹な凄みに満ちていた。
「東雲家本家は代々、皇室の筆頭御庭番。その素顔(大粒二重のタレ目美少女姿)は、絶対に東雲の身内以外に見せてはダメよ。隠密たるもの、真の姿を敵に晒すのは死を意味します。表舞台に立つ時は、常にその『吊り目(ひっつめ形態)』でいなさい。いいわね?」
(……お、お庭番? 隠密……? 敵……?)
私が困惑していると、母上(マヤ様)はふっと口元を緩め、悪戯っぽく微笑んだ。
「昨日の祝宴の終わり際、私が『おねしょ常習犯』だなんて大声で言ったこと、怒っているかしら?」
(はっ!? も、もちろん怒っていますとも! おかげで私の執事としての尊厳は――)
「ふふ、そんな顔をしないで。私はひと目見て分かっていたわよ。あれがただのオレンジジュースの汚れだってことくらい。あの場にいた他家の大人たちも、あなたの異様な『気迫(※執事の矜持)』と、あの名門貴族の令息をハンカチ一枚で手懐けた手際に、恐怖と警戒を抱き始めていたわ。……だからこそ、あえて私が『おねしょの幼児』という特大の泥を塗ることで、あなたの本性を隠蔽して守ったのよ。これも東雲家として裏の仕事(隠密)を隠す為の『情報操作』の基本よ、シノ」
満足げに目くばせ(ウィンク)する母上。
(母上ェエエエエーーーッ!!! 一目で気づいていながら、我が家の裏稼業のために、あえて娘の名誉を貶め、パンツの尊厳をマブダチの前で完全暴露したのですかァアアアーーーッ!!!)
超一流の隠密とは、なんと薄情で、なんと恐ろしい生き物なのか。
(嘘だろ……。我が東雲家は格式高いだけの地味な華族ではなかったのか……!?)
(あの厄災の大予言には、社会的爆発だけじゃなく、生家が国家最高峰の『暗殺一家(闇の生業)』だという最大の凶兆の暗示も出ていたのか……!)
(私は転生後の今世こそ、ただの『格式高い至高の執事(健全な職)』になりたかった……)
(――なのに、なぜ暗殺一家の跡取り娘にされているんだーーー!?)
私の心の中の絶叫の嵐など露知らず、母は「完璧なカモフラージュよ、シノ」と美しい顔で満足げに頷くのだった。




