第4話:魔窟の子供(エイリアン)と、おっぱいの卒業(勘違い)
会場の招待客の笑い(※カナメ脳内では失笑)をかったカナメは、自分は東雲家の名に泥を塗って傷つけてしまったのだ、と居た堪れない気持ちで舞台(お立ち台)に立ちすくんで動けずにいた。
「しぃちゃん、とっても可愛らしかったわよ」
迎えに来た母の聖母の微笑みを見たとたんに、カナメの気高き意志に反して、3歳児の身体の瞳に大粒の涙がじんわりと滲む。
(泣くな、カナメ……っ! 任務に失敗しただけではなく、この醜態。母上に対して、もはや合わせる顔がない!)
「は、母上……ち、ちっぱい……(母上、申し訳ありませぬ。大失敗してしまいました……)」
「ん? しぃちゃん、おっぱい?」
「……ち、……ち、っぱい……(いえ、違います。失敗です)」
「しぃちゃん、ごめんね。3歳になったから、もう、おっぱいは終わりよ?」
そう言って、母は至極優しくカナメのモチモチの身体(器)を抱き上げる。
「……もう……いいでちゅ……(……筆頭執事として、もう結構です)」
「ふふっ、しぃちゃん偉いわ。おりこうさんね」
母はカナメの目に滲んだ涙をそっと指先で拭うと、声を明るくして言った。
「しぃちゃん、元気だして! かあさま、しぃちゃんの大切な七つ道具を持ってきたのよ」
「ななつ、どうぐ……」
さっきまで涙を溜めていた瞳が、筆頭執事ならば手放せない必需品(小道具)が戻ってきたと知り、刺激をうけて、キラキラと輝き出す。
「そうよ。今日はお披露目のお洋服を着ているから、いつも持ち歩いている『しぃちゃんのポシェット』とは違うけど。お口が閉じてないから気を付けてね!」
そう言って、母はカナメの首にそれを下げてくれた。
「だ、だいじょーぶでちゅ(大丈夫です、完璧に管理してみせます。お任せください、母上)」
「ふふ、じゃあ、子供部屋で沢山のお友達が待っているから、そちらに行きましょうね」
(え!? お、お待ちください母上! こ、子供部屋とは何ですか!? 私は大人たちの夜会に付き従う方が……ああああ……どうか床に降ろし……ッ!!)
じたばたと藻掻くカナメの内なる絶叫も虚しく、母の圧倒的な抱擁力によって、超一流執事は子供部屋へと強制送還されるのであった。
―― 子供部屋 ――
そこはカナメにとって、未知なる得系の知れない生物どもが跋扈する魔窟であった。
カナメは前世、子供と接触することなど皆無の人生だったため、子供という生態を全く理解していない。
そんな危険地帯に、母はカナメをポイと降ろすと、「みんな、この子と仲良くしてあげてねー」とだけ言い残し、さっさと風のように去っていった。
いったいどう立ち回ればいいのか? 何が起こるのか?
戦々恐々、おっかなびっくり状態でただ直立不動(※のつもり)で突っ立っているカナメの周りに、わらわらと小さな影が集まってくる。
「おい、ちび」
「お前、だれだ?!」
(はっ、この展開……! 自己紹介をしろということですね! かしこまりました。東雲家筆頭執事としての威厳、今こそ見せつけてくれよう)
カナメは執事のポーズをとるため、右足を一歩前に出す。本来は直立なのだが、3歳児の球体体型では無理だと判断した。
優雅な所作(※のつもり)で右手を後ろに、左手は胸にあてる。
(まずは第一印象が大切です。あまりへりくだって、東雲家を舐められてはいけませんからね。格式を示しつつ、礼は最低限の会釈程度で良いでしょう)
カナメは、そう想定すると、ほんの少しだけ頭を下げる。
カナメの筆頭執事の威厳という気高き意志の強さに、4個のぼんぼりで山のように盛り付け済の幼児頭は……一瞬止まる。
――――ぐ、……らぁ~ん! ゴツッ!!
カナメの矜持は重力の大きさに負け、そのまま加速度をつけて「ゴツッ」と大きな音を響かせ、短い膝に激突して、止まった。
「ち、ちの、ひつじでちゅ!(くっ……! 東雲しの、執事です!)」
………………(唖然)。
「えっ!? なに今の? こわっ!!」
「うわっ! あぶなっ!!やばくないっ?!」
カナメの自爆とも見えるお辞儀に、子供たちが一斉に騒ぎ立つ。
「えっ!? 乳の羊って? 家畜?」
「何なに??新種の家畜? 搾乳用とか?」
ち、ちの、ひつじ――乳の、羊。
(なんということだ。幼児特有の恐るべき滑舌(舌足らず)により、格式高き自己紹介は、一瞬にして「新種の家畜(搾乳用)」へと成り下がってしまった。)
目の前の3歳児が放った謎のパワーワードに、子供部屋のエイリアンどもが一斉に混乱している。
「ち、ちがいまちゅ……ち、ちの、ひつじでちゅ!(違います! しのは執事です!)」
必死で頭をゆらゆらさせて、懸命に説明するカナメ。
「乳がいる? やっぱり乳の羊か?」
「ふっ、まだ3歳になったばっかだもんなぁ」
「おい、ちび. どんなに乳が恋しくても、今日からはもう貰えないんだぞ」
「ち、ちっぱい……(くっ……またしても失敗した……!)」
あまりの理不尽で不名誉な誤解に、カナメの目に悔し涙がじわりとうかぶ。
(不甲斐ない……! 筆頭執事たる私が、4歳児からおっぱいの卒業を悲しまれ同情されるなど、東雲家の末代までの恥……ッ!!)
すると、それを見た4歳児の先輩たちが、深く頷きながらそっと肩に手を置いてきた。
「……おっぱいか。わかるぞ、その気持ち」
「そんなに落ち込むなよ。すぐに慣れるさ」
先達者が未熟者を励ますような、そして男の熱い友情が込められた手つきで、ポンポンとカナメの肩を叩く。
「ほら、お菓子でも食べて元気だせよ」
差し出されたクッキーに対し、3歳児のカナメの肉体は、強固な筆頭執事の理性とは裏腹に、極上のモチモチした反射速度で「ぱくっ」と受け取ってしまった。
「……ありがとうごぢゃいまちゅ(ご丁寧にありがとうございます)」
まあ、いいだろう。今回は貸しにしておく。次に挽回すれば良いのだ――と、超一流筆頭執事は瞬時に気持ちを切り替え、もぐもぐとお餅の頬を膨らませながらお礼を述べるのであった。




