第6話:漢たちの決壊(ジュース)と、白い救世主(ハンカチ)
「大変だ! ちびが大変なんだ!!」
「早く大人を呼んでこい! 漢のプライドが崩壊しちまう!!」
4歳児の漢たちが、男の絆(固い連携)で部屋の外へとバタバタと走り去っていく。
残されたカナメ(※器:シノ、3歳、生物分類:女、見目:丸いお餅)は、先ほど射出された『禁忌の弾丸』の軌道から、東雲家の命運を一人占って戦慄していた。
(不吉な卦だ……。近いうちにこの場所で、東雲家の名誉を揺るがす大事件が起きる……ッ)
――ガシャァアンッ!!!
突如、子供部屋の奥から、凶悪な破壊音が響き渡った。
祝宴に興奮した子供同士の小競り合いで突き飛ばされて派手に床に転がっているのは、格式高い名門貴族の令息(6歳児)だった。
(な……っ!? 名門貴族の子息が負傷だと……ッ!? あの占い、今この瞬間のことだったのかッ!!)
カナメは焦燥に駆られ、弾かれたように走り出す。
――が、現実は冷酷である。巨大に盛られた頭と高級ひらひらドレスの裾が、3歳児の拙い歩行を完全に妨げた。
ドガシャァアアンッ!!!
「うぐっ!?」
猛烈なたたらを踏んだカナメの足は、隣のテーブルに足をとられ、重力優先で顔面から床に激突。
その衝撃で、テーブルの上に並んでいたオレンジジュースが倒れ、液体がカナメのお尻の上へと降りそそいだ。
じょぼ、じょぼぼぼぼぼっ……。
カナメの純白のフリルスカートが、じんわりと不吉な広がりを見せてオレンジ色に染まっていく。
(くっ、冷たい……そして前頭葉に鈍い衝撃! だが、オレンジジュースの水分や額の痛みごときに構っている暇はない! 筆頭執事たる者、家(主)の危機を前に己の事など一顧だにする価値なし……ッ! せいやっ!!)
完全にバランスを失ったカナメは、起き上がる時間すら惜しみ、そのまま床を「ゴロンッ! ゴロンッ! ゴロゴロゴロッ!!」と、超高速回転の団子車輪となって駆けだした。
「う、うわあああん! 痛いよぉおおお!」
頭をぶつけて泣き叫ぶ名門貴族の令息。
その修羅場の中心へ、ドレスの裾を雑巾のように巻き込んだ『団子餅』が、猛烈な回転速度のまま「ゴロゴロゴロッ!」と突っ込んできた。
横回転するカナメは、プロの執事としての超絶技巧(実際は頭上で両手を合わせたロケットポーズから片手をジタバタさせ、ポシェットに手をつっこみ引きちぎるような挙動)で、ポシェットの中から純白のハンカチをシュバッ!と抜き取ると、おへそを見るように素早く丸まりでんぐり返し。
(執事奥義——燕返し——)
――スパーーーーンッ!!!!
起き上がりざま、完璧なスナップを利かせて令息の手元へハンカチをバシィッ!と手渡す。
ここまでは完璧だった。筆頭執事としての義務は100%遂行した。
(東雲家筆頭執事カナメ、ただいま救護に参りまし――)
――ゴロゴロゴロゴロゴロッ!!!!
「……あああっ(※脳内:あ、止まら――)」
丸い団子餅の肉体に蓄積された「慣性の法則」は、あまりにも残酷だった。
手渡しに全神経を注いだ結果、回転の速度を落とすことを忘れたカナメは、ハッとした令息の目の前を、お股をオレンジ色に染めたまま、もの凄い速度の前転で通過していった。
「えっ……?(唖然)」
あまりの奇怪な出来事に涙がひっこんだ名門貴族の令息の手元には、なぜか握らされている真っ白なハンカチ。
視線を横に動かせば、玉虫形態の幼女が、部屋の対角線上の壁に向かって転がっていく。
ドガシャァアアアンッ!!!
と二度目の正面衝突をかまし、おでこから「ごちんっ!」とさらに鮮血を噴き出させてひっくり返っている、お漏らしドレスの幼女(3歳)。
——しかしこの後、カナメは何事も無かったかのように、すっくと立ちあがるとポシェットからもう1枚真っ白なハンカチを取り出した。
——((((えっ!?))))
ドレスのお尻をオレンジ色に濡らし、デコから血を流しながら、気高く佇む3歳幼女(粘土風船)。
名門貴族の令息が恐怖と謎の畏敬の念で危ぶむように見つめ、駆けつけた大人や4歳児の漢たちがその異様な光景に唖然とフリーズする中、東雲家の筆頭執事、家令カナメは、今こそ己の身分を明かし、この場を完璧に統率するタイミングだと確信した。
カナメはオレンジに染まったドレスの裾をひらりとさせ、新たに取り出した2枚目のハンカチで血の滴るおでこを誇らしげに拭うと、最高にキリッとした決め笑顔を浮かべて言い放った。
「ち、ちの ひつじでちゅから!(※脳内:しのは東雲家の筆頭執事ですから。この程度のトラブルの処理など、造作もありません! ふっ)」
「「「…………(限界突破のフリーズ)」」」
ち、ちの ひつじ――血の、羊。
おでこから血を流し、下半身を決壊させたドヤ顔のドレス幼女から放たれた不吉すぎるそのワード。子供部屋にいた全員の脳髄が理解不能でパニック状態になったのは言うまでもない。




