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琥珀色の隠れ家――放課後の王子様たちは、背景な私を逃さない  作者: 寝不足魔王


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第三十四話:ジョーカーの引導

 学園の屋上を包む空気は、夕闇が紫から深い紺碧へと溶け落ちる中で、ひどく冷たく、静まり返っていた。

 フェンス際。校庭を見下ろす位置に、四人の石像が立ち尽くしている。一ノ瀬蓮、如月奏、橘駆、千ヶ崎響。学園の至宝と謳われる彼らは、今、剥き出しの夜風に晒されながら、自分たちのプライドが音を立てて瓦解していくのを、ただ無言で耐えていた。

 資料準備室で耳にした、陽葵のあの悲痛な叫び。


『私だってあの人たちに本気で好意があるなんて思ってないわよ!言いがかりばっかりなのよ!』


 その言葉が、鋭い氷の棘となって、彼らの心臓を今も執拗に突き刺している。自分たちの注いできた熱量は、彼女にとっては救いでも愛でもなく、ただの「言いがかり」であり、逃げ場のない「苦痛」でしかなかったという残酷な現実。


 重い鉄扉が、ギィ……と嫌な音を立てて開いた。

 四人が一斉に振り返る。そこには、通学カバンを肩にかけ、ポケットに手を突っ込んだ三浦翔太が立っていた。彼は、いつもと変わらない、拍子抜けするほどフラットな足取りで屋上のコンクリートを踏みしめ、彼らの前まで歩み寄ってきた。

「あぁ~、悪い。待たせたな」

 三浦は、溜息混じりに前髪を掻き上げた。その瞳には、王子たちに対する怯えも、特別な敬意もない。

「……佐倉さんは? 無事なのか」

 一ノ瀬が、掠れた声で問うた。その眼鏡の奥の瞳は、かつてないほどに揺れている。

「ん? 送ってきたわ。……あんたらに会わせると、また面倒なことになりそうだしな。今は一人にしてやれよ」

「勝手なことを言うな!」

 橘が三浦の胸ぐらを掴まんばかりの勢いで詰め寄った。

「お前に何がわかる! 彼女を独占して、俺たちを追い出して……お前は一体、何様のつもりだ!」

 三浦は、橘の剣幕を柳に風と受け流し、薄く笑った。その笑みは、相手を馬鹿にするものではなく、ただ、あまりにも「幼い」ものを見るような、憐れみに近い色を帯びていた。


「独占? 勘違いすんなよ。……俺がやったのは、『いつもやってる事』だけだわ」

「いつも、だと……?」

 如月が、フードの下から鋭い視線を三浦に向ける。

「そう。困ってる奴がいたら手を貸す。泣きそうな奴がいたら隠してやる。……俺が今日やったのは、昨日他のクラスの女子の相談に乗ったり、先週重い荷物持ってる奴を助けたりしたのと、何一つ変わらない日常のおせっかいだわ。佐倉さんだから特別にやったなんて、一言も言ってねーだろ」

 三浦の言葉は、淡々とした事実として屋上の静寂に響いた。彼は、陽葵を「特別なヒロイン」として扱っていない。ただの「困っているクラスメイト」として、自分の日常のルーチンの中で処理したに過ぎないのだ。

 三浦は、立ち尽くす四人を一人ずつ、射抜くような鋭い観察眼で見つめた。



「……逆に聞くけどさ。君達は今まで、何一つやってこなかったんだな」



 その一言が、四人の心臓を抉った。

「俺たちは、彼女を想って……三浦、お前の忠告通りに、彼女を守るために自重して……!」

 千ヶ崎が、震える声で反論する。けれど、三浦はそれを鼻で笑った。

「自重? 違うだろ。……あんたらは自分の『立場』が可愛かっただけじゃん。自分が動いて注目されるのが怖い、あるいは『特別な関係』って幻想を壊したくないから、動かない自分を正当化してただけだろ」

 三浦は、一歩前へ踏み出し、圧倒的な「日常の経験値」を突きつけた。


「いいか? 彼女が一番欲しかったのは、王子様のドラマチックな救済じゃなくて、ただの『平穏な日常』だったんだわ。……あいつがゴミ箱に捨てられたノートを拾って震えてる間、あんたらは入り口で石像みたいに固まって何してた? 助けるなんていう、誰にでもできる当たり前のことすら、君達はいままでやっていないんだよ」

「…………っ!」

「特別な愛だなんだって酔いしれてる間に、彼女の居場所を実質的にぶち壊したのは、騎士団じゃねえよ。あんたらのその、重苦しくて動けない沈黙。」


 三浦の放った正論は、残酷なまでに正しかった。

 三浦のように、迷わず上着を被せてやることも、汚れ仕事を代わりに引き受けることも、彼らにはできなかった。自分たちの「輝き」という重荷が、彼女を影へと追い詰めていることを知りながら、その重荷を下ろして一人の人間として彼女を助けるという、最も単純な選択肢を、彼らは一度も選んでこなかったのだ。

「……納得できたか? それとも、まだ自分のエゴで彼女を追い詰めたいか?」

 三浦は、準備室で交わした『納得できなければ二度と付きまとわない』という約束を再提示した。

 四人の王子たちは、一言も発することができなかった。


 宵闇の中、彼らの圧倒的な敗北感が屋上の空気を支配する。自分たちの注いできた「特別」が、三浦の持つ「ありふれた日常」に、完膚なきまでに叩き潰された瞬間だった。

「……納得したなら、明日から少しは頭冷やせよ。これ以上アイツを泣かすなら、今度は俺も容赦しない。それも絶対約束する。」

 三浦は、興味を失ったように背を向けると、カバンを直して階段へと向かった。

 バタン、と重い扉が閉まる音が、彼らの沈黙の終止符となった。

 残されたのは、自分たちが「何もしていなかった」という空白を突きつけられた、四人の抜け殻のような影だけだった。


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