第18話:限界モグラの深夜のストーカー
「……ふむ。しかしシノ様、このままでは少々、護衛に問題がありますのぉ」
サクおじぃが急に腕を組み、奈落の底でガチ恋の脈動を刻む魔豆穴から、鋭い目で隣の迅へと視線を移した。
「ジンと言ったな。お主の『万力』、技の練り込みがまだまだ未熟。わしと杏が乗っただけで膝を笑わせ、気を乱すなど……東雲の隠密としては基礎の基礎すらできておらん。このままではシノ様の護衛(お供)など到底務まりませんぞ」
「……っ!?(※国家最高峰の暗殺特訓を同期の中で首席で耐え抜いた男の絶望)」
ガチの重戦車2両分の質量を20メートル上空から支えきった超人に、まさかの非情なる戦力外通告。迅の顔面から、降格のショックで2階級分の血の気が引いていく。
(これでダメ出しされるのですかよォォォオオオーーーッッッ!?!?)
私の脳内で、迅への同情が限界突破する。
(おいおじぃ、要求スペックが高すぎるのでは!? 迅くんは20歳の人間の若者ですよ!! 東雲家本家が求めているの、護衛じゃなくて油圧式の巨大ジャッキか何かなのですか!?)
「では迅殿、明日からの気功特訓の前に、まずは足腰の鍛錬といきましょうかのぉ。ちょうどいい重労働(お魔豆の埋め戻し工事)もありますしの」
おじぃはそう言うと、どこから取り出したのか、迅の身長ほどもあるバカみたいに巨大な鉄製のシャベルを笑顔で手渡した。
「この直径3m、深さ100メートルの掘削大穴を、日没までにすべて人力で元の更地へと埋め戻すのじゃ。これもすべて、足腰の鍛錬、シノ様を護るための修行の一環ですからな」
「ひ、日没までに、100メートルを、人力で……っ!? 一人でっ!?」
(過労死するってばよぉぉオオオ!!!)
明日からのデスゾーン座禅特訓の前に、初日からガチの強制労働に巻き込まれ、迅はついにその場へ崩れ落ちた。
「ふん、軟弱な男ね」
使えないガラクタを見るような冷めた杏の眼差しが突き刺さる。
杏の視線に串刺しにされながらも、男の意地でなけなしの力を振り絞り、迅はふらふらと立ち上がると、必死にシャベルを動かし始めた。彼の背中は、涙で濡れている。
(頑張れ、超頑張れ迅くん……! 私は昨日3歳になったばかりの、なーーんにもできない可憐な幼児。手伝ってあげたいのは山々ですが、こればかりは年齢制限(3歳)に引っかかるから仕方ありませんよね! うん、仕方ない!! 今日だけは、今日だけは私はただの可愛い置物(お餅)に徹させてもらいます!!!)
私は魂縛皮のマントの隙間から、必死にシャベルを動かす彼の雄姿を温かい目で見守りながら、心の中でだけ、そっと彼に手を合わせた――。
「シノ様。そろそろ夕飯の支度の時間ですし、お部屋に戻りましょう。今夜はシノ様の大好きな、すり潰した特製お餅粥(※ただのお餅の離乳食)ですわ!」
杏がすっかりいつもの「可愛いお姉ちゃん風の笑顔」に戻り、私の手を取って歩き出す。
去り際、私がなんとなく背後の大穴を振り返ると――。
(いや、まだ3分の1も埋まっていませんヨッ!!!)
そこには、全身泥まみれになり、汗と涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、マッハの速度でシャベルを振るう迅くんの姿があった。日没のタイムリミットはすぐそこまで迫っている。どう見ても、残りの3分の2を日没までに人力で埋めるのは物理法則的に不可能だった。
――数時間後。
カナメはすり潰した特製お餅粥を美味しくいただきベッドに入ったものの、どうしても気になって、夜、みんなが寝静まった後にこっそり裏庭の様子を見に行った。
月明かりが照らす裏庭には、昼間の穴埋め作業を遥かに凌駕する速度でシャベルを振るう「何か」がいた。
「サクッ、ザザッ、サクッ、ザザッ……!」
(人間の動きではございません……!!!)
そこにいたのは、涙も鼻水も枯れ果て、目が完全にガンギマッた状態で、高速ピストン運動を続けるマシン迅くんだった。足腰の強制鍛錬の成果が出始めたのか、昼間より明らかに下半身のキレが増している。
「あはは……おじぃ、見てるか……? 膝、もう笑ってないぞ……。気を乱さず、等速で土をすくう……これが、俺の万力……東雲の万力……! 大地の気を循環させ、等速で土をすくう、入れる、すくう、入れる……これが、俺の万力……東雲の、万、力……ッ!」
(壊れている! 完全に精神がぶっ壊れた状態で新境地に達しちゃっていますよ!!!)
哀れな暗殺部隊首席の完全なるマシンドール化に、カナメがこっそり覗き見しながらガタガタ震えていると、
「……がふっ」
糸が切れた人形のように、迅はシャベルを握ったまま、白目を剥いて前のめりにズドォォォンと倒れ込んだ。ピクリとも動かない。過労死(※気絶)である。
(ジンくーーーーーーん!!!!! 万力の極意を掴みかけた瞬間に力尽きたァァァアアア!!! いや、掴んでから逝ったのか!?)
カナメが心の中で大絶叫の自問自答を行ったその時、タイミングを見計らったように脳内に甘く艶っぽい声が響き渡った。
『――ねぇ、ハニー? ほら,ね? あいつ、もう限界みたいだけど……【あいつを助けてやろうか?】』
(ビギャァァァアーーーーーーッッ!!! 喋ったァァァアアア!!! あのメロン、根を張る前に脳内に直接語りかけてくるタイプのお豆だったのですかォォォオオオ!?!?)
カナメの動揺を好機と見たお魔豆は、ここぞとばかりに営業をかけてくる。
『代償なんて大層なものは要らないから。あなたが夜、眠っているときに、ほんの、ほんの少しだけ、私に気を分けてくれるだけでいい……。そうすれば、あの子の仕事、私がいっしゅんで片付けてあげる。ね? 悪い話じゃないでしょう?』
カナメは脳内で全力の拒減ボタンを連打した。ブ、ブ、ブ、ブ、ブ、ブー!!
(騙されませんぞ!!! そうやって最初は少しだけって言って、最終的にはがっつり生気を吸い尽くすつもりですね、妖魔めっ!!!)
しかし、お魔豆はクスクスと淑女のように艶っぽく笑う。
『嫌だわ、心外ね。自分にはダーリンが必要なんだから、大事な連れ合い(パートナー)にそんなことするわけないでしょ? 死なせたら私が困っちゃうしぃー(ぶりっ)』
(妖魔と連れ合う気など、毛頭ありません!!! あと『死なせない(ただし限界までは吸う)』みたいな恐ろしいニュアンスを残さないでくださいィィィ!!! 人の心を試すとは、なんと卑怯な妖か……)
目の前には白目を剥いてピクリとも動かない護衛。
脳内には、すでに婚姻届を提出済みのテンションで外堀を埋めてくるぶりっこお豆。
板挟みの3歳児カナメは、「もう嫌ですこの家、どこか誰もいない遠くへ家出したい……!」と夜風の中で迅とお豆だけではなく、自身の良心と私心にまでも挟まれて、逃げ出すことも出来ずにどうしたものかと途方に暮れるのだった。




