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琥珀色の隠れ家――放課後の王子様たちは、背景な私を逃さない  作者: 寝不足魔王


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第二十六話:銀河の追跡と、暴かれた「背景」の正体

 週の折り返し地点となる朝の光は、昨日よりもどこか鋭く、校舎の窓ガラスを冷淡に射抜いていた。

 私は図書委員の早朝当番として、開館前の静まり返った館内で、返却された本の整理に追われていた。木の棚が発する古い紙の匂いだけが、今の私にとって唯一の安らぎだ。

(……三浦くんは、本当にすごいな。昨日だって、あんなに自然にみんなを助けてた。私も、あんな風に『普通』に振る舞えたら、こんなにビクビクしなくて済むのに)

 三浦くんが他の女子生徒にノートを返したり、重い荷物を持ってあげたりする、あの淀みのない「博愛」の光景を思い出す。彼にとっての親切は、呼吸と同じように誰に対してもフラットで、だからこそ誰も彼を責めたりはしない。

 それに引き換え、今の私はどうだろう。

 一ノ瀬くんや如月くん、あの子たちと目が合うたびに、心臓が握りつぶされるような緊張感に襲われる。彼らが私に向ける視線は、三浦くんのそれとは決定的に違う、重くて、鋭い「何か」を孕んでいるから。


 カチャリ、と図書室の重厚な扉が開いた。

 開館時刻まで、まだ十分はあるはずだ。驚いて顔を上げると、そこには既に指定の制服を完璧に着こなした一ノ瀬蓮くんが立っていた。

「……おはよう、佐倉さん。早朝から職務に忠実だね」

 一ノ瀬くんはカウンターまで歩み寄ると、本を借りる素振りも見せず、私の瞳を眼鏡の奥から真っ直ぐに見据えた。

「え、ええ……おはようございます、一ノ瀬くん。でも、開館はまだ……」

「……昨日の昼休み、君が三浦と話していた時間は三分四十二秒だ。その際、君の口角は通常の対話時よりも四ミリほど高く維持されていた。……解析不能だ。なぜ彼にはあんなに無防備に笑いかけ、僕の前では石のように息を潜める?」

「…………っ!?」

 心臓が跳ね上がった。一ノ瀬くんの言葉は、論理的な分析を装いながらも、その実、剥き出しの焦燥と独占欲を隠しきれていない。

「……不合理だ。僕の方が君の特性を、あの店の静寂を理解しているはずなのに。……今日の放課後、数学の補習の手伝いという名目で、第三空き教室に来てくれないか。君の思考回路を、もう一度精緻に再定義する必要がある」

「……補習の手伝い? でも、私、お店が……」

「……拒否権は、今の僕には受け入れ難い変数だ」

 一ノ瀬くんの声は静かだったが、そこには逃げ場を許さない圧倒的な圧があった。彼はそれだけを告げると、一度も後ろを振り返らずに去っていった。

 残された私は、カウンターを握りしめたまま、震える呼吸を整えるのが精一杯だった。


 さらに、追い打ちをかけるような出来事は二時間目の移動教室の最中に起きた。

 数学から化学へ、教科書を抱えて人混みの廊下を急いでいた時だ。

 背後から、不自然なほど統制の取れた「壁」のような集団が押し寄せてきた。如月奏くんを追いかける熱狂的なファンの群れだ。

(……まずい、巻き込まれる……っ)

 私が壁際に身を寄せようとしたその瞬間。

 群れの中から伸びてきた一本の腕が、強引に私の手首を掴んだ。

「……こっちだ」

 聞き間違えるはずのない、低くて艶のある声。

 深いフードと伊達眼鏡で変装した如月奏くんが、驚くほどの速さで私を階段の踊り場の影へと引きずり込んだ。

「……如月、くん!? なんで、こんな……っ」

「しっ、静かに。……一分だけでいい。……陽葵、放課後、少しだけ時間をくれないか。……新曲の歌詞の解釈について、どうしても君の意見が聴きたいんだ」

 奏くんは、至近距離で私の瞳を覗き込んできた。

 学園の王子様である彼が、一介の生徒である私を「頼る」ような、縋るような素振りを見せる。その切実な瞳を向けられて、私は「嫌だ」とは言えなかった。

「……如月くん、でも、みんなが見てるよ……」

「……関係ない。俺にとっては、今、君と話すことの方が……世界の誰に何を言われるよりも重要なんだ」

 奏くんの言葉は、あまりに重く、あまりに「特別」すぎた。

 彼は私の返事を待たずに、再びフードを深く被り直して、何事もなかったかのように人混みの中へと消えていった。


 ……けれど、その「特別」は、完璧に隠し通せたわけではなかった。

 踊り場から出ようとした私の目に飛び込んできたのは、廊下の角に立ち、こちらを氷のような目で見つめる三人の女子生徒の姿だった。

 一年生のファンクラブの幹部たち。彼女たちは一言も発さず、ただ私という存在を「排除すべき害虫」として認識したような、冷徹な視線を突き刺してきた。

(……見られた。……如月くんと一緒にいるところを……)

 背筋に嫌な汗が流れる。


 昼休み。私は逃げるように中庭の端にあるベンチに腰を下ろした。

 そこから見える校舎の入り口では、三浦翔太くんが他クラスの女子数人と「おー、この焼きそばパン、紅生姜多すぎだろ」と笑いながらパンを分け合っていた。

 三浦くんが誰にでも見せる、公然とした、隠し事のない親しさ。

 それとは対照的に、一ノ瀬くんや如月くんが私に向けてくる、隠密で、強引で、そして私を「背景」から無理やり引き摺り出そうとする執着。

(……どうして、みんな三浦くんみたいに『普通』でいてくれないの?)

 王子たちが「特別」を求めれば求めるほど、私の平穏という名の薄氷は、メキメキと音を立てて割れていく。

 教室に戻り、自分の机の引き出しに手を伸ばした時。

 私は、そこに昨日まではなかったはずの、冷たい「視線」の残滓を感じて、心臓が凍りつくような錯覚を覚えた。

 学園という名の銀河の中で、私はもう、名もなき星ではいられなくなっている。


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