アプレンティス・リリィ⑥
気がつくと、千晶は薄暗い空間に立っていた。
そこに来るのはもう何度目かになる為、もう流石に慣れたものだった。
「リリィ?」
千晶はこの空間に自分を呼んだであろう銀髪の少女の名を呼ぶ。しかし、彼がいくら呼んでも目当ての女の子は一向に姿を現さなかった。
「…………うふふ」
すると、千晶は背後から視線を感じて振り返る。そこには千晶にとって見慣れた少女が立っていた。
手足に純白のロンググローブとブーツ。髪は銀髪の腰まで届くロングヘアー、身体を包むのはノースリーブのワンピース、背中にかけて垂れ下がる純白のマント、額に花を模した金のティアラ、左腰に一振りのサーベルを履いた美少女……花の騎士フラワーナイト・リリィだった。
しかも彼女の表情は今まで自分でもした事のない妖艶で邪悪な笑みを浮かべていた。
「は?……一体どう言う」
どう言う事だと言い終わる前に、目の前のリリィは千晶に向かって近づき、持っていた剣を振り下ろす。
「ッ!うわぁ!」
千晶は剣が当たる寸前で回避をし、リリィから距離を取る。すると、リリィは笑みを絶やさずに千晶の方を振り向く。
「お前……一体何者だ!?」
警戒を解かずに千晶はリリィに問いかける。リリィは一瞬キョトンとしたが再び邪悪な笑みを浮かべながら答える。
「何者?……お前に我がどう見えているか知らぬが……そうだな、魔王とでも名乗っておくべきかな?」
「魔王?」
そう言ってリリィは剣を肩に乗せながら答える。その動作に千晶は自身の大事なものが穢されたような感じがした。
「お前も持っているだろう?我の一部………封印の鍵を………我はそこからお主の精神に干渉しているのだ」
「ッ!まさか!鍵に封印されている……」
千晶の言葉に魔王は我が意を得たりと言わんばかりの顔をする。
「然り。そして、あの娘達に力を与えたのも我である」
千晶の疑問にふんぞり返りながら答える魔王。しかし、千晶は魔王の言葉に疑問を抱く。
(娘達って、一人はブラックリリィだけど…………もう一人は、まさか!)
千晶の脳内に先程会った偽リリィの姿が思い浮かぶ。
「まぁそんな事はどうでも良い。我はお主に用があって現れたのだ」
そう言うと、魔王は持っていた剣を消し去り、腕を組む。
「俺に?一体何の用があって…………」
思い当たる節がない千晶は困惑しながら答えようとする。
すると、魔王の口からとんでも無い言葉が出てくる。
「小僧、力が欲しくないか?」
魔王の唐突な提案に千晶は目を白黒させる。
「力?…………どう言う意味だ?」
「あの娘達同様に我の力をお前に授けてやると言っているのだ」
魔王は聞き分けのない子供に分からせるように言葉を放つ。
その意味を理解した千晶は益々混乱を極めていた。
「力を授けるって…………お前は俺の敵だろ!何でそんな事を」
突然の魔王の言葉に千晶は当然の反応をする。
千晶……フラワーナイト・リリィは目の前の魔王復活を企むブラックリリィ等の野暮を阻止すべく、封印の鍵を集めている。
なのに、その魔王の口から出た言葉はまさに敵に塩を送るそのものだった。
魔王の思考を理解出来ない千晶は益々混乱を極める。
「敵?……フッハハッ!お前のような小僧なぞ、我の足元にも及ばぬわ!それに……」
千晶の言葉を受けて魔王は腹の底から笑い出したかと思うと、再び千晶を真っ直ぐに見つめる。
「今のお主の力であの娘……ブラックリリィに勝てると思っているのか?」
「ッ!それは……」
魔王の指摘に千晶は言葉に詰まる。
実際、数ヶ月前の戦いでは辛くもブラックリリィに勝つ事が出来た。しかし、その時の彼女は彼女自身が作り出した魔物で直接彼女とは戦ってはいない。
……ブラックリリィの強さが圧倒的に自分より上だったら……
千晶の中に言い知れぬ不安がつきまとう。そして、それを見た魔王は笑みを絶やさず千晶に近づいていく。
「我は力を……願いを持つ者に力を与えるのが趣味での……なぁに悪いようにはしない。さぁ我の力を……」
