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琥珀色の隠れ家――放課後の王子様たちは、背景な私を逃さない  作者: 寝不足魔王


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第二十八話【後編】:静寂の亀裂と、澱んだ視線

 昼休み。学園中に充満する浮き足立った熱気は、屋上の片隅に身を潜める私に届く頃には、ひどく冷めきったものに変わっていた。

 移動教室の廊下、教科書を抱えて歩く私の前に、示し合わせたように「聖華守護騎士団」の腕章を巻いた女子生徒たちが立ちはだかった。彼女たちは一言も発さない。ただ、私が行こうとする方向に厚い壁を作り、肩をぶつけ、私が落としたノートを踏み躙って通り過ぎる。

 周囲の生徒たちは、その光景を「見て見ぬふり」でやり過ごしていた。誰一人として、落ちたノートを拾ってくれる手はない。

(……分かってる。ここで誰かが私を助けたら、その人もターゲットになるんだもん)

 私は赤く擦りむいた膝の土を払い、独りきりで屋上のフェンス際に座り込んだ。

 手に残るのは、マジックで書かれた落書きを消そうとして、石鹸でこすりすぎたヒリヒリとした痛みだけ。


 その時、屋上の重い扉が開いた。

「あー、今日の日替わり定食、完売だったわ。マジ凹む」

 能天気な声と共に現れたのは、三浦翔太くんだ。

 彼はクラスの女子グループ数人と、購買のパンを片手に笑いながらこちらへ歩いてきた。

「三浦くん、そんなに食べたかったの? 一口あげようか?」

「お、マジ? 優しいな、お前。じゃあ半分な」

 三浦くんは、いつものようにチャラいノリで彼女たちとじゃれ合い、誰にでも見せる「日常の余裕」を振りまいている。彼は私の存在に気づくと、一瞬だけ足を止めた。

 その鋭い観察眼が、私の赤くなった指先と、泥のついたスカートを一瞬のうちに捉える。

 けれど、彼は駆け寄ってきたりはしなかった。

「よっ。佐倉さん、昼寝? 相変わらず背景に馴染んでるね」

 彼は他の女子にパンをねだるのと全く同じ、フラットなトーンで声をかけただけだ。

(……それでいい。三浦くんまで巻き込みたくないもん)

 私は小さく頷き、視線を逸らした。三浦くんはそのまま、女子たちと賑やかに屋上の反対側へと去っていった。

 彼が他の子に向ける「普通」の親切。それが今の私には、何よりも遠い、手の届かない贅沢品のように思えた。


 五時間目の休み時間。

 一ノ瀬くんが、私の机の惨状に気づき、眉間に深い皺を寄せて近づこうとした。

「佐倉さん、その机は……」

「一ノ瀬様! 次の講義のレジュメ、確認していただけますか?」

 遮るように、副団長の東條が数人の女子を連れて割って入る。

 廊下では、如月奏くんが私の姿を探して足を止めたが、瞬時に「奏くん、新曲の感想なんだけど!」と、騎士団の団員たちに囲まれ、物理的に隔離された。

 王子たちは、自分たちが学園の「象徴」であるがゆえに、あまりに目立ちすぎる。彼らが私に一歩近づけば、それは騎士団にとっての「排除の正当性」を強めるだけの火種になる。

 彼らは自分たちの「立場」という名の鎖に縛られ、目の前で孤立していく私に、触れることさえできなかった。


 放課後。

 私は最後の一人が教室を出るのを待ち、一人で下駄箱へと向かった。

 扉を開けると、そこには朝以上の惨状が待っていた。

 予備の上履きはゴミ箱に捨てられ、下駄箱の内側には赤ペンで大きく『死ね』の二文字。

「…………っ」

 声も出なかった。

 私は震える手でそれを拭い、誰にも見られないように荷物をまとめた。

(誠司さんには、絶対に言えない。志乃さんが命がけで守ったこのお店に、こんな汚れを持ち込みたくない……)

 一人で耐える。誰にも頼らない。それが、私にできる唯一の抵抗だった。

 王子たちにはこれ以上関わらない。三浦くんにも、これ以上「おせっかい」を焼かせない。

 そう決意して、私は重い足取りで校門へと向かった。


 校舎の三階、窓際。

 三浦翔太は、校門へと消えていく陽葵の小さく丸まった背中を、じっと見つめていた。

 彼は助けに走るわけでも、王子たちに報告しに行くわけでもない。

 手にした空のペットボトルを指先で弄りながら、ただ静かに、崩壊していく「背景」の末路を観察していた。

 その瞳には、いつものチャラい光はなく、ただ「あいつ、また一人で抱え込んでるな」と、他人のトラブルを放っておけないおせっかいな隣人としての呆れが宿っていた。


「……ったく。あいつらもやりすぎだけど、佐倉さんも少しは頼ればいいのに」


 誰に聞かせるでもない独り言が、夕暮れの教室に静かに溶けていった。

 琥珀色の放課後は、今、少しずつ色を濃くしていく不穏な影に、静かに飲み込まれようとしていた。



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