第13話:お庭に出かけよう
「――ではシノ様。本日はこれより、いかがなさいますか?」
迅を完全に黙らせた後、杏は何事もなかったかのように完璧な侍女の笑みを浮かべて私に問いかけた。
今日から3歳。母上の話では、これから外出する機会も増えるという。
(……ちょっと待てよ? ここは大和帝国最高峰のブラック暗殺企業、東雲家だぞ。一歩部屋の外に出れば、どんな初見殺しの暗殺トラップや刺客が潜んでいるか分かったもんじゃない。まずは前世の知識である危機管理をフル活用して、本日の安全な方角を確かめねば……!)
予めの備えとして占いは欠かしてはならぬ。私はモチモチの掌を立てた。
「ちょっと、まって(しばし、お待ちを)」
そう言うと、私は私のポシェットの中から、ジャラジャラと「おはじき」を掌いっぱい掴み出す。
——気の呼吸、其の壱、丹田の呼吸。
ふぅ————下腹部を両手で押さえ、口をすぼめ,お腹をへこませながら、体内の空気をすべて吐き出す。
すぅ————そして鼻からゆっくりと息を吸い込み、丹田に空気を溜めるイメージでお腹を膨らませ————。
(な、なんだ……!?)
首筋を押さえたまま未だに震えのおさまらない迅が、その異様な様子を明らかな警戒の目つきで見つめる。
(この団子、急におはじきなんか掴み出したと思えば……なんだその奇妙な呼吸は!? もしやあの肉の動き、幼児の分際で、完璧に『丹田』を意識して全身の氣を練り上げたのか……!? まさか、ただのおもちゃを神速の暗器へと変える、東雲流の秘伝――)
新入りの過剰な視線をスルーし、カナメは精神を集中させる。
狙うは、前世(平安菅原家)で培ったガチの国家最高機密――投げ打った物の散らばり方で吉凶を占う『式盤卜占』。
私はお餅のような小さな手で最大量のおはじきをギュッと強く握りしめると、ボヨォォォンとした上半身のバネをぎゅぅうと捻り切り(※イメージだけ)、部屋の壁に向かって渾身の力で投げつけた。
————「はあーッ!!」
パァァァァァンッッッ!!!!!
迅の思考が完成するより早く、室内に乾いた爆音が鳴り響いた。
3歳児の放った弾道とは思えない速度でおはじきが壁に激突し、室内のあちこちへと激しく跳ね返っていく。
(ひぎぃっ!??(本日2回目))
迅の悲鳴(本日2回目)が脳内で木霊した。
迅の目には偶然の産物「団子一撃必殺技(第12話)」のトラウマで、私の姿や行動が団子の怪物(※または妖怪)が行う「恐怖の儀式」に映っていた。
(か、壁に向かって全力で投げつけやがった……ッ!? パァンって、3歳児の投球が出せる音じゃねえだろ!!?風切り音までさせて……!(※ただの被害妄想) おはじきすら暗器として一撃で俺の眉間にブチ込めるって言いたいのか……ッ!!!
いや待て、あの跳ね返ったおはじきの軌道、俺の退路を完全に塞ぐ陣形になって床に転がってやがる……ッ! この団子妖怪、ただ遊んでるフリをして、俺に『逃げ道はない』と無言の脅しをかけてやがるんだ……ッ!!!(恐怖で胃に穴が空きそう))
一方で、それを見つめる杏の目は、すでに至高の存在を確信した崇拝の光でキラキラと輝いていた。
(素晴らしいですシノ様……! 壁に当てたおはじきの跳ね返りだけで、屋敷の構造の歪みと暗殺者の死角を瞬時に計算されるなんて……ッ! まさに神算鬼謀、本家の血筋の恐ろしさを改めて思い知らされました……!)
「……よし(吉)」
二人の脳内が邪推や早計の嵐になっているとも知らず、私は床に散らばったおはじきの配置を大真面目に読み解いていた。
ふむ。跳ね返りの角度と配置を見るに、今日の凶方は『門の外』。逆に、最も安全で平和な運気が流れている吉方は――『東雲家の庭』だ。
「にわ、いく(お庭に行く)」
私はこれ以上のトラブルに巻き込まれないためにも、平和な**ピクニック**を夢見て、よちよちとお庭へ向かって歩き出すのだった。
東雲家の広大な庭園は、一見すると手入れの行き届いたのどかな日本庭園だった。
私はお餅の妖精のようにぷよぷよと歩きながら、ふと、生垣の根元に咲く、綺麗な紫色の烏帽子のような形をした花を見つけて足を止めた。
「あ、おはな……きれぃ……」
純粋な気持ちでその美しい花に手を伸ばすと、背後の草むらから、ザッ……と麦わら帽子を被ったヨボヨボの老人が姿を現した。剪定バサミを慣れた手つきで回している。
「おやおやシノ様、お目が高い。それは『トリカブト』にございます。我が東雲家では、これを基礎にさらに即効性を高めた特製の毒薬(粉末)を作っておりましてな……ふおっふおっふおっ」
(ひぇ~~~~~ッッッ !!!ト、ト、トリカブト——————ッ!!)
私の脳内で、赤信号が点滅する。一時停止だ!カナメ!!
(これが噂に聞いていた、あの悪名高き猛毒花トリカブトの実物かーーーっ!!!
前世、魑魅魍魎が跋扈する平安の世で道真様にお仕えしていた頃、暗殺の毒といえば薬師が調合した『粉末』の状態でしか見たことがなかった。まさか本物の植物が、その辺の雑草レベルで庭のあちこちに自家栽培(家庭菜園)されているなんて、あの時代の陰謀劇でも見たことないわ!!! 怖っ!!!)
――と、私が心の中で「東雲家の自家菜園」にガチビビりしている一方で、背後で護衛をしている迅は、またしても冷や汗を滝のように流していた。
(な……ッ!? 庭師の老人にわざわざトリカブトの品種を確認しただと……!? もしや現地調達できる毒物の残量まで把握するつもりなのか……!さっきの意味不明な『おはじき爆音投げ』といい、 どこまでヤバい3歳児なんだ……ッ!!!(予測不能で胃痛がマッハ))
そんな二人の様子を微笑まし気に見つめる庭師の老人は「シノ様も専用で何か育ててみますか?」とにこやかに誘ってくるのであった。