「そんな事はさせません」
すると魔王と千晶の間に銀髪の女の子が現れる。
女の子は目の前の魔王と顔がそっくりだが、彼女の着ている服は白色のワンピースのみだった。
「リリィ……」
千晶は女の子……リリィを見て、ホッとした溜息をつく。
「お前は…………チッ!邪魔が入ったな」
魔王はそう言うと、二人から距離を取る。そして、魔王の身体が徐々に薄くなっていく。
「小僧。いずれ貴様は我の力を欲する時が来よう。その時を楽しみに待っているぞ」
そう言うと魔王の姿は完全に無くなってしまった。
「…………ハァ」
――ドサァ――
魔王が去ると同時に、千晶はその場に尻餅をつき、盛大にため息をつく。
「大丈夫ですか?千晶」
「ああ……ありがとう、リリィ」
そう言ってリリィは千晶に手を差し伸べる。千晶は礼を言いながらリリィの手を取り立ち上がる。
「アイツ一体?……魔王を名乗っていたけど……」
千晶は先程までいた存在に思いを巡らせる。
「アイツは…………私がかつて封印した魔王の一部。おそらく、あの鍵に封印されている奴の意識が顕現したのでしょう」
そんな千晶の考えに同意するようにリリィが答える。
「けど……何でこのタイミングで?」
千晶が封印の鍵を持ったのは数ヶ月前、ブラックリリィと戦った後に直接渡された時だ。しかし今まで、かの魔王が自身の意識に出てきた事は一度もなかったのだ。
「おそらく…………彼女の持っている鍵と共鳴したのが原因でしょう」
「彼女って、偽リリィの事か?」
千晶の言葉にリリィは頷く。
「彼女がどう言う経緯で鍵を持ったのかは分かりません。しかし、今のままでは彼女の身に危険が生じる可能性があります」
「?……どう言う事だ?」
リリィの言葉に千晶は疑問を感じていた。
「ここからは私の推測も入りますが、ブラックリリィは魔王の正体を知った上で力を使い、かの魔王の復活を目論んでいます。当然、魔王の力は強大で普通の人間が使った場合、命の危険が伴う事もあります」
「何で……ブラックリリィはそこまでして」
千晶の言葉にリリィは首を横に振る。
「それは私にも分かりません。そして、もう一人の彼女……貴方が言う偽リリィはその事を知らずに力を使っていると思います」
リリィの言葉に、千晶は先程の偽リリィの行動を思い返してみた。
(確かに……ニュースで見た時もアイツは恐喝をしていた男達を懲らしめていただけだし、さっきも俺達を助ける為に魔物と戦っていた。それに…………)
―――私は私の信念の元、この格好をしています。―――
(あの時……アイツは適当な事を言っているようには見えなかった)
リリィの言葉に千晶は真実味を感じていた。
「なぁリリィ……もし偽リリィがこのまま力を使い続けたら、最悪死ぬ可能性もあるんだよな?」
千晶の言葉にリリィは黙って頷く。
「なら……俺はアイツをこのままにしておけない。それにきっと………ブラックリリィもアイツの鍵の事を知って仕掛けてくると思う」
「千晶……」
「確かに魔王の言う通り、今の俺ではブラックリリィに勝てないかもしれない。けど、俺の……リリィが与えてくれた力は誰かを守る為のもの。だから……」
千晶が言い終わる前にリリィがそっと千晶の両手を包むように掴む。
「千晶。一人で気負わないで下さい。私もついています」
「リリィ……」
リリィの言葉に千晶は胸の奥が温かくなるのを感じた。
「……大した事は出来ませんが、あの魔王がこれ以上干渉出来ないように私の方で抑えつけておきます。千晶は千晶の成すべき事を行って下さい」
「ありがとうリリィ。助かるよ」
リリィに手を握られながら、千晶は心の中で決意を新たにする。
(偽リリィが何者なのかは分からない。けど命の危険があると分かっちゃ……黙って見てる訳にはいかない!あんな思いはもう…………)
千晶は、妹が死んだ時の事を思い出していた。
病室のベットで目を閉じたままになった妹……
それは、千晶の心の深い部分に未だに根強いていたのだった。




