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琥珀色の隠れ家――放課後の王子様たちは、背景な私を逃さない  作者: 寝不足魔王


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第三十話:不敵な牽制と、隣人の日常

 五月三十日、土曜日。

 週末の学園は、平日の喧騒が嘘のように静まり返っていた。補習や部活動のために登校している生徒たちはまばらで、廊下には自分の上履きの音だけが空虚に響いている。

 私は、一時間目から始まった数学の補習を終え、逃げるように中庭へと向かった。

(……大丈夫。誰もいない。誰も、私を見ていない……)

 ベンチに腰を下ろし、膝の上でぎゅっと拳を握りしめる。昨日の下駄箱に詰め込まれていた、あの赤ペンで書かれた数々の毒——。三浦くんが「おせっかい」だと言って回収してくれたけれど、目に焼き付いた言葉は、今も私の心臓をじりじりと焼き続けていた。

「……消えろ、なんて。そんなの、私が一番分かってるのに」

 背景として、石ころとして生きてきた。目立たず、誰の記憶にも残らず。それなのに、あの子たちが私を見つけ、特別扱いをし始めたせいで、私の積み上げてきた平穏は、琥珀色の静寂ごと砂の城のように崩れ去ろうとしていた。


「おー、お疲れ。佐倉さん、またそんな暗い顔してんの?」

 不意に、頭上から軽い声が降ってきた。

 顔を上げると、そこには購買の袋をぶら下げた三浦翔太くんが立っていた。

「三浦、くん……。どうしてここに?」

「ん? バイト前の腹ごしらえ。……それより、あんたさ。昨日からずっと一人で抱え込んでるだろ。誠司さんにも言えてないんだろ、その様子じゃ」

 三浦くんは、他の女子生徒が泣き出しそうな悩みを持って相談に来た時と同じように、私の隣にどさりと腰を下ろした。

「……言えるわけないよ。誠司さんが、志乃さんのために一生懸命守ってるお店なんだもん。……私のせいで汚れを持ち込みたくないの」

「……お人好しだねぇ、相変わらず」

 三浦くんは呆れたように首を振り、パンの袋を破った。特定のヒロインを憐れむような特別な視線ではない。ただ、目の前で不器用に苦しんでいるクラスメイトを、放っておけないという彼なりの「日常の親切」が、そこにはあった。


 その時だった。

 中庭の入り口から、数人の女子生徒たちがこちらへ歩いてくるのが見えた。「聖華守護騎士団」の腕章を巻いた一年生の団員たちだ。

 彼女たちは私を見つけるなり、獲物を見つけた猟犬のような鋭い視線を投げ、わざとらしくこちらへ進路を変えた。

「あら。背景さんが、またこんなところで……」

 彼女たちが言いかけたその瞬間、三浦くんがごく自然な動作で、私の前に割って入るように立ち上がった。

「おー、お疲れ。騎士団の皆さん。……あんまりやりすぎると、あいつら——一ノ瀬や奏たちが気づいて、この学園終わるぞ」

 三浦くんの声は、他の生徒に「廊下を走るなよ」と注意する時と同じような、低く、淀みのないトーンだった。

「……な、何のこと? 三浦くん、貴方に関係ないでしょう」

「関係なくないね。俺、おせっかいだから。……あいつら、見た目以上に余裕ないんだよ。自分の『特別』を汚されたって分かったら、学園ごとぶっ壊しちまうかもな」

 三浦くんの言葉は、特定の誰かを守るための「煽り」ではない。学園の空気がこれ以上悪くなるのを防ごうとする、博愛的な牽制だった。

 騎士団の女子たちは、三浦くんのその気負いのない、けれど確信に満ちた「日常の警告」に、思わずたじろいだ。

「……フン、忠告どうも。……行きましょう」

 彼女たちは毒を吐き捨てるように去っていった。


 三浦くんは彼女たちの背中を見送ると、再び私の横に座り直した。

「……悪いな。あいつら、相当キてるわ」

「……ありがとう、三浦くん。でも、三浦くんまで狙われたら……」

「いーよいーよ。俺は誰にでもこういう性格だから。あいつらもそれは分かってるしな」

 三浦くんはそう言って、残りのパンを口に放り込むと、立ち上がった。

「じゃ、俺はバイトあるから。……あんたも早めに帰れよ。一人で耐えるのが正解じゃないぞ」

 彼は他の子を見送る時と同じように、ひらひらと手を振って去っていった。


 三浦くんもいなくなり、中庭には再び静寂が戻った。

 ふと、遠くの校舎の渡り廊下を見上げると、そこには一ノ瀬くんや奏くんたちが、こちらを心配そうに見つめているのが見えた。

 彼らは、自分たちの放つ光が、私の影をどれほど深く、鋭いものに変えてしまっているかを知っている。だからこそ、自分の「立場」や「重すぎる想い」が邪魔をして、三浦くんのように軽やかに隣に立ち、手を貸すことができない。

(三浦くんは、あんなに普通に助けてくれるのに。……あの子たちは、どうしてあんなに……)

 三浦くんの持つ、圧倒的な「日常の経験値」が生み出す余裕。

 それが、自分たちには何一つできないという事実に、王子たちの心にはさらに深い、焦燥と嫉妬が溜まっていく。

 誠司さんにも言えず、王子たちも(三浦の忠告を受けて)自重して現れない、本当の孤独。

 夕暮れの学園で、私は初めて、自分の立っている場所が、底の見えない暗闇であることを痛いほどに実感していた。


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