第10話:幕開け〜日課の瞑想(迷走)と主従の絆
――お披露目祝宴の翌朝。
(――断固拒否する!! 私は人殺しなど絶対にせんぞ……ッ!!)
昨夜、我が東雲家が国家最高峰の『暗殺一家(闇の生業)』だと知った私は、激しい絶叫の嵐のあと、自室の床で厳かに腰を下ろし、静かに眼を閉じていた。
かつて卜者を目指した頃から欠かさず続けている朝の日課——瞑想。
雑念を払い集中力、そして意志の力を高めてゆく。
――前世は平安の世であった。
陰謀と呪詛が渦巻く、文字通り『世が世』という恐るべき時代であったが、私は菅原家の家司として、数々の危機から主人や仲間たちの命を、そして多くの民をも救ってきた。
――だが、最後に私は、我が主である菅原道真様を、卑劣な陰謀から守りきることができなかった。
闇の策略によって主の命を、笑顔を、その未来を理不尽に奪い去る。そんな暗殺や陰謀という名の『悪意』が、どれほど人の心を、幸せを無惨に破壊するか――私は誰よりも知っている。
人の為、主(世)の為、大切な命を守りたいが為に、死に物狂いで卜占を極めた私なのだ。
このカナメ――人の命は守っても、奪った事などただの一度も無い。
たとえ今世の生家が暗殺一家の跡取り娘だとしても、これだけは、これだけは絶対に譲れぬ……ッ!!!
暗殺の初任務を言い渡される前に、私の意志で完璧にこの肉体を御するのだ。まずは精神を研ぎ澄まし、天の理と繋がる……そして卜者の力を取り戻す。
私は目を閉じると呼吸に意識をむける。
————す―は―す―は―。
(※なお、傍目には:モチモチのお餅ボディ(3歳児)が、短い手足を組もうとしても、お腹の肉に阻まれ座禅など出来るはずもなく、ただ目を閉じて座っているだけの幼児でしかない)
そんな迷走(瞑想)の中、朝の支度をしにやってきた侍女の杏が、心配そうに私を覗き込んできた。
「シノお嬢様、お早くから瞑想ですか……素晴らしい心構えです。……あら? ですが、なんだか今朝は元気がありませんね。昨日のパーティーでお疲れになってしまいましたか?」
杏はそう言いながら、私の短い手足を優しくほぐし、甲斐甲斐しく着替えの準備を始める。
彼女は東雲家分家の者で、カナメが生まれた時からお世話係としてずっとそばで温かく見守ってくれている、私にとっては一番信頼できる優しい侍女だ。(※カナメが勝手に白判定しているだけで、実際は跡取り娘のお嬢様を守る為に、分家の中で一番の使い手、分家筆頭御庭番、いわば母に次ぐバキバキの暗殺プロである)
私は、着替えさせられながら、杏にだけ聞こえるような小さな声で、そっと胸の内にある『決死の不殺の誓い』を打ち明けることにした。
「……あん……っ」
「はい、何でしょう、お嬢様?」
私は杏の耳元へモチモチの顔を寄せると、こっそりと真剣な声で呟いた。
「……ち、ちの(しの)は……、ころち(殺し)は……、いやでちゅ……っ」
――ピクッ。
一瞬、杏の目が鋭く見開かれ、その手がピタリと止まる。
私はさらに、前世から抱き続けている不殺の絶対的な哲学を、念を押すように小さな声で付け加えた。
「……にん(ひと)の……、く、くるちゅむ(苦しむ)ちゅがた(姿)を……み、みるのは、いやでちゅ……っ」
(よし、これで完璧に伝わったはずだ。命を奪うことも、人が傷つき苦しむことも私は絶対に認めない。東雲家をそんな血生臭い暗殺一家(ブラック企業)にはさせんぞ、という強い意思表示だ!)
だが、白い(ホワイト)侍女(※だと思っている)杏の脳内(暗殺フィルター)は、私の予想の遥か斜め上で感激していた。
(――ッッッ!!! なんという、なんという恐るべきお覚悟……!!)
(お嬢様は、標的が毒や出血でのたうち回って苦しむ不細工な姿など見たくない……。つまり、苦しむ隙すら与えず脳幹を狂いなく撃ち抜く一撃必殺(即死)の神技を目指されるというのですね……ッ!!!)
杏は感動のあまり激しく瞳を潤ませると、私のモチモチの両肩をそっと掴んだ。
「……シノ様。もし、ご自身にとって『嫌なこと』をすべて避けたいとお望みならば……、シノ様が、誰よりもお強くならなくてはなりません」
杏の言葉が、私の脳髄にカチリと激しい落雷(電撃)を走らせる。
そうだ。嫌な任務(人殺し)を押し付けられないためには、この組織の絶対君主である母上よりも、発言権と権力が強くなればいいのだ。
私はモチモチの拳をギュッと握りしめ、力強く宣言した。
「……しゅ、しゅ(母)、ううん、ははうえ(母上)より……、ちゅ(つ)、ちゅよくなりまちゅ……っ!」
「お、お母様より……強く……っ!?」
驚愕に目を見開く杏に向かって、私は「ふっ」と気高く不敵に笑ってみせた。
「……もんく、いわちぇない(文句は言わせません)……っ」
(私が母上より強くなれば、もう『人殺しをしろ』なんて理不尽な文句は二度と言わせない! 東雲家を私が健全な家業(ホワイト企業)へと改革してやるのだ!!)
その瞬間、杏の目にガチの『忠臣の炎』がメラメラと燃え上がった。
「……承知いたしました。……不肖アン、シノ様がお生まれになった頃よりお仕えしてまいりました。現・国内最強の暗殺者であるマヤ様と比べれば、私はまだまだ未熟ではありますが……シノ様へのお力添え(※下剋上・本家暗殺クーデター)、決して惜しみません……っ!」
覚悟を決めた大粒の涙を流しながら、私の手をきつく握りしめる杏。
(おお……! 通じ合っている、完璧に私と杏の魂が共鳴しているぞ……! 持つべきものは、やはり平和を愛する白き(ホワイトな)理解者だな!!)
杏の同意を受け、カナメは心強い味方の存在を心底頼もしく思うのであった。




