第17話:禁忌の種まきと主の躾
「さて、シノ様。お魔豆を植えるための掘削穴は完成いたしましたぞ。ですが、ここからが本番……お魔豆の種は、次代の主である貴方様ご自身の手で植えねばならんのですじゃ」
おじぃ(サク)はそう言うと、作業小屋から持ってきた『3歳児用』と書かれた、やたらと肉厚で物々しい防護手袋を私の短いおててにハメてくれた。
(おいおい、ただの種まきに防護手袋って、どんだけヤバいブツですか。まあ、あのド紫の不気味に脈打つメロンサイズのお豆です、直接触ったら指が溶けるとかそういう東雲家特有のトラップがあるのかもしれません。よし、ここは手早く掴んで、あの地下100メートルの暗闇にポイッと放り投げ、即終了の手筈で――)
私は意を決して、おじぃが差し出した台車の上でドクンドクンと脈打つド紫のお魔豆へと両手を伸ばした。
幼児の短い腕で、なんとかその禍々しい球体を持ち上げた、その瞬間——。
ピクッ……ピクピクッ!
シュルシュルシュルシュルル——ッッッ!!!
(((ひ、ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーッッッ!?!?)))
防護手袋をハメているにもかかわらず、手袋の内側にある『気』を察知したお魔豆の表面から、赤黒い不気味な血脈(血管の触手)が生き物のように飛び出した。そして、私の両腕に向かって、まるで愛犬が尻尾を振ってじゃれつくかのような強烈な勢いで、シュルシュルと締め付けるように触手を絡みつけてきた。
(絡みついている絡みついている絡みついているぅゥゥ!!! 寄生されます! 脳を乗っ取られます! 助けてください! 誰かこれ引き剥がしてぇぇぇぇえええ!!!)
どう見てもエイリアンが寄生するホラーな映像に、私の脳はパニックでまっ白になった。恐怖のあまり、私は無我夢中で両腕を力の限りブンブンと振り回した。
「ぎいやぁぁぁぁぁ!!! 離れろぉぉぉお!!!(ブンブンブンブンブンッ!!!)」
弾力のあるモチ肉が生み出す火事場のバネ力は凄まじい遠心力を生み、私の腕にガチ恋ホールドをキメていたお魔豆は、一瞬で引き剥がされ――。
――スッポオォォォォォン……ッ!!!!!ヒュウオォォォォォオオウンッッッ!!!
綺麗な放物線を描きながらド紫のメロンは、先ほどおじぃと杏が穿った直径3メートル、深さきっちり100メートルの暗黒掘削穴の底へと、これ以上ない見事なハンドシュートで叩き落とされたのだった。
――ズ、バガアァァァァァァァァァァアアアアンッッッ!!!!!
「……おぉ」
「まあ……っ!」
それを見ていたサクおじぃと杏が、同時に歓声をあげて両目をキラキラと輝かせた。
「なんと見事な……! 血脈を伸ばして主を誘おうとした生意気なお魔豆に対し、一分の隙もなく『分を弁えよ』と奈落の底へ叩きつけ『力尽くの躾(英才教育)』をほどこすとは……! さすがはシノ様、悪魔の木ごときに舐められる器ではありませんでしたな……!!」
「はい、おじぃ様! シノ様とお魔豆が赤い糸(※血管)で結ばれたかと思った刹那の、あの圧倒的な王者の風格……なんと苛烈で美しい主従の儀式なのでしょう……ッ!(熱い涙)」
(どこをどう見て美しいとおっしゃるのですかァァァッ!!!)
ただ恐怖のあまり全力でブン回したら、偶然決まっただけです!! 躾とか調教とか、3歳児を勝手に魔王認定しないでいただきたいッ!!!
