クロとお月見
「クロ、今日は十五夜だって」
男の同僚との何気ない会話。月が見える店でどうこう言っていたような気はするのだが、私の頭の中は、十五夜と聞いた時点でクロの事で一杯になっていたので、よく覚えていない。
「散歩行かない?」
季節イベントに流されやすい日本人らしくお団子でも買ってこようかとも思ったのだけど、ここはシンプルに夜の散歩がてら、お月見といこう。
クロと連れ立って夜の街を歩くのが、随分と自然な事になった。
初めての散歩の日、河川敷で夜桜を見た事を、覚えている。
そして今日も、まばらにススキの生えている河川敷で、クロと一緒に歩きながら空を見上げた。雲は少しで、月にはかかっていない。絶好の月見びよりだ。
さすがに中秋の名月だけあって、見応えのある満月が、静かな光で夜を明るくしていて、等間隔で灯る街灯を役立たずにしている。
「お月様、綺麗だねー」
声をかけながら隣のクロを見た時、どきりとした。
さっきまでの私と同じように月を見上げるクロの瞳。いつもと同じはずの焦げ茶の瞳が、月明かりに照らされた今日は、いつもとは違った。
獣の野性味を感じさせる瞳に、私は映っていない。
クロは今、私を見ていない。
しかし、それは時間にしたら数秒の事で。
クロが私の方に向いた時、人が灯した明かりに照らされてこちらを見る焦げ茶の瞳に、さっき感じたような野性味はもう見えなかった。




