第3話:愛の4連装(ぼんぼり)と、お披露目の阿鼻叫喚(パーティ)
(うーん……。窓から差し込む朝の陽ざしが眩しい……はっ! 不覚……っ! すでにお天道様が光り輝いているではないかっ!)
カナメは勢いよく頭を起こしようとするが、昨夜のお風呂の逆上せか、はたまた打ち所が悪かったのか、視界がぐらぐらと激しく揺れた。
(しっかりしろ、カナメ! 今日は東雲家の重大任務の日だぞ。頭を揺らしている場合ではないっ!)
のぼせ残りで脳髄がふわふわする中、なんとか支度のために巨大鏡の前に座ると、ちょうど扉を開けて母が入ってくる姿が鏡面に映った。
――(なにっ!! な、なんと! 増量しているではないかっ!!)
母の美しき手には、大人の拳大ほどもある「ぼんぼり」が、凶悪にも4つ握られている。
「しぃちゃん、昨日衣装合わせしたでしょ? 少し寂しい気がして。足したらもっと可愛いと思うのよねー」
優しく微笑む母の手によって、左右の髪(二つ結びのおさげ)に巨大なぼんぼりが2個ずつ、計4個――驚異の『ぼんぼり盛り4連装仕様』が容赦なく設置された。
鏡の中に映るのは、もはや高貴な執事ではない。ファンシーな髪飾りと巨大な頭部の質量に圧殺されそうな、どこを見ても色んなものがぷよんぷよんと揺れる、ただの大玉の集合体幼児。
(……なるほど。これが母上の、私への『愛』という名の試練……! 私の首の筋力をこれ以上ないほどに鍛え上げ、真に強靭な家令へと育て上げようという、無言の激励なのだな……ッ!!)
カナメは、重みで首が「カクン」と折れそうになるのを、執事の意地だけでぷるぷると支え続ける。
「しぃちゃん、可愛いわ! 今日は一段と素敵ね!」
「……っ、ちののめ ちの、光栄です……(首が、首が引きちぎれそうです、母上……ッ!!)」
重力で膨らみゆく頬を、母に気づかれぬよう必死に引き締め、カナメは本日最大の難所、「お披露目会場」へとフラフラの千鳥足で歩み出した。
大広間の扉の前で、カナメは大きく深呼吸する。
(大丈夫だ! たとえ練習時間が足りなくとも、本番には滅法強い私! きっとこの大舞台を完璧に乗り切れるはずだ。すーはー、すーはー、いざ参るっ!)
気合を入れて颯爽と一歩を踏み出す。
カナメの脳内では、洗練された高貴なオーラすら纏う花道が繰り広げられている。
だが、現実は違った。頭部に計4つの巨大ぼんぼりを搭載し、その重量に押し潰されそうになりながら全身を小刻みにぷるぷる震わせ、ゆらゆらと前進する、極めて危険なバランス歩行の質量兵器(揺れるこけし幼児)。
招待客らは、あまりにハラハラするその光景(歩行)から、片時も目が離せない!
挨拶用の中央舞台(お立ち台)の階段に足をかけたと思えば、頭がぐらん。一段あがれば、さらにぐらんぐらん。
(ひ、ひえええ――っ、やめてくれ――っ! 心臓に悪い!!)
(あれは、本当に大丈夫なのかっ!? 転んだら流血沙汰じゃ済まないぞ!!?)
招待客の脳内チャットは、挨拶が始まる前からすでに大パニックである。
極めつけは、カナメが三段目の最上段にあがりきり、あの電撃の「超高速執事の礼」を放った瞬間だった。
ゲスト(招待客)に向かって勢いよく上体を下げ、その勢いのまま頭を振り上げたせいで、頭部の猛烈な慣性に肉体が振り回される。
たたらを踏んだカナメの身体が、右へ左へと舞台の上で無様に右往左往しはじめた。今にも台から落ちそうな挙動。
(うぉおおおおおお! 落ちるぅううう!勘弁してくれ―――っ!! ヤバすぎるだろぉーよ!!)
会場内は声なき阿鼻叫喚の渦!!
カナメがようやく物理的に停止した頃には、主役の挨拶が始まってすらいないというのに、招待客全員がどっと疲れ切っていた。
しかし、カナメにとってはこれからが真の勝負だ!
貴族たちの冷ややかな視線(※実際はただ疲弊しきった視線)が突き刺さる中、カナメは勇敢に一歩前に踏み出した。
(……名乗らねば。東雲家の筆頭執事として、己の誇りを……!)
「(すーはー)……し、し、ち、ちののめけ、ちっとうひつじ、ちののめ ちのでちゅ!!(東雲家の筆頭執事、しののめ しのです)」
――――しんと、静まり返る会場。
(……っ!! し、しまった……! 『し』が、またしても幼児の滑舌で『ち』(舌足らず)に……ッ!! くっ、不甲斐ない……ああ、父上の、母上の、東雲家の恥だ。筆頭執事の座が、また彼方へと遠のいていく……!)
カナメは、ぷよんぷよんの身体を揺らしながら、激しく己の失態を悔やんだ。
だが、大人の目に映るのは――噛みまくった自責の念から、真っ赤な顔をしてほっぺを「ぶくーっ」と膨らませ、ムッとした顔つきでふんぞり返っている最高に焼きたてのお餅の幼児の姿であった。
その必死な挙動と、無駄に漂う気高さ(執事の魂)との強烈なギャップ。
「……ぷっ、ふふ」
誰もが「笑ってはいけない」と必死に我慢すればするほど、その幼児の尊さに意識が集中し、余計に決壊寸前の笑いがこみ上げてしまう。
――そしてついに、耐えかねた一人が「ブフッ!」と吹き出したのを合図に、静まり返っていた会場は一瞬で大広間いっぱいに、堰を切ったような爆笑の渦が広がっていった。
母に至っては「あぁ……なんて可愛らしいのかしら」と、ハンカチで感動の涙を拭うほどであった――。