私が心の中で唾を飛ばしながら絶叫している横で、地下100メートルの底からは「ドクン……ドクン……(※ハニー、激しい愛の折檻、惚れたやしたぜぃイイッ!)」と主の気を直接吸ったお魔豆(両性種)が、危ない恋心を高鳴らせていた。
「シノ様、実にお見事でしたぞ。これで第一段階は完了ですじゃ。……実を申しますと、『お魔豆(絞殺魔豆)』は、代々、東雲家当主の生気と世代交代を司る、東雲家一子相伝の特別な存在でしての。」
サクおじぃが、急に大真面目な顔になって白髭を揺らした。
「本日植えるお魔豆は、現当主であられるマヤ様がシノ様をご出産された時に、親魔木から生まれた『子魔豆』。
マヤ様が幼少時(5歳〜)の頃は、わしとイネ(おばぁ)の指導のもと先代親魔木の子魔豆に気を与え育成しておりましたが、マヤ様が10歳の時にご生母を亡くされた時点で、マヤ様のお育てになった子魔木がこれまでの先代親魔木の生気をすべて吸い上げ、現在の『新・親魔木』へと進化したのですじゃ。
主が生気を多く与えて育てれば、魔木は生気を蓄え、主が望んだ時にまれに次の子魔豆が実るのです。それを庭師のわしが管理しておったわけですじゃ。」
(えっ!?……では、私が先ほど地下100メートル先に叩きつけたあのエイリアンメロンは、この先、私の『気(主食)』を吸いとってスクスク育つってことですか……? 恐怖の寄生栽培ライフが確定してしまったというお話……?)
自らの生気の安否に顔面を青白くさせている私を見て、杏がポンと拳を叩いた。
「シノ様、ご安心ください。マヤ様の時はおじぃ様とおばぁ様2人の指導での育成でした。今回はおじぃ様おばぁ様2人の遺伝子を嗣ぐこの杏とシノ様、そして現在お供(護衛)となった迅殿、その3人で気を与えることになります! ですが杏はまだ18歳、ジンも20歳、おじぃ様やおばぁ様がマヤ様について指導していた年齢時より遥かに若い我々はまだまだ発展途上にあります。一切気に病む必要はございません」
「……俺も、ですか?」
胃が消滅して青紫色の顔をしていた迅が、突然の巻き添えにガタッと肩を震わせる。杏ちゃんはフッと凛々しく微笑んだ。
「ええ。それに、シノ様を見る限り、あの素晴らしい『お餅ボディ』を維持されているということは、すでに体内で気を巡らせることはほぼ完璧に出来ているご様子……! ですのでシノ様、明日からさっそく、外に向かって気を放出する練習(スパルタ特訓)を始めましょう! 」
(……!? できるわけがないでしょうが!!! 私が嗜んでいたのは集中力を高めるだけのただの呼吸法です! そんな都合よく出し入れできる便利機能はありません!!! 外に出ているのは、ただの幼児特有のモチモチ肥満肉(お餅ボディ)だけですよ!!!)
私の心の反論などお構いなしに杏は続ける。
「万が一、うまく出来なくともお魔豆が勝手に最低限必要な分は周囲の土壌から吸い取りますので、吸い取り範囲に座っているだけでコツはつかめるはずです。お魔豆の生気吸収範囲は、だいたい半径100メートルほどですので、お魔豆のご飯(生気)についてはご心配には及びません!」
(なに!? だから地下100メートルまで掘り下げたのですか…知能犯だったのですね……!)
地上のおじぃ達に影響が出ないように、ピンポイントで私の足元だけがデスゾーンになるように計算された深さだったとは! 嫌すぎる緻密な計算を隠した優しい笑顔のおじぃに毒づく。
(これでは座っているだけで強制ドレインされるただの処刑場じゃないですか!!!)
明日から気功放出の特訓……! 3歳児に課すカリキュラムの治安が劣悪すぎます東雲家!(※いや、杏か)
さらなる地獄(※お魔豆の餌やり)を確約され、私が小さなお餅ボディをプルプルと震わせる横で、
「はは……3歳児と一緒に、気功の栽培特訓……。もう驚かねえぞ……俺は東雲の犬になるんだ……」
心のダメージの強すぎた迅が、虚ろな瞳で、庭の土を弄り始めるのだった。




