第16話:人間杭打ち掘削工事
「では、お魔豆(※ド紫の心臓メロン)との顔合わせも済み、歓迎の舞も落ち着いたようですし、さっそく種を植えましょう。皆さま、もうしばらくお待ちを」
庭師の老人は人の好さそうな笑みを浮かべると、歳の割にはしっかりした足取りで、再び作業小屋へと戻っていった。
一刻も早くこの不気味に脈打つ禍々しいド紫のメロンから離れたい私は、安堵の息を漏らす。
(ふぅ……ひとまずは植え付けの準備ですか。さすがにあの脈打つ魔物の心臓みたいな種です、移植ゴテってわけにはいかないでしょうから、植え付け用の専用のスコップか、頑丈なシャベルでも持ってくるのでしょう。さすがの東雲家でも、植える作業そのものは普通の園芸のはず――)
だが、そんな私の淡い期待は、ゴロゴロと鳴り響く不穏な地鳴りによって一瞬で粉砕された。
作業小屋から戻ってきたおじぃが両肩に担いでいたのは、スコップどころか、高さ20メートルはあろうかという、バカみたいに巨大な金属製の梯子が2脚と3mの棍棒2本。それを軽々と担ぎながら、おじぃは平伏した状態の迅の前に仁王立ちした。
「お主、分家の新鋭と聞いたが……『掘削の技』は極めておるか? 庭園造り(城攻め)の基本中の基本なのじゃが?」
「……え? いえ……(※暗殺の特訓しかしてない)」
突然の建築業界用語に、迅が戸惑いの声を漏らす。おじぃはフムと白髭を揺らした。
「そうか、では『万力』の方をやってもらうかの? 東雲の隠密にとっては基礎中の基礎じゃしのぉ」
(万力……! 土と身体をめぐる気を循環させ、大樹のごとく大地に根を生やすように踏みとどまる、東雲流の極意……! それくらいなら、天才と言われたこの俺に出来ないはずがない……ッ!)
「……できますっ!!」
プライドを傷つけられた迅が、ここぞとばかりにドヤ顔で言い放った。
その必死な虚勢を横目に、おじぃは今度は私の隣に控える完璧な美少女侍女へと視線を向けた。
「杏、お前は子供の頃からわしと掘削をやっておるから大丈夫じゃな? このお魔豆は親木から生まれた子種じゃから、まぁ、深さ100メートルも掘れば大丈夫じゃろう」
((100メートルォォォォオオオーーーッッッ!!!))
私の脳内で、本日またもや絶叫が吹き荒れる。
ちょっと待ってくださいおじぃ、今サラッと「100m掘れば大丈夫」って言いましたか!? 豆の種を植える深さがガチの超高層ビルの地下杭打ち工事レベルじゃないですか!!! 要求したのはお豆! 埋蔵金か石油でも掘り当てる気ですかァァァ!!!
というか杏ちゃん、あなた、おじぃの孫だったのですか!? そりゃ分家筆頭で脳幹クナイ突撃(第10話)ができるわけですよ!!!(※驚きすぎて脳内がどんどん中年寄りに)
「ジンと言ったな。では万力を使って、この2脚の梯子をガチッと抱え、ナナメの形でがっちり維持するのじゃ。絶対に動かすでないぞ?」
「はっ、御意……!」
迅が気を練り上げ、大地に根を生やす構えをとる。その両肩に、2脚の巨大な梯子が交差するように預けられた――その瞬間だった。
「では杏、いくぞ」「はい、おじぃ様」
2人が、それぞれ長さ3メートルはあろうかという巨大な鉄の棍棒を背中に担ぐ。
そして、迅が支える梯子へと、おじぃが足をかけた刹那、
ズゥゥゥゥゥウウウウウンッッッ!!!
「ぐふっ……っ!?!?(迅の心の悲鳴)」
梯子を支える迅の膝が、見たこともない角度でミシミシと激しく軋んだ。顔面が一瞬で青紫色の階調へと変色していく。
それもそのはず、年老いた庭師おじぃの正体は、かつて裏社会で国中の城門を丸ごと粉砕して回った伝説の人間攻城兵器――通称『攻城の重戦車』。その肉体は極限の鋼の身体(鋼体術)によって、一歩の質量がガチの重戦車並みに重いのだ。
(お、重い……ッ!? なんだこのジジイの質量は……! 身体が……、万力の気がへし折られる……ッ!! 嫌だ、あの女メイドに見られている手前、ここで潰れるわけには――)
必死に虚勢を張って耐える迅の梯子に、続いて杏が駆け上がる。
ドドドドドォォォォォオオウッッッ!!!
(ぎゃああああああああーーーっっっ!!!(迅の心の悲鳴・2回目)
細身の可憐な美少女であるはずの杏が乗った瞬間、さらに戦車1両分の質量が上乗せされ、迅は白目を剥き昏倒しかけた。
実は杏ちゃん、元・音速の隠密にしてマヤ様の乳母であったおばぁ「イネ」の『神速』と、おじぃ「サク」の『重戦車』の遺伝子を完璧に受け継いだハイブリッド。殉職した両親の代わりにジジババから、「親のような早死は決してさせぬ」と本気で鍛え上げられた結果、見た目は可憐なメイドなのに、中身は【戦車の質量で音速移動する最凶の人間兵器】へと仕上がっていたのである。
「「せいッッッ!!!」」
梯子の頂点(20メートル上空)に達した双方の戦車が、大空へと跳躍。
そのまま、3メートルの巨大棍棒を真っ逆さまに構え、自由落下による音速の人間杭打ち突撃を地面へと敢行した。
ドバァァァァァンッッッ!!!!!
ズガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ!!!!!
凄まじい衝撃波と爆音が鳴り響き、東雲家の庭園が激しく揺れる。
おじぃがパワーを活かして一撃で10メートル掘り進めば、杏ちゃんはおじぃの3倍のスピード(音速)で棍棒をピストンのように高速連打し、一撃10メートルをボコボコと狂った速度で穿っていく。
(ひ、ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーッッッ!!!!!)
あまりの爆風とおぞましい人間重機の作業風景に、私は魂縛皮のマントにくるまったまま、ひん剥いた釣り目を閉じてお餅ボディをプルプルと震わせるしかなかった。
なんですこれ!? 種まきのはずでしょうがァォォ!!! なんでお庭で大陸間弾道ミサイルの地下サイロ建設みたいなことやっているんですか!? ありえんやろーっ!!!
わずか10分後。
およそ人間業とは思えない爆音工事の末、庭のど真ん中に直径3m、深さきっちり100メートルの完全なる掘削大穴が爆誕した。
「ふぅ……やはり少しブランクがありますね。私はまだまだ未熟です。シノ様の母君、マヤ様であれば、うふっと微笑んで一撃で終わるのですが……力不足で10分もかかってしまいました」
棍棒を肩に担ぎ、涼しい顔で汗一つかいていない杏が、申し訳なさそうに私に頭を下げた。
(お母様は一撃なんですかこれーーーーー!?!? 重機でももっとかかりますよ!!! あのほんわかしたフリフリドレスの下、どういう馬鹿出力(馬力)になっているんですか東雲マヤァァァアアア!!!)
私が母上のチート力(※実はカナメのこのお餅ボディもお母様譲りの最強遺伝子)に脂汗を流している横で、
「かはっ、化け物……化け物しかいねえ……(※本家も分家も)」
血の吐く思いで梯子を支えきった迅が、消滅した胃のあたりを物理的に引きつらせながら、ついにその場へ崩れ落ちるのだった。




