第12話:挨拶の儀(要)
絶対君主である母上の視線が、じっと私(3歳児)へと注がれる。
「さあ、しぃちゃん。これから貴方を守る盾となる男よ。本家の跡取りとして、お言葉をあげて?」
そんな母上の言葉を聞きながら、首筋を押さえて平伏している迅の脳内は、屈辱と不満で煮えくり返っていた。
(チッ……! いずれ分家筆頭となるはずの天才エリートのこの俺が、なぜこんなモチモチしただけの幼児の子守なんかを……! あの杏とかいう女侍女はとんでもない化け物だったが、このシノとかいうガキは、昨日のお披露目祝宴でも、ただ転がって飯を食っていただけの置物じゃないか。マヤ様の血筋とはいえ、こんな出来損ないの団子に、なぜ将来を有望視されている俺が、至高の隠密術を捧げねばならない! これ以上の恥辱はない……ッ!)
――そんな新入りの、あまりにも鋭すぎる「見下しの視線(殺気)」を、私の前世から培った超高性能レーダーが敏感に察知した。
(む、こいつ、前世エリート執事たるこの私を舐めくさっている――ま、負けてたまるかっ……! 気持ちで負けたら終わりだっ……!!)
私はモチモチの奥歯をギリリと噛み締めた。
ここは大和帝国最高峰の超ブラック企業、東雲家。一度でも弱みを見せれば、あっという間に暗殺の第一線(血の海)へと引きずり込まれる。前世で培った「不殺の執事」としての矜持を保つためにも、この挨拶で新入りの迅に気魂を見せつけてやるっ!
狙うは、頭頂部から尾てい骨までを一直線に保ち、美しく上体を45度傾ける、平安菅原家伝来の『極上の一礼』。
私は日課の瞑想ポーズ(※お腹の肉が邪魔した座禅もどき)から、全身のバネを爆発させて勢いよく上体を前に傾けた。
キチィィィンッ!!!
動かした瞬間、昨日のぼんぼり4連装の後遺症で頸椎に激痛が走り、私の視界がグニャリと歪む。
「……う、あ、っ……!?(滑舌バグ:ふ、は、っ!?)」
制御を失った私の丸い身体は、美しく45度で止まるはずの制動が一切効かず、前方への強烈な推進力を得てしまった。
そのまま床をゴロン——ゴロゴロドッカンゴロゴロ!!と猛烈な勢いで回転し、驚異の団子の弾力で畳の上をバウンドしながら、未だに私をナメた目で見ていた迅の足元目掛けて突っ込んでいったのである。
(あわわわわ!! 止まらない! 誰か止めてえええええーーーっ!!!)
「――なっ!?」
突如目の前から迫り来る、最高速度に達した『白くて丸い団子戦車(3歳児)』。
プロの隠密である迅ですら、その物理法則を無視した予測不能なバウンドの軌道に完全に意表を突かれ、回避行動がコンマ数秒遅れた。
ドン!!
お餅ボディが丸まった団子は、平伏する迅の膝元へ吸い込まれるように激突。
その瞬間、肉の圧倒的な弾性で「ボヨォォォン」と高く弾み、私は迅の頭を跳び越え、背中を坂道のように回転しながら駆け下りると、ようやく彼の背後で停止した。
――だが、そのゴロゴロと彼の背中をローリングで駆け下りた刹那。
じたばたと動いていた短い右手が、迅の腰帯に差されていた黒い鞘へ偶然引っ掛かり、
——シュパッ!!!
小気味いい金属音を立てて抜けたのは、迅が肌身離さず持っていた、一振りの不穏な暗殺ナイフ。
そのままくるくると回転し、私がやっと停止できた――とホッとして目を開けると————、行き場を失ったその不気味に光る刃の切っ先が、迅の首筋にキチッと突き刺さる一歩手前で固定されていた。
ストン、と静寂が戻る室内。
(ひ、ひぎぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーッッッ!!!!!)
私の脳内で、本日最大級の 絶叫と脂汗が吹き荒れる。
ちょっと待って、今、着地の慣性があと1ミリ右にズレてたら、私が偶然抜いちゃったこのガチのナイフが迅くんの頸動脈を貫いてたぞ……!?
(あ、危ねええええええ!!! もう少しで意図せず迅くんを殺してしまうところだった……ッ!!!)
前世、あの魑魅魍魎の世であっても人の命を守り続け、奪ったことなどただの一度も無いこの私が、ただのお辞儀の大失敗(物理バグ)で初の殺人を執行してしまうなんて、そんなの末代までの恥、というかトラウマで魂が消滅するわァァァ!!!
カナメはあまりの恐怖と安堵で、迅の背中に引っ付いたまま、ガタガタガタガタと生まれたての小鹿のように全身を激しく震わせた。
だが、その私の『不殺の危機へのガチの震え』は、迅の背中に、この上ない死神の波動として伝わっていた。
(お、俺の背後で、この幼児……ガタガタと小刻みに震えながら、ナイフの切っ先をさらにピキピキと俺の皮膚に押し付けてきている……ッ!? どういうつもりだ!?『いつでも殺せるぞ、お前の命など俺の震え一つで消し飛ぶ』という、刃物をもてあそぶ殺意の具現化(威圧)か……ッ!?
いったい、なんなんだこの団子はァァァ!!!
激突の衝撃を利用して俺の身体を使い、俺の五感を完全に欺いて腰の得物を無音で奪うなど……!! この俺が内心で見下していたことすら、この化け物はすべて見抜いて、一瞬で格の違いを分からせてきたというのか……ッ!!! 怪物なのカーーーーーッ!!!(恐怖で失禁寸前))
と、迅が自身の浅はかさを呪いながら恐怖で失禁寸前になっている一方で、それを見つめる杏もまた、独自の感動に震えていた。
(素晴らしいです、シノ様……!『分家筆頭』などと不遜なハッタリをかました新入りに対し、言葉ではなく『実力』で分からせる、まさに本家の格! あの武者震い、早くも次の獲物を求めておられるのですね……ッ!)
「あらあら、本当に仲良しねぇ(うふふふ)」
母上だけがのほほんと微笑む中、私は(ち、ちがう、ただのお辞儀の失敗だったんだ……)と声にならない悲鳴を上げながら、恐怖の勘違いの連鎖に包まれた部屋で、ただただ突き立てのお餅のようにプルプルと震え続けるしかなかった。
――こうして、本家跡取り娘(3歳団子)の『一撃必殺の初顔合わせ』を完璧に食らった新入り隠密・迅は、この日、世界で一番早くホワイトな忠誠(ガチ白き恐怖)をシノに誓う事態になったのであった……!?




