第14話:お野菜を植えよう
「シノ様も専用で何か育ててみますか?」
庭師の老人は、人の好さそうな笑い皺を浮かべ、にこにこと可愛い孫を見るような眼差しで、私を危ない自家栽培への道へと誘ってくる。
「シノ様も専用で何か育ててみますか?」
(に、2度も聞いてくるなんてーーーー笑顔の圧が怖すぎるわっ! 毒の花なんて育てるわけないだろぉぉぉ! 3歳児の情操教育に最悪すぎるわ!!!)
これ以上、毒花の近くにいたら危ない。おじぃの笑顔に騙されても危ない。何しろ今の私はモチモチの3歳児だ。綺麗だからと知らず知らずのうちに毒花に触り、その手をうっかり口に入れてペロッと舐めてしまうかもしれない。
そんなうっかり自滅(物理バグ)だけは、前世の執事の矜持にかけて絶対に回避せねばならないのだ。
(どうせ口に入れるリスクがあるなら、ガチで食べられる安全な植物にするべきだ。そうだ、危機管理の基本は『危険物の排除』と『安全な代替品の確保』。ここは無難に――)
「お、おやしゃい(お野菜)……うえる(野菜を植えます)」
私は短い手でギュッと拳をつくると、野菜の栽培を要求した。
いや、これだけでは要求が通らぬかも……主張を上乗せせねば……!
「ちの、おはなより……おやしゃい……ちゅき(シノ、お花よりお野菜が好き)」
次に私は、短いおててをあざと可愛くギュッと握りしめ、お餅のようにふくらませた頬にそえると、精一杯の幼児の愛嬌を振り撒く仕草で言い放った。
――だが、カナメはまだ知らなかった。
この狂気に満ちた庭の土壌に含まれる大量の毒の放射性物質から成る食物や、毒花から舞う毒を含んだ花粉など、この屋敷全体が常に毒に侵され、それを日常的に食し、呼吸法で吸収し続けていたカナメの肉体が、すでに「あらゆる猛毒が一切効かない絶対毒耐性(百毒不侵)」の身体に作り変えられていたという、恐るべき事実に。
(な……ッ!?『お花(毒)より、お野菜(主食)』だと……!?)
案の定、私の胡散臭い愛され幼児アピールを聞いた迅が、顔面を蒼白にして脳内パニックを起こしていた。
(騙されるな……! クソッ、一見ただの食いしん坊な幼児の発言に見えるが、あのガキは毒による暗殺の時代はもう古い。これからは食物(お野菜)の品種改良で、外見からは絶対に毒だと見抜けない新型の致死兵器を自家栽培で開発する時代だと、庭師の長に告げているんだ……ッ!!! 3歳にして次世代の暗殺の手法を考案するとは、どこまで冷酷な怪物なんだ……ッ!!!(勝手な被害妄想で胃に2個目の穴が開く音))
「野菜ですか。何が良いですかのぉ。シノ様に、なにかご希望はありますか?」
おじぃは相変わらず人の好さそうな笑い皺を深めて問いかけてくる。
対する私は、満面の笑顔で元気いっぱい答えた。
「ちの、おまめ、うえる!」
お豆。そう、先日杏に読み聞かせてもらった異国の童話『ジャッキと豆の木』に出てきた、あのお豆である。
そんなに大きな木になるのなら成長しても『鞭』として防衛に使えるだろうし、いざとなれば上空へ高飛び脱出もできる、物理武器と緊急避難経路を兼ね備えた最高の生存戦略野菜——。
「お、お豆……でございますか……?」
おじぃの顔から、初めて笑顔が消え、冷や汗が流れる。
————お豆。
おじぃが知る東雲家で言われる「お豆」とは……分家でもごく一部の人間しか存在を知らない、伝説のつる系暗殺植物『絞殺魔豆』のことだった。
(な……ッ!? 3歳にして、我が東雲家の禁忌、植えたが最後、周囲の生命力を吸い尽くして天をも覆いつくすという『絞殺魔豆』の存在を看破されたというのか……!? あれは城壁を登り、敵城の兵を丸ごと絞め殺して圧殺する、たった数体で一国をも滅ぼす『広域破壊兵器』の魔木。それを専用に育てたいと……!?)
おじぃの冷や汗が伝う驚愕の表情から、ただならぬ空気を察した迅は、嫌な予感に顔面を土気色に変え脳内パニックを限界突破させていた。
(おいおいおい!! あのおじぃの顔から笑顔が消えた……だと!? 冷や汗流してやがるぞ!! 『お豆』って何だ、いったいどんな凶悪な野菜なんだ?! このガキ、お野菜つくりまーす(きゅぴ)みたいな顔して、庭師の首領をここまでドン引きさせやがるとは……ッ!!!(胃が消滅する音))
一方、横に控える杏は、私の思いがけぬ発言に強く感動し、両目をこれでもかとキラキラと輝かせていた。
(お豆……! 先日お読みしたあの絵本から、まさかそこまでの着想を得られるなんて……ッ! 『ジャッキと豆の木』、あれはたんなる童話ではなく、『高高度からの隠密強襲、および植物兵器による国家制圧の戦術書。』お教えするのはまだ早いと思い物語としてお読みしただけなのに……すべて理解されていたのですね……! 素晴らしいですシノ様、おじぃの隠し財産(禁忌の種)を可愛いおねだり一つで巻き上げるなんて……ッ!! さすが私の主!!)
「……そ、そのお豆を、本気でお植えになるとおっしゃるのでございますか……?」
引きつった震え声で確認する庭師。
「あいっ、うえましゅ!」
「……分かりました、お嬢様(シノ様)のご命令とあらば……!」
覚悟を決めた庭師は、固くこわばった表情で承諾の意を示すと、禁忌の種を取りに作業小屋へと向かっていくのであった。




